第350話、特殊砲撃艦は造れるか?


 古賀峯一大将は、海兵32期、海大15期。開戦前からの大艦巨砲主論者であるものの、山本五十六とは親しい人物であった。


 海軍軍縮条約では条約派であり、締結に尽力。英米協調派であり、そのあたりで山本や米内光政、井上成美などの日独伊の三国同盟反対派とも親しかった。


 異世界帝国との開戦後、1942年5月に大将となり、11月には横須賀鎮守府司令長官となる。そして43年になると、マル予計画に関わることとなった。


「ご無沙汰しております、永野総長、山本長官」


 一見すると厳めしそうな顔つきだが、はにかむと穏やかに見える古賀である。

 軍令部総長の永野と、山本連合艦隊司令長官の突然の訪問にも嫌な顔ひとつなく迎えた古賀は、セイロン島トリンコマリー軍港を歩いた。


「マル予計画の進捗としましては、戦艦6隻、重巡洋艦8、軽巡洋艦8が自動化処理も完了し、連合艦隊に加わっての戦闘も可能です」


 異世界帝国甲型戦艦ことオリクト級戦艦を、日本海軍艤装で改修したもので、第二戦隊の美濃型戦艦と、ほぼ同じスペックの性能を持つ。41センチ三連装砲三基九門を備え、欧米列強の新戦艦とも互角以上に渡り合える。


 重巡洋艦は、1万5000トンのプラクス級の改装であり、こちらは20.3センチ三連装砲四基十二門と、砲門数で列強重巡洋艦で最大。日本海軍の伊吹型重巡と同等の砲戦能力を備える。


 軽巡洋艦は、8000トン級のメテオーラ級の改装。軽巡洋艦時代の最上型の主砲である15.5センチ三連装砲の速射改良型を三基九門。軽巡型になった『青葉』などと同等だ。

 現在の日本海軍の主力である速射砲戦型軽巡の基本が15.2センチ連装砲を三基または四基なので、砲撃能力では砲門数、射程ともこちらが勝っている。


 強力な砲撃戦闘艦が揃い、神は思わず「おおっ」と声が漏れる。

 対して黒島は難しい表情。古賀大将がガチガチの砲術屋であり、それはマル予計画に携わっても変わらないのか、と諦めとも呆れともとれる気分になったのだ。


「しかし――」


 古賀は説明の途中で一度言葉を切った。眉間にしわが寄っている。


「進捗としては、あまりよろしくありません。昨年、計画がスタートしたものの、九頭島の施設を、敵に叩かれたのが原因です」


 マル予計画の部品、装備供給は、かなりの部分で九頭島工廠が関わっていた。連合艦隊の装備や弾薬製造と並行して、予備艦隊の分も作っていたため、航空戦艦『プロトボロス』率いる艦隊による攻撃で工廠に被害が出た結果、マル予計画供給分が滞ってしまったのだ。


「今は、接収したセイロン島の工廠に手を加えて工事を再開。とりあえず、艦体と機関、操舵関係の自動化処理は済んでいるものが多数あるのですが、武装関係で遅れを取り戻せてはいない状況です。申し訳ありません」


 古賀は、永野と山本に詫びた。いやいや、と永野は手を振った。


「古賀君。君も、異世界帝国の大西洋艦隊がインド洋に進出してくる可能性は知っているな?」

「もちろんです。それ故、戦力の準備が間に合わないこと、申し訳なく――」


 必要になった時に、必要な分を用意できなかったことを悔やんでいた。実に真面目なのである。永野は首を横に振った。


「本来は非常時の予備であって、現地艦隊と連合艦隊で対処する問題だったのだ。君が謝罪することではない」

「お言葉ですが、総長。予備艦とはいえ、必要になったので視察に来られたのでは?」

「確かに、マル予計画艦も動員できるならしたいところだが、今回はちょっとした改修案を持ってきたのだ。これは早期戦力化にも繋がるかもしれないと思ってね」


 一瞬、改修案と聞いて、古賀の表情が硬くなった。余計な計画変更は、時間を浪費させ、進捗を遅らせるものだ。


 だが、逆に戦力化が早くなるかもしれない、と聞けば、話は変わってくる。



  ・  ・  ・



 場所を事務所に移し、さっそく新しい改修案が披露される。

 マル予計画側では、古賀の他、軍令部第五部の土岐中将と、魔技研の志下たもつ造船大佐も同席した。


 軍令部不在が多い土岐がこんなところにいたとは――黒島や神は思った。

 また志下大佐は、改修、改良に定評のある男で、魔技研関係の艦艇設計には大体関わっている男である。


 黒島と神が即行でまとめた特殊砲艦案。――戦艦を熱線砲専用艦として、ただ一撃の威力にかけた運用をする。


 最大エネルギーで一発撃てば、その後はエネルギーの充填ができるまで戦力外なのだから、思い切り極端に使おうという、一点特化型の案だ。


 これが使えるのか、という話だが、これに対して神も、黒島も例を挙げることができた。


 ハワイ作戦での、戦艦『播磨』の轟沈。異海氷空母破壊のための潜水からの浮上、奇襲による必殺兵器の使用――実例があるだけに、まったく未知のものというわけではなく、説得力があった。


「大艦巨砲の極みだね」


 山本が言ったそれは、皮肉だったのか。大砲屋から航空に転身した山本に対して、今も昔も大砲屋である古賀は薄く笑った。


「極端ではありますが、他の軍艦と連携できるなら利にかなっていますよ」

「確かに」


 土岐中将は丸眼鏡を押し上げた。


「普段は潜水して、攻撃を躱し、撃つときのみ浮上すると考えれば、対空装備も、熱線砲以外の武装も最小限で済みますな。他艦の援護があるなら、思い切りそれを省いてもよろしい。……どうかね、志下大佐?」

「……それなら、工期も短縮して、数を揃えられますな」


 志下造船大佐は淡々とした調子を崩さない。


「あと足りないのは武装だけですが、現在の部品待ちの戦艦は、熱線砲が予め積んだ改型ですから、それのみに絞るならば、敵がインド洋に来る前にある程度は揃えられると思います」


 中部太平洋海戦で鹵獲、改修した異世界帝国戦艦型は、初期型にない熱線砲搭載型であった。これに『武蔵』が大破させられ、『安芸』『甲斐』がやられているのだ。


「敵大西洋艦隊の規模を考えると、戦力は多いほどよい」


 山本は言った。


「ハワイ作戦以上の規模の敵艦隊だが、今回こちらにはアメリカ艦隊がいないのだから」

「マル予計画艦も動員となりますか」


 古賀が言えば、永野が笑みを浮かべた。


「この改装案を聞いたら、もう使ってみたいんじゃないかな。現場としては」

「当初は、保険だったのでしょうが」


 山本は首を傾けた。


「もう戦力として使えるなら、使わない手はないでしょう」


 使わずに負けるなどあっては、目も当てられない。


「うむ。……土岐君、できるかね?」

「志下大佐ができるというのであれば」


 視線が、一造船大佐へと向く。居並ぶ大将、元帥らにまったく動じることなく、志下は言った。


「シンプルにしてよいというのであれば、できます。細かな改良が必要なら、その時にやればいいですから」

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