第39話、マ号潜の猛威


 突然の水柱に、先導するメテオーラ級軽巡洋艦が上下に揺さぶられた。全長180メートル、排水量8000トンの艦体を貫いたように見えた水飛沫は、しかしそれ一つだけではなかった。


 横陣に進む前衛の駆逐艦もまた、相次いで爆発による水柱に突き上げられ、中には真っ二つにへし折れる艦もあった。


 異世界帝国東洋艦隊旗艦『メギストス』。メトポロン大将は司令官席から立ち上がった。


「何事だ!? 敵襲か?」


 警報が鳴り響く。見張り員が対空、対水上に目を光らせて、レーダーも敵を捜索する。『メギストス』艦長は叫ぶ。


「海面にも気を配れ。敵潜かもしれんぞ」


 潜水艦による雷撃。空や水上に、敵らしきものが見えない以上、その攻撃はこの海の下の可能性は高い。


「対潜警戒を厳にせよ」


 メトポロンは苦虫を噛み潰したような顔になる。この近海に敵の艦隊はいなかったかもしれないが、潜水艦は別だ。


 あれは単独でも侵入して、偵察行動や通商破壊、艦隊襲撃などをやるのだ。しかし、一度に複数の前衛艦がやられたような……。


「ソナー、敵潜を探れ」

「こ、これは! 機雷です! 艦隊針路上に、複数の機雷がっ!」


 水測員が報告する。艦長は唸った。


「機雷だと……! ――提督!」

「うむ、機関停止」

「機関停止!」


 復唱され、6万9000トンの『メギストス』の艦体が、ゆっくりと停止にかかる。


 無数の機雷が漂っているとわかっている場所に突っ込むのは愚かしい。水線下に穴が開けば、艦内に海水をくわえ込むことになり、艦の速度が落ちたり、連続して触雷すれば最悪沈没の恐れもあった。


「まさか機雷を敷設されていたとは……」


 異世界帝国が制海権を確保しつつある中、水上型の敷設艦とは思えない。単独行動で入り込んだ潜水艦の仕業だろう。


 ――アメリカか、日本か。それとも、イギリスの忘れ物か……。


 駆逐艦に機雷の撤去――掃海をするよう指示を出す。だが水測士が悲鳴のような声を上げた。


「き、機雷が動き出しました! 近くの艦に吸い込まれて――」


 爆発音、そして水柱が連続した。


「駆逐艦『メーロン』触雷! 大傾斜!』

「『キトロン』爆沈!」


 すでに損害を受けて停止していた艦にトドメを刺され、新たに掃海活動に動いていた駆逐艦が犠牲になる。


「機雷が動き出しただと!? リモコンか?」

「磁気反応機雷でしょうか?」

「馬鹿な。機雷が動くなど、流されているだけではないのか?」


 参謀たちも混乱している。そうこうしている間に、また1隻、軽巡洋艦が二本の水柱に持ち上げられ、大爆発を起こして吹き飛んだ。


「おのれっ、このような置き土産如きに……!」


 メトポロンが吐き捨てたその時、水測員が叫んだ。


「海中より高速移動物体――おそらく、魚雷です! 艦隊に接近、5ないし6!」

「くそっ、機関始動! ソナー、狙いは本艦か!?」

「……っ!」

「ソナー!」

「1ないし2本、接近! 距離1300! 速度50ノット! 残りは他艦に」


 艦長は、水上の見張り員に魚雷を発見するよう監視を強める指示を出す。しかし海面付近ではなく、もっと深いところからの雷撃のため、見えるはずがなかった。


 そして、魚雷は艦底部に直撃し、6万9000トンの艦体を揺さぶった。



  ・  ・  ・



「魚雷、目標に全弾命中しました」


 特マ潜『海狼』、海道鈴大尉は、艦長である兄、海道少佐に報告した。


 九八式魔式魚雷誘導装置。能力者の念波を用いて魚雷を誘導するシステムである。この九八式を用いて、鈴は『海狼』から発射された魚雷をそれぞれの目標に誘導、命中させた。


「鈴には、これくらいは朝飯前か?」

「はい、少佐」


 兄に対してニコリと笑顔を返す鈴である。専用の九八式誘導装置により、6本の魚雷は、敵旗艦級に2本、空母1、軽巡1、駆逐艦2に命中。うち軽巡と駆逐艦2隻に引導を渡した。


「よし、本艦は最大速度で離脱する。深度50、最大戦速」

「深度50、最大戦速宜候ー! ……静音装置は使わないので?」


 操舵手が確認すれば、海道は頷いた。


「使わない。敵の駆逐艦を誘き寄せる」

「宜候!」


 潜水艦が近くから雷撃してきたとなれば、敵とすればそれを放置しておくことはない。


 特に潜水艦は水中では低速なので、水上艦が快速を飛ばせばすぐに追いつける。そこから爆雷などの対潜兵器を用いて、リンチが始まるわけだが、その当然のパターンを逆手に取る。


 ――何せ、この『海狼』は水中速力25ノットだからな!


 現在の世界の潜水艦の水中速度はだいたい7から9ノット辺り。それと比べれば、魔式機関を搭載する魔技研の潜水艦は、最低速度のものでもその2倍以上出せる。


 30ノット以上の巡洋艦や駆逐艦では、いずれは追いつかれるのだが、それまでに時間と距離を稼げる上に、追尾する艦もあまり艦隊から離れ過ぎてもいけないという制約がつく。結果、追跡を諦めざるを得なくなる。……追跡に夢中になって、護衛すべき艦が別の潜水艦に襲撃されたら目も当てられないのだ。


 そして海道少佐の目論見としては――


「後部魚雷発射管、装填。追尾してくる敵艦を雷撃する」


 獲物を狩りにきたハンターを返り討ちにする。見つかった潜水艦は弱い、と思い込んでいる敵を逆に狩るのだ。


 追ってくるのは大体駆逐艦である。装甲などないに等しい駆逐艦など、誘導魚雷を一発撃ち込めば、それで大破、航行不能か撃沈である。


「艦長」


 通信士の荻野が、こめかみに指を当てながら振り返った。


「念話通信、マ-7号潜より入電。『我、到着ス』」


 マ-7号潜水艦。排水量2071トン。全長90.2メートル、全幅13.82メートル。魔式機関2万馬力で、水上速力23ノット、水中速力18.8ノット。


 日露戦争で沈んだ装甲巡洋艦『ヴラジミール・モノマフ』の装甲など、素材の残りを利用して建造された艦である。なお、モノマフ本体は、海霧型駆逐艦に使われていたりする。


『海狼』に比べれば、古い分性能に劣るが、この性能でも世界水準を軽く上回る速度と航続性能、潜水性能を誇る。


 水中にいながらにして、念話でのやりとりが可能なマ号潜。それが2隻となった時、従来では不可能な連携攻撃が可能になる。


 かくてマ-7号潜と『海狼』の共同攻撃は、メトポロン大将の異世界帝国東洋艦隊主力部隊の空母1隻、軽巡洋艦5隻、駆逐艦10隻を先の機雷攻撃も含めて撃沈せしめ、他空母2隻に損傷を与えたことで、それ以上の追撃を諦めざるを得ない状況へ追い込んだのだった。

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