第317話、出現する飛行場


 カウアイ島。ハワイ諸島の主要八島のうちの一つ。諸島の最北端にあり、オアフ島の隣にある島だ。航空機で飛ぶならさほど時間もかからない位置にある。


 しかし、異世界帝国が支配する現在は、オアフ島以外の島は無人になっており、軍事拠点なども存在していない……はずだった。


 だが事態は急変した。

 敵の小規模攻撃によって空母戦力が半減したアメリカ海軍が、未確認の敵勢力の捜索のために偵察機を放ったところ、カウアイ島で飛行場を発見した。


「カウアイ島東に大規模な飛行場あり。重爆撃機ほか、小型機が多数、駐機されているとのことです」

「馬鹿な! 事前の偵察では、飛行場などなかったはずだぞ!」


 大前敏一首席参謀が、山野井通信参謀に言った。


 ハワイ作戦に先立ち、日本軍は哨戒空母などで徹底した偵察活動を行った。海域に多数の海氷群が存在するため、海氷空母になりそうなものを捜索する他、ハワイ諸島の主要八島に、飛行場や軍事拠点を作っていないか確認していたのだ。


 そして作戦前日にも、偵察は実施され、オアフ島を除く七つの島に飛行場は確認されていなかった。


「しかし、米軍が見間違えるとは……」


 あくまで通信を拾っただけである山野井である。強く言われても確固たる反論ができるわけでもない。しかし、大規模飛行場であり、航空機も沢山あって、どう見間違えるというのだろうか?


 参謀たちはざわめく。異世界帝国太平洋艦隊が突然消え、その行動を推測していたら、急に、ないはずの飛行場が現れた。動揺するのも無理もない、が――


「落ち着け。そいつはフェイクだ」


 神明参謀長は、切って捨てた。あまりにきっぱりと断言したので、参謀たちは目を見開く。青木航空参謀が首を捻った。


「フェイク……偽物ですか?」

「ああ、数機本物が混じっているかもしれんが、十中八九、偽物だ」

「わからんか? 駐機されている敵機だ」


 小沢中将がまだ理解が及んでいない参謀たちを見回した。


「有力な航空隊と飛行場があるなら、先の連続攻撃でも、奇襲攻撃の時でも出撃させているのが普通だ。だから今、飛行場に多数の航空機があることが不自然なのだ」

「あ!」


 参謀たちもそれに気づいた。カウアイ島ならば、海氷空母A、Bより距離はあったが、C、Dよりも日米艦隊に近い位置にあった。2000機以上の航空機が殺到した時に、攻撃隊が出せるならば出しておけば、異世界軍の航空攻撃の戦果拡大に繋がっていたに違いない。


 出せない理由もないから、航空機が大量に並んでいるという状況が、あからさまに怪しいのだ。


「そうだな、神明?」

「はい。そもそも、艦隊が消えたタイミングで発見されたのも、都合が良すぎます。……まるでこちらが敵を探して、偵察機を四方に飛ばすのを見計らったかのような出現です」

「つまり、このカウアイ島の飛行場は、艦隊とは逆に、今の今まで姿を隠していたということか」

「そうですね。……段々読めてきました」

「聞かせろ、神明」


 小沢は促した。神明は頷く。


「敵はカウアイ島に飛行場を隠していた。ただし、あくまで見せかけ、囮です。おそらく今、オアフ島以外……カウアイ島を除いた六島を飛べば、これまで隠されていた飛行場が姿を現しているはずです」


 ご丁寧に、航空機――その張りぼてを並べて、如何にも航空隊が存在しているように見せる。

 参謀らは息を呑んだ。青木が問う。


「何故、敵はそんな囮なんか――」

「飛行場と見れば、我々が問答無用で叩きに来るからだ」


 制空権を確保するため、上陸船団を守るため、その危険要素である敵航空隊は壊滅させねばならない。そのためには飛び立つ前に叩ければベストである。山口多聞中将の率いる潜水型空母群が、真っ先に襲撃する対象となるだろうし、それでなくても、日米機動部隊は、まず基地航空隊を黙らせる。


