第42話、空中警戒


 一式水上戦闘攻撃機の操縦桿を握った感想は、攻撃機という割には重さを感じない機体ということだった。


 須賀が、一式水戦で大型巡洋艦『妙義』と飛んですぐ、無線機から、敵偵察機と思われる航空機が艦隊に近づいているという通報が飛び込んだ。


「俺たちも戻るべきか?」

「待って、義二郎さん。わたしたちは、わたしたちの任務を続けないと」


 後座の妙子がきっぱりと言った。


「艦隊は、『鰤谷ぶりたに丸』の艦載機が見てくれる。わたしたちが引き返すより先に対応してくれるわ」

「了解」


 それもそうだ、と須賀は思った。鰤谷丸にも戦闘機は積んである。大規模な攻撃隊の襲来ならまだしも、単独の偵察機を相手に偵察任務を放り出して引き返すわけにもいかない。


「上手く敵を落とせるかな?」

「だと思う。もし失敗したら――」


 妙子は苦笑した。


「たぶん、艦隊めがけて、敵機が押し寄せてくることになると思う」


 セレター軍港から敵が修理していた戦艦などを強奪したのだ。当然、こちらを追撃すべく躍起になっているはずである。


 青い空に、青い海。所々に雲が点在しているが、概ね晴天。見張り甲斐がありそうではあるが、敵が飛んでくれば、かなり遠方からでも視認しやすいだろう。


 警戒しながら飛行していると、第九艦隊に迫っていた偵察機を撃墜したという報告が無線に聞こえた。


 ただし、撃墜に手間取り、艦隊位置が通報された可能性あり、とのことだった。


「何事も上手くいかないってことだね」

「そうだな」


 妙子の呟くような言葉に、須賀も同意する。


「義二郎さん、敵が通報したなら、フィリピン方面の敵も航空機を飛ばしてくるだろうから、気をつけて」

「了解」


 フィリピンは現在、アメリカ・フィリピン軍が異世界帝国と戦っている。だが同地は、敵の侵攻を押し止めることができず、制圧されるのも時間の問題とされている。


 同方面の飛行場も、大半が異世界帝国のものであり、現地残党軍へ攻撃を仕掛けていた。そしてその戦力を、南シナ海へと向けてくる可能性は大いに高かった。


 30分ほど飛行した時、妙子が口を開いた。


「義二郎さん!」

「どうした!?」


 何も起きていないが、声の調子から何かあったのを察する。


「マ式測定器に反応あり。1時の方向、高度6000に、不明機1」


 魔法装備が、敵機らしきものを捕捉したらしい。須賀は視線を動かすが、特に航空機らしきものは見えない。


「肉眼じゃ見えないぞ」

「まだかなり遠いからね。魔力眼で見てみるから、ちょっと静かにしてね」


 そう言うと、妙子は黙り込んだ。魔力眼といえば、魔法の目で遠くのものを見る――という魔法である。資料で見た須賀も、便利なものだと感想を抱いていたりする。


「見えた! 異世界帝国の攻撃機! 敵の偵察機だよ!」


 妙子は言うと、艦隊に通報する。


 ――こっちはまだ見えていないのに。俺でも覚えれば魔法が使えるって話だし、魔力眼の魔法、教わろうかな……。


 須賀が考えていると、妙子が顔を上げた。


「義二郎さん、撃墜命令が出た。通報される前にやるから、誘導弾を使う。このまま真っ直ぐ飛んで!」

「了解。俺の方は見えていないが、やれるのか?」

「任せて!」


 何とも頼もしい返事だった。


 一式水戦には、4発の誘導ロケット弾が搭載されているが、うち2発が長距離用、残る2発は短距離用だった。


 当然ながら、今回使うのは長距離誘導ロケット弾だ。


 誘導は、後座の偵察員――妙子の仕事である。偵察員が誘導に集中している間、操縦席の須賀は、機体を安全に飛ばし、周囲への警戒も怠らないようにする。


「外すつもりはないけど、外したら、あとお願いね、義二郎さん!」

「引き受けた」


 誘導弾を撃つのに、パイロットの須賀はほとんど関わらないが、その後は出番だ。鍛えた戦闘機乗りとしての腕を、存分に振るって敵機を撃墜する。


「敵機、捕捉! 九八式一番ロケット弾、一番、投下!」


 一式水戦の右翼に懸架されていた九八式長距離誘導ロケット弾が、火を噴いて飛んでいった。


 うっすらと煙を引いていくロケットを、須賀は興味深く見送る。あれが敵機に向かって誘導されるというのだろう。敵がそういう武器を使ってきたら、回避できるのか考えてしまう。


「……んー」


 煙の先に、ようやく航空機らしき黒い点が見えた。須賀は目を細める。あれが敵機か。薄い煙を引きながら、それに吸い込まれていくようにロケット弾。


 ――当たるか……?


 じっとその行く末を見守る。妙子が誘導を失敗すれば、全力で落としにいかなくてはいけない。


 緊張の一瞬。敵はロケット弾に気づくか――!


 チカっと光が見えた。続いて青い空に墨のような黒い煙が刻まれた。


「敵機、撃墜」


 妙子の安堵したような声が須賀の耳に届いた。彼女は上手くロケット弾を誘導したようだ。須賀も自然と溜めていた息をついた。


「お見事……ってことでいいんだよな?」

「いいよ。もっと褒めていいからね?」


 成功させたことで肩の荷が下りたのだろう。妙子の声は朗らかだった。


「ああ、大したもんだ。そのうち俺のような搭乗員は失業かもしれないな」

「何言ってるの。ロケット弾なんて積める数に限りがあるんだから、撃ち尽くしたら、後はパイロットの出番だよ」


 そう言うと妙子は、旗艦『妙義』へ敵機の撃墜を報告する。


「これで時間は稼げるかな?」

「位置を通報される前に……というか、俺たちに気づいたかな?」

「さあ、どうかな。通信はされていないっぽいけど」

「まあ、南からきたヤツが通報したかもって話だからな」


 通報と同時に駆けつけられるように、予め攻撃隊を飛ばして空中待機させていたら、あまり時間は稼げないかもしれない。


 果たして、敵の動きは……?


 須賀の一式水戦は哨戒を続ける。フィリピン方面の異世界帝国の航空機に備えるために。


 だが、この頃、異世界帝国のフィリピン方面部隊は、別の目標に攻撃を仕掛けていた。

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