第349話、マル予計画
軍令部総長、永野修身元帥の元に、第二部長の黒島少将と、教育局第一課長の神大佐がやってきた時は何事かと思った。
「本来なら、軍令部第五部の土岐中将にも話を聞くべきかと思いましたが、不在なので」
と前置きした上で、黒島は、神が持ち込んだ再生戦艦の潜水砲撃艦運用案の草案を提出し、説明をした。
よほど急ぎで作ったのだろうことは、一目でわかった。しかし永野はそれについて、とやかく言うことなく、話を聞いた。
「――先日、アメリカ経由で、異世界帝国の大西洋艦隊が地中海を抜けているという報せが入りました」
黒島は淡々とした口調で告げた。
「敵はインド洋の制海権を奪取すべく動いていると思われ、現地の第七艦隊、そして増援の連合艦隊でも決定的有利とは言えません。ここは特殊砲撃艦を複数用意し、少しでも戦力を増強するべきと愚考いたします」
「話はわかった」
永野は鷹揚に頷いた。
「面白い案だ。しかし……間に合うかな。いや、元から装備していたんだっけか」
「総長……?」
何やら独り言を呟く永野に、黒島はわずかに首を傾げた。
「君らは、軍機を守れるかな?」
「もちろんです」
黒島と神は顔を見合わせる。突然、軍機=軍事機密などという単語が出てくることに困惑した。
永野は、引き出しから薄い資料を取り出すと、それを持っていき、二人に見せた。
「マル予計画……? 総長、これは?」
「我が海軍の非常事態に備えた予備軍備計画、というやつだ」
軍令部総長曰く、ハワイ作戦が失敗し、連合艦隊が壊滅するようなことになった場合の軍備計画である。
「連合艦隊が壊滅した時……!」
黒島と神は言葉を失った。さらりと総長は恐ろしいことを言った。最大最強の連合艦隊と言える戦力を有しながらも、負けた時のことを考えていたというのはショック以外の何ものでもなかったのだ。
「それは、山本長官が戦死するような戦いだった場合も想定して……?」
永野は静かに首肯した。
黒島は資料をめくる。
回収、鹵獲した異世界帝国艦を、改修し、主力艦の大損失時、即時補充として投入できるように予備戦力を整備する。
なお、人員は、大半を喪失していることを考慮し、自動化を進め、少人数での運用が可能なようにする。
「前々から、予備艦を作っておくということになっていたんだが、君たちも知っての通り、海軍は人員不足でね」
永野はお茶をすすった。
「用意しても、どうせ動かせんだろうということで、無人化、少人数運用での使用をつきつめた建造をやることになった」
能力者頼りとなるが、美濃型戦艦や、大型巡洋艦「早池峰」、改古鷹型重巡洋艦などの自動化もその一環であり、これらの技術を投入された。
「そして昨年、セイロン島から無人コアとか、その手の技術を入手したことで、研究が一気に進んだ」
そこでただ予備艦としてでなく、自動化を推し進めた改マル予計画が発動し、今に至る。
「まあ、その改装もあってまだ揃ってはいないがね。……君たちの言うとおり、放置しておくのは勿体ない」
すでに、海軍軍令部の極一部の間では、戦力化に向けて準備していたということだ。神は、騒ぎ立ててしまったことを馬鹿らしく思った。
「しかし、このような計画があったとは……。何故、機密に?」
「現有戦力でも、持て余し気味の兵力だからね。それ以上用意する必要があるのか、という意見も出てくるだろう」
永野は真面目な調子を崩さなかった。
「しかし相手は、規模も底も見えぬ異世界の大帝国だ。現状の戦力で足りるなどと私は思っていない。だからいざという時の戦力は用意しておくべきだと、判断されたわけだ」
ただし、九頭島の設備をやられたことで、計画に遅延が見られているという。セイロン島の異世界帝国から接収した工廠を用いることで補っているが、準備完了までまだ時間が掛かる。
「そこで、君たちが面白い案を持ち込んだ。特殊砲撃艦ね。なるほど、こういう使い方ならば、工程を省いて早期戦力化も、可能だろう」
役割が限定的な分、自動に頼る部分も複雑なことをしなくて済むし、それ以外はオミットできる。マル予計画の遅れを、ある程度取り戻すこともできるだろう。
「善は急げ、という。さっそく現地艦隊に話を持って行くとしよう」
「今、ですか?」
吃驚する黒島と神である。永野は口元に皮肉な笑みをたたえた。
「魔技研の技術を使った再生、改装は早いからね。早いうちに指示を出せば、二度手間、三度手間を省ける」
それでなくても、インド洋、セイロン島に敵大艦隊が迫りつつあるのだから。
・ ・ ・
連合艦隊旗艦『敷島』にいる転移能力者を貸して欲しいと打電したら、秋田大尉の他に連合艦隊司令長官、山本五十六も一緒に来るという想像外の展開があった。
「山本君?」
「総長」
彼は頭を下げると、手短に言った。
「インド洋に敵が迫っている報はご存じと思います。本来の使い方とは異なるのは承知ですが、マル予計画艦を防衛戦に投入すべきか、ご相談したく参上しました」
「ちょうど、そのマル予計画の件で、これから視察に向かうところだよ、山本君」
「! では、総長も――」
「うんまあ、使うかどうかは様子見ではあるが、後ろの二人が、面白い案を持ち込んできてね。検討できないか、現地に行こうというのだ」
「黒島君!」
「ご無沙汰しております、長官」
かつて連合艦隊司令部で、仕えた黒島が一礼する。山本の視線が、隣の神へと向く。
「神大佐か。久しぶりだね」
「はっ、その節は大変お世話になりました!」
以前、連合艦隊司令部に乗り込み、マリアナ奇襲作戦のために軽空母を貸してほしいと、山本に直談判した神である。軍令部にも無断で行ったから、当時の福留部長にド叱られた思い出がある。
「君たちがどんな案を持ち込んだのか、大変興味があるな」
山本は二人を見て言えば、永野は請け負った。
「君好みの面白艦だよ。ただ、彼がどう受け取ってくれるかは微妙だけど」
「なるほど」
頷く山本だが、黒島は首を捻った。
「彼、とは?」
「マル予計画を預かっている人物だよ。古賀君と言えば、わかるかな?」
永野が言えば、山本は補足した。
「古賀峯一大将。僕の二期下だけど、例えば僕が戦死した時、次の連合艦隊司令長官を任せるかもしれない人物かな」
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