第315話、消える艦隊


 山口多聞中将の潜水遊撃部隊は、ハワイ北方の海氷空母Dへ攻撃隊を放ち、これを見事叩いた。

 これで現在判明している敵航空拠点は、ハワイより東方にある海氷空母EとFのみとなった。

 ……はずだったが。


「まだ未発見の空母がいる可能性がある?」


 連合艦隊旗艦『敷島』。山本五十六大将は、樋端航空参謀に聞き返した。


「はい、先の70機ほどの襲撃ですが、遠方の基地乃至海氷空母から飛んできたというのは少々無理があります。常時レーダーをかいぐぐるために、低高度を長時間飛び続けたとしても、我が方の偵察機が複数飛びかう中、どこにも引っかからずに突破してくるというのは、至難の業です」


 海上に漂う海氷からの艦載機出現を警戒し、敵航空隊の接近はこれまで以上に用心していた。特に遠方からともなれば、どこかで発見できるように警戒機が配置されていた。その警戒の外を通ってきたとすれば。


「まだ発見されていない敵空母がいる、か」


 やたら饒舌な樋端の言葉を受けて、山本は考える。草鹿参謀長が口を開いた。


「しかし、飛来した数からすると、こちらが見逃した海氷群から飛んできたという可能性もあるのではないでしょうか?」


 なにぶんハワイ近海は、異世界帝国がばらまいた海氷群が多数ある。その中で、大型飛行場に合体したものもあれば、中途半端な大きさで、ギリギリアウト判定されて無視されたものもあるに違いない。

 そういう判定ギリギリサイズの海氷から出てきた少数機の集まりではないか、という説である。


「こちらの補給タイミングを狙ったのだとすれば、もっと多く投入しようとしたはず。散発的なのは、他の攻撃隊からたまたま遅れた結果、そうなっただけだったかもしれません」

「参謀長は、先の襲撃は空母ではないと?」

「断定はできませんが、仮に未発見の空母だったとしても、どうにも中途半端感が拭えません。他の攻撃隊とタイミングを併せれば、それなりに有効打を与えられていた可能性もあります」


 司令塔に沈黙が下りる。渡辺戦務参謀が手を挙げた。


「あのぅ、空母云々も大事ではありますが、進撃中の敵艦隊への対応はどうします? もう数時間の内に、第二機動艦隊と敵太平洋艦隊主力は、砲戦距離に達してしまうかもしれませんが」


 脅威となる敵航空戦力撃滅を優先しているために、後回しにしている敵主力と、日米艦隊の距離が縮まりつつある。

 山本はしばし考えるような顔をしたが、すぐに首を振った。


「愚問だったな。おそらく第二機動艦隊は、敵主力迎撃のために突撃するだろう」


 前衛戦艦群の南雲も、空母群を預かる角田も、敵が目の前とあれば、何の遠慮もしないだろう。


「第四艦隊旗艦より、各航空戦隊へ打電。第二次攻撃隊の準備を開始せよ。目標、敵主力艦隊!」


 通信長の報告に、山本は『ほらね』という顔になった。角田中将はやる気だ。


「『敷島』の戦闘機隊は、艦隊防空を重視。それと各偵察航空隊に指令。未発見の空母ないし敵海氷群の可能性を鑑み、索敵を強化、発見に努めよ」


 山本は命令を発した。奇襲を仕掛けてきた敵も探すが、目の前の敵もこれ以上放置はしない。


 第二機動艦隊は、なおも前進を続ける。異世界帝国太平洋艦隊がこのまま進み続ければ、決戦不可避である。


 空母群を任されている角田は、艦隊同士がぶつかる前に航空攻撃を仕掛けるつもりだ。最新の偵察情報によれば、空母を失った敵主力は前衛と後衛が集結し、一つの艦隊として動いている。


 戦艦18隻、巡洋艦32隻、駆逐艦65隻――これらが第二機動艦隊ならびに米第三艦隊に向かってきている。


 敵戦艦が18隻。こちらは第二機動艦隊前衛に戦艦10――後衛の『敷島』と『肥前』『周防』を入れれば13隻――、米第三艦隊に8隻である。第一機動艦隊にも戦艦は10隻があるが、現在は別行動中だ。


 一機艦抜きならば、数の上では日米連合と異世界帝国で互角。そして本格激突となるまでに、どれだけの損害を敵に与えられるか。角田の空母群の活躍次第である。


 前衛に同行する第二航空戦隊『大鳳』『黒龍』『鎧龍』『嵐龍』、後衛の第四、第六航空戦隊『飛龍』『雲龍』、『瑞鷹』『海鷹』から、第二次攻撃隊が発艦を開始する。囮である海氷空母は、直掩の戦闘機しか積んでいないので、攻撃隊には加わらない。さらに十航戦を欠いている状態で放てた第二次攻撃隊は、180機。それらが敵主力艦隊へと飛んで行った。



  ・  ・  ・



ムンドゥス帝国艦隊旗艦『アルパガス』。ヴォルク・テシス太平洋艦隊司令長官は、最新の報告を受けていた。


「航空隊は、それなりに健闘したが、残念ながら日米艦隊の航空戦力を撃滅するには至らなかった、か」

「こちらの航空隊の総力をあげた攻撃を、まさか凌ぎきるとは……」


 テルモン参謀長は眉をひそめた。


「ダメージは与えたのですが……。もう一押し」


 2500機以上の航空機を投入。普通ならば敵艦隊の空母群を撃滅し、敵を敗走させられたのだろうが……。残念ながら、米艦隊は空母半減に止まり、日本艦隊の空母は4、5隻を戦力外にするに留まった。


 日米双方の戦闘機による防空能力が、ムンドゥス帝国側が思っていたより高かったのだろう。


「せめて航空機の邪魔なしの艦隊同士の決戦と洒落込みたいところであるがね」

『報告! 日本艦隊より、攻撃隊発艦!』


 上がってきた報告に、参謀長は苦笑した。


「彼らも艦隊決戦前に、こちらの戦力を削りたいようですね」

「敵の航空戦力を、もうしばらく遠ざけたい」


 テシス大将は、顎に手を当てた。


「各基地に指令。透明化を解除、彼らを驚かせてやれ」

「今こちらに向かっている日本の攻撃隊は如何いたしますか?」

「空振ってもらおう」


 テシスは意地の悪い表情を浮かべた。


「透明化発動。……我々は、消えるとしよう」


 司令長官の命令はただちに実行された。

 艦隊先頭を行く潜水型駆逐艦部隊が煙幕を展開。その煙は後続する艦隊の間を流れていったが、それらの艦影が歪んだかと思うと、次々とその姿を消していった。


 前を行く駆逐艦群が煙を切り、それらが晴れる頃には、テシスの主力艦隊の姿はどこにもなかった。


 そして駆逐艦群もまた、潜航を開始し、海上から姿を消すのであった。

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