第38話、水面下の刺客


 フィリピン、マニラより西方およそ200キロの海域を、ムンドゥス帝国――異世界帝国東洋艦隊の主力部隊が航行していた。


 フィリピン全島攻略のために、各島の制圧を進める異世界帝国軍だったが、北方周りで接近しつつある米艦隊を迎撃するため北上していたのだ。


 この対応に当たるのは、戦艦6、空母5、重巡洋艦6、軽巡洋艦10、駆逐艦20である。


 東洋艦隊に属する他の艦は、フィリピン攻略のため分散し、輸送船の護衛や、上陸支援を行っていた。


 主力部隊の旗艦『メギストス』に座乗する東洋艦隊司令長官、メトポロン大将は、シンガポール守備軍からの緊急通報を受けた。


「なに、セレター軍港が襲撃された!?」


 東南アジア一帯に有力な敵対勢力の艦隊はいないはずだった。イギリス東洋艦隊はすでになく、アメリカ、オランダの駐留艦隊も撃滅した。


 唯一、日本海軍がそれなりの兵力を有しているが、それらは台湾近辺であり、シンガポールを遠征、攻撃してくるとは思えなかった。


「報告によれば、シンガポールの各飛行場、セレター軍港、ケッペル・ハーバーが攻撃を受けて施設機能喪失。また再生中の戦艦4、空母1、重巡洋艦1が命令ないまま出港――」


「なに? 再生中の艦が勝手に出港しただと?」


 あり得るのか、とメトポロンはその四角い顎を撫でた。中年紳士といった風貌のこの指揮官は、眉をひそめる。


「敵に奪われたのか?」

「そのようです。襲撃した敵艦隊――おそらく日本の艦隊と思われますが、それらと行動を共にして、シンガポール海峡を北東へ針路を向けていたとのこと」


 通信参謀の報告に、メトポロンはさらに考え込む。


「まさかその敵が、我が帝国の艦を操れるとは……」


 魔核と、それを操舵する魔術師が必要というのが、ムンドゥス帝国の艦艇の特徴である。帝国での魔術師は、海軍では軍艦を操れる者として、エリート視されているのである。


「この世界にも魔術師がいるというのか……。いや、それに足る能力がある者がいるのは、わかっていたことだ」


 この世界の人間は資源となる――だからムンドゥス帝国は異世界の壁を越えて侵略したのだ。


「北をうろついている合衆国の艦隊も気になるが、我々東洋艦隊としては、セレターを襲った連中をそのまま帰すわけにはいかん」


 メトポロンは艦隊を二分し、片方を米海軍に向け、自身は主力を率いて、日本艦隊の捕捉に向かった。


 主力艦隊は戦艦4、空母3、重巡洋艦4、軽巡洋艦6、駆逐艦10。北方部隊は戦艦2、空母2、重巡洋艦2、軽巡洋艦4、駆逐艦10である。


 敵がどれくらい入り込んでいるか不明だが、再生中の戦艦を複数奪っていることから、油断はできなかった。……もっとも、異世界帝国の艦艇と比べれば、再生修理中の地球人の戦艦など格下ではあるのだが。


