第761話、イ号作戦の終わりに
小沢 治三郎中将は、合流した第一艦隊と第二機動艦隊を見やり、沈痛な表情になった。
第一機動艦隊が、スマトラ沖に移動する前は、敵はもはや残敵掃討レベルであり、連合艦隊主力が圧倒するものだと考えていた。
それが蓋を開けてみれば、紫星艦隊は健在。それとの戦いで、第一艦隊、第二機動艦隊ともに多くの被害が出た。
「これは本当に、勝った艦隊の姿なのか……?」
連合艦隊旗艦であり『敷島』は大破。播磨型、改播磨型の51センチ砲搭載戦艦は、沈没こそないものの、無傷のものはなく、7隻中2隻中破、2隻大破。
特殊砲撃戦艦である葦津型戦艦も8隻中5隻、沈没。2隻大破。第二機動艦隊水上打撃部隊の戦艦15隻のうち、角田長官の座乗する『伊予』ともう1隻が沈没。3隻大破し、残っている戦艦は、大和型を含めて10隻。
大型巡洋艦、重巡洋艦もまた被害を受けて、護衛の水雷戦隊の巡洋艦、駆逐艦もまた被害は小さくなかった。
空母は『黒鷹』『水龍』、軽空母『祥鳳』が沈没。『白鶴』『剣龍』『海鷹』が大破、『翠鶴』『翔鶴』が中破した。
第一機動艦隊の被害は、ほぼ空母3隻のみに留まっており、他の二つの艦隊に比べれば軽微なものと言える。
第一艦隊、第二機動艦隊の損傷艦艇の多さを見れば、当面の作戦の主力は、第一機動艦隊を中心にしたものになりそうだ。
「どうだろう、神明。イ号作戦は、成功したと言っていいものだろうか?」
小沢が問うと、神明参謀長は、艦隊へと視線を向ける。
「異世界帝国の東南アジアへの侵攻を阻止した、という点では成功でしょう。可能なれば、損害少なく、勝てれば望ましかったのでしょうが……」
「それは、何もイ号作戦に限った話ではあるまい」
小沢はしかし口元を引き締めた。
「今後のことを考えれば、な」
可能であれば、北米大陸へ侵攻しようとする敵大艦隊を迎え撃つ米英軍を支援する戦力を送る――軍令部としては、米国からの輸入物資や資源込みで、地球という同盟の一員としてそのつもりではあった。
「だが、この状況で、大西洋に派遣できるのか……?」
「送るしかありません」
神明は言った。
「イ号作戦には、東南アジアの防衛も含まれていましたが、残念ながらスマトラ、ジャワの油田をやられたことで、米国への依存度が上がりました」
もはや、米国を見捨てる選択肢は難しい。ボルネオ島の油田は残っているが、現在の大増強された連合艦隊の戦力規模を考えれば、それだけでは不安としかいいようがなかった。
「日本が生き残るためにも、可能な限りの戦力を投入するしかありません」
「ふむ……。我々、第一機動艦隊はその主力となるだろうな」
小沢は憮然とした表情になる。
「今回、ドイツ艦隊が補給船団撃滅に協力強力してくれたが……。あぁ、こちらも被害が少なくなさそうだ」
連合艦隊に合流したドイツZ艦隊の艦容を見やり、小沢は嘆息した。
8隻いた戦艦が6隻に減っている。こちらも敵戦艦と撃ち合ったらしく、損傷の後は生々しい。
巡洋戦艦や装甲艦の数は変わっていないようだが、果たしてダメージの度合いはどれくらいか。まったく無傷の艦は多くなさそうだった。
「激戦だったのだな」
小沢や神明は、ドイツ艦隊が輸送船団攻撃の際に、何と戦ったのかはまだ聞いていない。
だがZ艦隊が誇るフリードリヒ・デア・グローセ級やウルリヒ・フォン・フッテン級戦艦の損傷度合いを見るに、異世界帝国の主力戦艦であるオリクト級戦艦かその強化型、あるいはワンワンク上の艦と撃ち合ったのだろうと想像できる。
「ドイツ人としても、祖国奪回の第一歩として、大西洋の戦いには加わりたいところだろう」
「そういえば、軍令部第三部は欧州での潜入、情報収集を行っていますから、いずれそれを元に欧州奪回もあるんでしょうな」
「陸軍が動くとは思えないが……」
大陸決戦、大反攻で、陸軍はユーラシア大陸を西進しているが、アメリカからの物資支援をもってしても、その進撃速度はかなりの低下している。
進撃する土地に、異世界人の軍隊以外に人がほぼいないため、占領した地の統治などに煩わされることはないとはいえ、大陸はやはり広大である。陸軍は、ポータルと呼ばれる魔法移動技術で、補給線の効率化を進めているが、それでも勢力圏が広がるにつれて、戦力は減少していくのである。
そもそも、陸軍としても、大陸全土を攻略するとか、そのような大望を抱いているわけではなく、むしろその点では現実的な一面さえ持ち合わせていた。土地だけあっても仕方がない。
「ドイツ解放には、人形の兵隊が行くのではないですか?」
ファウスト博士の、自動人形が人間に代わり、鉄砲を担いで突撃する――その様を思い描き、小沢と神明も微妙な顔になる。
「まあ、欧州の話は、ドイツ人や英国人を交えて、そのうち追々やるだろう。その前に、我々は、異世界人の北米侵攻を阻止しなくてはならない」
それができなければ、欧州奪回など、夢のまた夢である。
「神明、お前はT艦隊の参謀長でもある。俺よりも大西洋方面の話は詳しいだろう。どうなんだ?」
「アメリカ、イギリス、その戦術次第というところではあるのですが――」
神明は、遠くへ視線を飛ばす。
「艦艇数だけを見れば、米英艦隊に、正面から敵艦隊を打ち破るのは、奇跡が必要でしょう」
「奇跡」
小沢は鼻で笑う。
「起きてほしい時には、そう都合よく起こらないものだ」
「そういうことです。奇跡は無理でも、できる範囲でやれるだけのことはするでしょう。そうなると、敵を東海岸にまで引き寄せて、陸上の航空戦力――陸軍の航空隊が届く範囲で戦おうとすると思います」
「なるほど、海軍だけで足りないなら陸軍の戦力もアテにするわけだ」
そう言いつつ、小沢は首をかしげた。
「陸軍と海軍の仲は、どこの国でも悪いと聞くが、あちらさんはどうなんだ?」
「さあ……。あまりよくはないでしょうが、そうも言っていられないでしょう」
状況が状況である。同じ国の軍同士で争っている場合ではない。
「我が海軍が加わったところで、正面から勝てるのか?」
「難しいですね。今回は、島を転移させてぶつけるという作戦は使えません」
「チ号作戦で使っている海氷防壁を、転移島の代わりに使うというのは?」
小沢はそれに気づいた。神明は頷く。
「数回程度なら。ジブラルタル海峡を封鎖して、敵艦隊を食い止めていますから、そちらでのことを考えれば、耐久性の面で滅多に使いたくないところです」
「そうなると……。敵の作戦意図を挫くためには――」
「はい、敵上陸部隊を乗せた船団を叩く」
「うむ。侵攻する兵がいなければ、いかに艦隊が残っていようが、敵の作戦は失敗だ」
小沢は頷いたが、そこでふと思い出す。
「大西洋のことばかり気にして失念していたが、ハワイにも敵艦隊がいただろう? これをどうにかしないと、援軍どころではないのではないか?」
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