第762話、残党艦隊、追跡


 イ号作戦を終えて、連合艦隊主力は、補給と修理を兼ねて内地へと戻る。

 神明 龍造少将は、処理業務を参謀たちに任せて第一航空艦隊を離れると、いまだ作戦行動中のT艦隊へと戻った。


 旗艦である航空戦艦『浅間』に行けば、T作戦艦隊司令長官、栗田 健男中将と参謀たちに迎えられた。


「イ号作戦の終了は聞いた。勝ったそうだね」


 微笑をたたえる栗田の言葉に、神明は頷いた。


「辛勝というところでしょうか。敵はほぼ撃退できましたが、連合艦隊の被害も少なくありません」


 軽く説明した後、栗田は呻くように言った。


「新型魚雷に、転移ゲートを使った戦法……。いよいよ敵もそちらの分野に切り込んできたわけか」


 参謀たちも、いささか不安げな表情になる。勝ち戦だったが、悲観的な話題が多かったせいだろう。

 神明は、話題を変えて、T艦隊こちらの状況を確認する。


「で、どうですか。サンディエゴから撤退した敵艦隊は?」

「参謀長が離れられる前と変わらず、敵艦隊はハワイ方面へ撤退を続けております」


 田之上 義雄首席参謀が地図を指し示した。


「状況として、足手まといの氷山空母を切り離して、艦隊は速度16ノットで航行中」


 全長600メートル超えの巨大氷山である氷山空母は、艦隊に随伴するのが困難な、鈍足艦である。異世界帝国は、これを殿軍として置いて、逃走を図っている。


「米陸軍の重爆撃機が一度追撃に出て、氷山空母に攻撃を仕掛けました」

「ただしアメさんは、あのデカブツを仕留められなかったようです」


 藤島 正航空参謀は口を開いた。だろうな、と神明は呟いた。異世界氷で再現したと思われる氷山空母である。米陸軍の爆撃機の装備では、あの巨艦を砕くのは困難であろう。


「あのままですと、氷山空母は米航空隊の攻撃範囲の出てしまうでしょうな」

「まあ、あの足だ。ハワイに辿り着くまでに、どれほど時間がかかるか」

「計算しましょうか?」


 航海参謀の勝浦 高次少佐が言った。神明は首を横に振る。


「いや、いい。どうせ氷山空母は、当面放っておく」


 あれだけの巨大でありながら、転移装置やゲートで離脱させていないということは、サンディエゴを襲撃した敵艦隊や、氷山空母自体にその手の装備がないということだ。

 捕獲するか、あるいは転移島よろしく転移爆弾として使うか。……稲妻師団の手を借りる必要があるだろうが、その検討は後でいい。


「それで逃げる敵艦隊だが……」

「はい。漸減策に乗っ取り、まずは封鎖戦隊による奇襲、反復攻撃を行っています」


 田之上は説明した。



  ・  ・  ・



 ゲラーン・サタナス中将は、苛立っていた。

 サンディエゴから撤退する艦隊にあって、日本軍と思われる攻撃が繰り返されていたからだ。


『黄17、爆沈』


 旗艦『クレマンソー』の艦橋に響く無機質な報告。司令長官の席に座るゲラーンは爪を噛んだ。

 ゲラーン・コレクションともいうべき戦艦群を守る駆逐艦が、またしても沈められた。これが通常の手順にのっとった戦闘の末の犠牲であるなら、彼がここまで苛立つことはなかった。

 だが現実は、そうではない。


「ストラテゴス、遮蔽に隠れた敵を見つけ出す手段はないのか!」

「恐れながら」


 参謀長であるストラテゴス少将は、重々しい答えで応じた。

 がっちりした体つきながら、老齢であり、実のところ大将にまで上り詰めた男であるが、退役したところを、ゲラーンに個人的にスカウトされたことで、彼の私兵部隊の参謀長を務めている。


「敵の攻撃を観測。その位置めがけて反撃するように、すでに指示は出しております」

「しかし、成果は上がっていないが?」

「敵は転移を駆使して、一撃離脱に徹しておりますれば」


 敵遮蔽艦――日本海軍が、北欧の海防戦艦を改装した封鎖戦隊、甲、乙、丙、丁の四種は、ゲラーン艦隊、対潜・対空警戒をする護衛の駆逐艦に牙を剥いた。


 彼らは遮蔽で姿を消して、ゲラーン艦隊の針路上に待ち伏せし、三連光弾砲を撃ってきた。

 その一撃は、ブリキ缶も同然の駆逐艦を、いとも容易く破壊した。重巡洋艦の装甲すら穿つ大型巡洋艦や重巡洋艦クラスの破壊力のある主砲を用いているのだ。弾道もほぼ狙った場所に直進する光弾で先制を許せば、駆逐艦などひとたまりもない。


 ゲラーン艦隊も、目視で観測した光弾の発生もとに、駆逐艦はもちろん、コレクションの戦艦からも主砲や副砲を動員して反撃を行った。

 普通ならば、遮蔽に隠れている艦は、防御シールドと併用していないので、そこで被弾、炎上すれば化けの皮がはがれるのだが、敵艦は転移でその場から退避するので、カウンターが通らない。


「フン、気にいらない」

「この状況を気にいる者などおりますまい」


 彫像のようにピクリとも動かない表情で、ストラテゴスは返した。祖父とまでは言わないが、年齢差のあるゲラーンとストラテゴス少将である。彼は、ゲラーンにとっては戦争の教師でもあった。


「まったくその通りだよ、ストラテゴス」


 ゲラーンは立ち上がった。


「今のところは駆逐艦ばかりが狙われているが……。まあ、駆逐艦が全滅したら、燃料補給の問題が軽減されるかな」

「敢えて言うならば、そうなりますな」


 長所を無理やり捻り出せば、燃料が一番なくなりやすいのが護衛の駆逐艦である。元々の搭載量もあるが、護衛の艦は、守られる艦艇より多く走り回る傾向にあり、その分消費も増える。

 サンディエゴからハワイまでの道中、燃料の心配がつきまとうのは、コレクションの戦艦よりも、駆逐艦のほうが圧倒的に多いのだ。


「ですが、駆逐艦を失えば――」

「わかっている。潜水艦に対する防御が弱体する。ろくな反撃も受けず、鮫どものエサになる」


 だから気にいらないと、ゲラーンは鼻をならした。

 潜水艦に対抗するには、駆逐艦などが装備する対潜兵器が必要になる。

 ゲラーンは、コレクションの艦艇には防御シールド装置を装備させたので、ある程度の雷撃などには耐えられる。だが、日本軍はシールド突破兵器があるという話なので、やはり反撃、掃討担当の駆逐艦を喪失するのは痛かった。


「だが、有効な反撃手段がないのではな」


 これまでの敵の襲撃を考えれば、ハワイまでの道中、まだまだ仕掛けてくるだろう。今は駆逐艦や巡洋艦に被害が収まっているが、それがなくなれば、戦艦群もまた狙われることになるに違いない。


「ゲート艦も用意しておくべきだった」


 言っても仕方がないが、それでも言葉として出た。エレウテリアー島に転移ゲートがあるから、それで充分と思っていたら、島はどこぞへ飛ばされてしまうという異常事態。そんなこと、事前に予想できる者などいただろうか? いやいない。

 ストラテゴスが口を開いた。


「ハワイの南海艦隊から、タンカーを伴った戦闘艦隊が、こちらに合流すべく出撃すると報告が入りましたが……」


 果たして、それとゲラーン艦隊が接触するまでに、どれだけの艦が残っているだろうか。ゲラーンは皮肉げに唇を歪めるのだった。

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