 だが、メトポロンは知らない。対応すべき敵部隊は二つではなく、他にも存在していたことを。



  ・  ・  ・



「多数の推進音……! 接近中」


 聴音手の低い声が発せられた。潜水艦の艦内、その発令所である。


「その数10以上。まだまだ続きます。……まるで大名行列だ」

「動いたな」


 艦長である痩身の少佐は冷静に呟くと、振り返った。視線の先には専用席についている女性大尉がいた。


すず、どうだ?」

「お待ちを」


 海道かいどう鈴は瞼を閉じる。長い黒髪が涼やかな美貌の女性だ。海軍の軍服よりも和装が似合いそうな淑やかさがある。


「大型戦艦1、戦艦3、空母大型1、中型2、巡洋艦10、駆逐艦10を確認」


 鈴は、涼やかに、しかしはっきりと断言した。艦長――鈴の兄である海道はじめ少佐は、僅かに頬を緩めた。


「予定通りだ。神明さんの攻撃部隊を捕捉するつもりだろう」


 第九艦隊陽動部隊――潜水艦部隊は、マニラ近海に展開する異世界帝国艦隊が移動を始めた時、その妨害をする任務を帯びている。


 理想を言えば、脱出中の攻撃部隊に敵艦隊を近づけず、追い払うことである。


 この陽動部隊は、マ-7号、マ-9号、マ-10号、特マ潜水艦の4隻が配備され、海道少佐は、特殊魔法試験潜水艦、特マ潜の艦長を務めていた。


「荻野、僚艦に念話通信。我、これより妨害攻撃を開始する」

「了解」


 通信士の荻野兵曹が背筋を伸ばし、自分のこめかみに指を当てながら、念話という魔法通信を試みる。


「鈴、まず誘導機雷による揺さぶりをかける。準備しろ」

「はい、お兄様……あ、すみません、少佐」


 つい癖でプライベートでの『お兄様』呼びをしてしまい、赤面する鈴。発令所のクルーたちは、慣れたもので苦笑だけしている。


 特殊魔法試験潜水艦――特マ潜『海狼』は、魔技研が建造した高速潜水艦であり、各種魔法装備と魔法式武装を備える。


 これまでのマ式潜水艦で得られた経験、ノウハウを投入する一方、『能力者が本気で潜水艦を運用したらどうなるか?』というコンセプトで作られた。


 魔技研は、能力者の能力を、一般人でも使えるように装備を開発、研究してきた。


 だが特マ潜に限れば、誰でも使える兵器ではなく、スーパースターを全力で輝かせるハイスペック兵器を作ろう、と考えて設計されたものだった。


 だから、その性能を発揮するためには能力者であることが必須であり、凡人のことなど一切考えていないのである。


 基準排水量1875トン。全長108メートル、全幅8.6メートル。魔式機関は6万馬力。水抵抗軽減魔法処置により水上速度35ノット、水中に至っては25ノットと、当時のどの潜水艦よりも高速力を発揮する。


 武装は53センチ魚雷発射管8門、船体後部上面に魔力式機雷を40発格納している。


「魔力機雷、放出準備よし」

「少佐、いつでもいけます」


 水雷長に続き、鈴が報告する。海道少佐は頷いた。


「機雷、放出」


 後部船体から、機雷収納ケースが切り離されて浮上する。それが4基、ゆっくりと順番に浮上するが、その途中でケースが割れて、中から10発の九六式誘導機雷が解放された。


 やがて、40発全部が海面へと網のように広がりながら、海面付近へと上がっていく。


 が、浮かび上がるまで後10メートルというところで、浮上が止まる。魔力式重力バラスト――魔力で重さの変わる錘によって、海面下を漂っているのだ。


 そしてその機雷源に、異世界帝国艦隊が差し掛かる。前衛の軽巡洋艦、駆逐艦が対潜警戒陣形で進んでいる。


 海底に身を潜める『海狼』。そこから海面の様子は、普通ならば音以外に察知する方法はないが、能力者である鈴は、直接目で見るように、敵艦と機雷を捉えていた。


 そして、すっと機雷を念波で動かすと、通りかかった敵艦の艦底近くで起爆させる。


 水柱が海面の敵巡洋艦を貫いた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・特マ潜水艦『海狼』

基準排水量:1875トン

全長:108メートル

全幅:8.6メートル

出力:魔式機関6万馬力

速力:水上35ノット/水中25ノット

兵装:53センチ魚雷発射管×8 誘導機雷×40

航空兵装:――

姉妹艦:――


その他:魔技研がこれまでのマ号潜水艦のノウハウを投入して建造した高速潜水艦。魔法弾頭搭載魚雷を搭載し、魔力波コントロールによる誘導が可能。魔法式ステルスや魔法防御など様々な魔法装備に加え、魔術師が運用することで、真価を発揮する。

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