第41話、対空警戒


鰤谷ぶりたに丸』は、第九艦隊にあって、現在浮上航行中だった。


 全長269メートルの艦体、その長大な飛行甲板には、九九式艦戦か、九九式艦爆が常に少数機待機し、緊急発進に備えていた。


 艦隊直掩の空母『翔竜』が別任務で離脱しているため、『鰤谷丸』がその代理を務めている。


 また、大巡『妙義』からも、九八式水上警戒機が飛び立っており、第九艦隊に近づく敵航空機を警戒していた。


 須賀は、『妙義』の艦体中央から後部寄りにある艦載機区画にいた。正確には、カタパルトの上に設置されている一式水上戦闘攻撃機のコクピットに。


 敵の空襲に備えて、急遽、『エクセター』から『妙義』に飛ばされた。あれよあれよといううちに、搭乗員として待機中である。


「そりゃ、内火艇を下ろしたりする余裕はなかったんだろうけどさぁ……」


 須賀はぼやく。


「いきなり転移とか言われて、ビックリするっていうんだよ」


 操艦中の鹵獲艦から、大巡に戻れと言われた。普通は内火艇など艦載艇を使うのだが、その場合、艦の航行に若干のもたつきが発生する。敵に追撃されているという状況では、できれば避けたいことではある。


 だからこその転移だとは思う。あの方法なら、艦を停める必要もないし、船に乗り移る時間もほぼかからない。


「言ってなかったっけ?」


 後ろ座席から、正木妙子の声がした。


 そう、この一式水上戦闘攻撃機は、複座機でもある。魔技研の開発した水上戦闘機にして攻撃機で、さらに偵察機でもあり観測機だった。


 須賀同様、鹵獲艦の魔核で戦艦を動かしていた妙子も、空襲に備えて『妙義』に呼び戻されたのである。


「聞いてないぞ、妙子ちゃん」


 魔技研に関わって日が浅いこともあるが、九頭島の兵員や魔技研の関係者を全員知っているわけではない。着任早々、猛勉強に時間を取られたということも大きい。


「作戦が終わって、九頭島に戻ったら、紹介するからさ」

「終わったら、か」


 無事に帰れるのか、という問題はあるが。須賀とて、鹵獲艦を抱えて、敵の支配海域を横断するのがどれほど困難なことか、想像はできる。


「妙子ちゃんも、飛行機に乗るんだな」


 彼女は偵察員席で、直接、操縦桿を握るわけではない。しかし飛行服姿の妙子というのも、実際に目にするまでは、まったく想像すらしていなかったが。


「偵察や観測に、魔法装備を使うからね」


 後ろの席が見えないので、果たしてどんな顔をして言っているのか。操縦席の須賀にはわからない。もっとも、須賀はただいま、一式水上戦闘攻撃機についてのマニュアルを流し読み中。


