第316話、見えない艦隊


「敵艦隊が消えた!?」


 連合艦隊旗艦『敷島』の連合艦隊司令部にもたらされた報告は、まさに衝撃だった。


「どういうことだ?」

「敵に張り付いていた彩雲偵察機によれば、前を行く駆逐艦が煙幕を展開した直後より、艦隊が消えたとのことです。その駆逐艦部隊も、その後は潜水したようです」

「消えた……」


 山本の呟きに、草鹿は顔を向けた。


「敵も、我々と同じく、戦艦にも潜水機能を持たせて運用し始めたとか?」


 そもそも潜水艦以外の水上艦にも潜水機能を持たせたのは、異世界人の技術である。彼らは巡洋艦、駆逐艦にその技術を用いて、地球の各国海軍を攪乱させたが、戦艦や空母にまでその機能は持たせていなかった。


 日本では魔技研により、戦艦・空母も潜水機能を持って戦力化させていたが、いよいよ本家である異世界帝国も、そうするようになったのか?


「しかし、ただ潜るだけならば、煙幕の意味がわかりません」


 草鹿は首を振った。


「わざわざ潜るだけなら、隠す必要があるのかどうか」

「我々に戦艦が潜水できるということを、隠そうとした、か?」


 山本は視線を彷徨わせる。魔技研の技術を知っていなければ、今頃、敵艦隊が消えた謎について戦々恐々としていたかもしれない。

 たとえば、日本の一部戦艦や空母が潜水できることを知らない米海軍などは、敵艦隊が消えたと聞き、混乱しているかもしれない。

 それはともかく――


「せっかく煙幕で偽装したのだろうが、駆逐艦群が潜ってしまえば、ヒントを与えるようなものではないか」

「どうでしょうか」


 樋端が宙を睨んだ。


「煙幕は、潜水させたと見せかけるためで、実は、潜っていないかもしれません」

「というと?」

「遮蔽装置」


 ボソリと樋端は言った。


「敵は海に潜ったのでなく、透明になったのかもしれません。煙幕は見せかけ。手品における思い込み、視線誘導みたいなもので」

「なるほど。その可能性もあるな」


 山本もまた、樋端に倣って宙を見つめてみたが、もちろん何もない。


「敵が潜水したにしろ透明になったにしろ、その意図は何だ?」

「変針を悟らせずに撤退。もしくは、変針後、我々のそばに忍び寄っての奇襲」


 樋端は淡々と続ける。


「少なくとも、二機艦の放った第二次攻撃隊は、相手が見えないので攻撃できなくなりました。透明ではなく、海に潜っていたら対潜兵器が必要になりますし」


 すぐに敵が姿を現さなければ、第二次攻撃隊の攻撃は空振りとなる。誘導弾やロケット弾を搭載し、敵艦隊へ攻撃する気満々だった搭乗員たちは、さぞ落胆するだろう。


「……ギリギリまで滞空させますか?」


 草鹿が腕を組んだ。爆装が無駄になるのは忍びなく、攻撃できる機会を窺わせるのも手だと参謀長は言うのだ。しかし樋端は否定した。


「消えた敵艦隊が、第二機動艦隊に向かっていた場合、収容のタイミングを待って、敵艦隊が仕掛けてくる可能性があります。艦艇の移動速度を考えれば、時間が経てば経つほど距離が縮まり、砲戦に巻き込まれるリスクが高くなります」


 特に――


「角田長官の『大鳳』以下、装甲空母群は、前衛の戦艦群の近い位置にいるでしょうし。……あの性格ですから、下がれといっても引き下がるかどうか」


 空母だろうと、敵艦隊めがけて突進させる猛将――それが角田中将である。如何に装甲を強化した空母といえど、戦艦の主砲弾にさらされれば、タダでは済まない。


「では、どうするべきだと思う?」


 山本は問うた。樋端はいよいよ目の焦点がどこかわからなくなってきた。


「攻撃隊を早期に収容するなら、このままで。前衛が敵艦隊と接触すると予想し、攻撃隊をギリギリまで滞空させるなら、空母はすべて後退させるべきかと。少なくとも、空母が離れていくのなら、砲撃距離には入りませんから」



  ・  ・  ・



 第一機動艦隊は、まだ敵中にいた。航空攻撃で敵海氷空母AとB、『大和』ら戦艦戦隊で異海氷空母Cを撃破した。


 Dは山口中将の潜水遊撃部隊が撃破。ホノルルのアヴラタワーもジョンストン島の第一航空艦隊が破壊して、地上戦力も封じた。残る敵航空基地になりそうな異海氷空母は、戦場から遠いハワイ東部の二つのみ……だったのだが。


「あの最後の奇襲を仕掛けた敵編隊は、とこから飛んできたのか?」


 第一機動艦隊旗艦『伊勢』。小沢治三郎中将は、ハワイ周辺海域図を睨む。

 米第三艦隊を襲ったのは北方の海氷群を見逃したか、異海氷空母Dが撃破される前に放った第二次攻撃隊かもしれない、となったが、問題は南から第二機動艦隊後衛を攻撃してきた敵である。


「その辺りに海氷群など確認されていないはずだ」

「未発見の空母の可能性がある、と……?」


 大前首席参謀が首を傾げた。そこへ新たな報告が入る。


「――敵主力艦隊が消えた?」


 連合艦隊司令部にも通報された『敵太平洋艦隊が消失した件』が届いたのだ。


「敵にも遮蔽装置があったのか? それとも潜水機能か」


 小沢が、神明を見やる。


「どちらにしろ、その機能を持った敵空母がいるなら、第二機動艦隊を襲撃し、『飛鷹』を撃沈した攻撃隊の犯人の可能性が高い……」


 神明は海図を指した。


「ただし、規模から見て、遮蔽なり潜水機能を持つ空母は1隻か2隻程度でしょう」

「確かに」


 青木航空参謀が頷いた。


「瑞龍型空母と同等と見れば、この規模は納得です」

「その上で、何故、このタイミングで敵主力艦隊が消えたのか、を考える必要がある」


 神明は腕を組み、海図上の彼我の配置を凝視する。


「能力があるのに使わなかったのには理由がある」


 参謀たちは神明を見る。遮蔽装置なり潜水型艦で言えば、魔技研出身の神明がここにいる誰よりも詳しい。


「こちらの航空攻撃を空振りさせるため、でしょうか?」


 青木が自信なさげに言った。小沢は頷いた。


「確かに、敵は二機艦の攻撃隊を回避したな。しかし、神明が疑うように、敵が消える能力なりを持っていたなら、もっと効率的に使うことができたはずだ。たとえば、正規空母を隠して運用するとかな」

「そうですね。敵も空母が真っ先に狙われるだろうことは推測できたはずです」


 大前が言った。


「しかし現実には、空母はそのまま。消えたのは戦艦部隊。……どういうことなのか」

「おそらく制限があるのだ」


 神明は告げる。


「制限、ですか?」

「発動ないし、効果時間に制限があるとか。使用するエネルギーの消費が大きいとか、特定の環境、状況でないと使えないとか、な。……いや、おそらくエネルギー問題だろう」


 神明は、海図上に消えた敵艦隊の影を見る。


「戦艦の移動範囲で消えたところで、大した距離は移動できない。航空機が一度捕捉すれば追いつくことも可能。それでも敢えて消えたということは……」


 ここから本気で逃走するか、艦隊決戦のための――


「長官!」


 情報参謀の山野井 實夫少佐が、通信長から受け取った綴りを持ってきた。


「米艦隊の偵察機が、カウアイ島に敵の大規模飛行場を発見しました!」

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