「あと弾着誘導とか。トラック沖海戦後の、撤退援護の時も、わたしは観測機で飛んでいたんだよ」

「へぇ……」


 須賀は聞き流したが、妙子の言う撤退援護時、彼女の乗る観測機は、第九艦隊の戦艦『薩摩』『安芸』『常陸』『磐城』の弾着誘導を行い、異世界帝国の戦艦を撃沈していた。


 姉である初子の二番手に甘んじているが、航空機に乗って魔法装備を使いこなす妙子も、魔技研ではエース的な存在である。


「ところで、義二郎さん。これから飛ばすのに、マニュアル読んでて大丈夫なんですかー?」


 からかいなのは口調でわかる。須賀は答えた。


「おさらいだよ。魔技研の航空機の資料は、全部熟読した」


 戦闘機パイロットとして呼ばれたから、操縦する可能性のあるものは全部読んだ。


「全部?」

「そう、全部だ」


 何機か触らせてもらったが、この一式水上戦闘攻撃機を飛ばすのは、初めてというこの状況。出たらいきなり実戦というのは、さすがに緊張を隠せない。


『須賀中尉』


 無線機から、水偵誘導員の竹屋二等兵曹の声が聞こえた。――しかし、魔技研の無線機は音がクリアで聞き取りやすい。


『観測機が戻るので、引き継ぎをお願いします!』


 出番がきた。



  ・  ・  ・



 大巡『妙義』のカタパルトから、一式水上戦闘攻撃機が打ち出されて、蒼空へと飛び上がる。


 ――今飛んだのが、須賀・正木妙子組か。


 神明大佐は、点のように小さくなっていく水上機らしくない水上機を見送る。フロートがないので陸上機にしか見えない。


 ――本来なら、あの二人を飛ばすつもりはなかったのだが。


 何もかも予定通りにいくわけがないのは理解していても、実際にその時にならないと、どう転ぶかわからない。


 空母を1隻引き抜き、『鰤谷丸』の艦載機も、一部機材の破損と搭乗員――主に魔法誘導関係の偵察員に体調不良者が出ており、予備を使わねば足りない状況となった。


「一番なのは、敵に発見されないことだ」


 呟いた神明に、近くにいた神大佐が反応した。魔法装備の実戦運用を見たくて、ずっと艦橋につめている。


「何か?」

「ん? 我が艦隊が、南シナ海を無事に通過するために必要なこととは、というやつだ。敵は今頃、我々を探して偵察機を放っている」


 だが、その偵察機が、こちらを見つけられなければ、攻撃隊が飛んでくることはない。


「今は鹵獲戦艦などを抱えていますが、行きと違って遮蔽装置は使えないんですよね?」


 第九艦隊はそれで隠れられても、鹵獲艦は隠せないから、それで発見されては意味はない。


「偵察機を報告前に落とせれば、攻撃隊は来ない。もちろん、音信不通となれば、何かあったと訝しんで、索敵範囲を絞ることにはなるが……。時間は稼げる」

「そうですな。撃墜できればよいのですが、そう都合よく墜とせますか?」

「そのための魔法装備だ」


 敵がこちらを発見する前に先制するために、魔法式索敵と長距離誘導兵器があるのだ。


「大佐、マ-8号潜より通信です」


 通信長が報告した。セレター軍港襲撃のために同行した潜水艦の1隻からだ。


「南南西より、敵偵察機と思われる飛行物体1を確認」


 マ-8号潜から、正確な位置、敵速度とおおよその高度が知らされる。その飛行物体がそのまま進めば、第九艦隊を確認できる位置に到達することも。


 一式水上戦闘攻撃機はフィリピン方面を見張るから、丸っきり逆方向である。


「『鰤谷丸』の直掩機を誘導。敵偵察機を撃墜させろ」


 直掩に上がっている九九式艦爆は、長距離誘導ロケット弾を積んでいるはずだ。それで通報前に撃墜できれば万々歳だ。


 だが果たして、実際に通報前に撃墜できるのか?


 敵機接近――艦隊に緊張が走る。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・一式水上戦闘攻撃機

乗員:2名

全長:10.1メートル

全幅:13.6メートル

自重:2050キロ

発動機:武本『夏風』一一型、空冷1800馬力

速度:671メートル

航続距離:1830キロ

武装:12.7ミリ機銃×4 ロケット弾×6、もしくは誘導弾×2~4

その他:魔技研と武本重工が開発した水上戦闘攻撃機。魔力収納式フロートにより、フロートは着水時のみの展開となり、通常飛行時の速度は陸上機並み。主翼、プロペラにも魔力可変式を採用し、飛行状況に応じて最適な形に変形するため、速度と運動性を高い次元で両立させた。また軽量化魔法により、誘導弾や魚雷も搭載し、対艦、対基地攻撃も可能。複座の後部偵察員(ナビゲーター)を能力者とすることで、各種兵器の誘導や偵察など、多様な任務に対応できる。欠点は製造が困難かつ、コストが高いこと。

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