「敵は、これまでの戦いから、我が軍がまず空母や飛行場を叩くと想定していた。だから狙われる場所には囮を、本命をそれ以外の場所に配置した。それが海氷群や海氷空母を用いた2000機以上の大空襲だった」


 しかし、日米艦隊の奮戦に攻撃は結果的に失敗した。


「この状況で形成をひっくり返すとすれば、方法は二つ。一つ、上陸船団を壊滅させ、占領行動を起こせなくすること。二つ、日米艦隊の撃滅」


 そして空母、飛行場、航空機を失った異世界帝国は何か新兵器を別にすれば、日米艦隊を叩く戦力は、戦艦中心の水上打撃部隊のみ。


「だがこちらの空母部隊がフリーとなれば、主力の水上打撃部隊に、我が方の攻撃隊が殺到することになる。……そうだな?」


 神明の確認に参謀たちは頷いた。


「だが敵としては、残る唯一の決戦戦力を、戦う前に失いたくないわけだ。その方法は、航空攻撃を受けないことだ」


 それが遮蔽か潜水かわからないが、敵主力艦隊が消えたこと。これで目先の我が方の航空隊から攻撃を逃れる。


「そして、カウアイ島ほか、島に今までなかった飛行場が現れ、しかも航空機が大量に存在していたら……日米軍の次の動きはどうなる?」

「当然、この飛行場を叩くべく、空母部隊は攻撃隊を、そちらに差し向けます……!」


 青木が目を見開いた。


「敵主力艦隊を、航空攻撃するどころではありません!」

「そういうことだ。その間に敵水上打撃部隊は、日米戦艦部隊と戦い、これを撃破する。……まあ、そんなところだろう」


 正面からの艦隊決戦。もちろん、日米艦隊か異世界帝国艦隊か、どちらが勝つかはやってみなければわからない。だが航空優勢な日米艦載機の攻撃にさらされなければ、異世界帝国軍の勝率は上がるだろう。


「何という作戦だ……」


 参謀たちはざわめく。敵としても海氷群の大航空攻撃で、決着をつけるつもりで、それで駄目だった場合に備えて、飛行場を遮蔽装置の類で隠していたのだろう。


 ここにきてそれを投入したのは、彼らにとっても配備されたばかりの新技術か、まだまだ制限があるか、理由はあるのだと思われる。しかし、敵太平洋艦隊司令長官は、ここまで入念な作戦を構想し、その準備をしてきたのである。


 ――これはまだまだ隠し球がありそうだ……。


 警戒する神明。大前大佐が口を開いた。


「しかし、敵も思い切ったことをするものです。仮に艦隊決戦を仕掛けて、日米艦隊を破ったとしても、残っている空母機動部隊からの航空攻撃が襲いかかり、結局、壊滅してしまうのではないでしょうか」

「いや、やりようによっては、意外とそうはならない」


 神明は眉をひそめた。


「飛行場や空母攻撃に、空母航空隊も弾薬や燃料を消費している。敵艦隊攻撃に振り向けられる戦力は、実はそれほど余裕がない。それでまた透明なり潜航で逃げられると、やり過ごされる」

「しかも空振りになったとしても、飛行機は燃料を喰いますからね」


 青木が唸った。


「爆弾があっても、母艦の航空機用燃料がなくなればもはや機体も飛ばせなくなる……」

「それに、見えない敵に母艦が襲われる危険性が高いとみて、撤退に追いやれる可能性が出てくる」


 神明はちら、と小沢を見た。


「『大和』ら戦艦部隊がいる一機艦なら撃退できますが、米軍は作戦を中止して撤退を選択するかもしれない」


 米軍が撤退するということは、上陸船団も引き上げるということ。つまりハワイ作戦の失敗を意味する。

 小沢は海図台に手をついた。


「それを踏まえて、我々はどう動くか最善か――」

「失礼します! 長官、哨戒空母航空隊より、ハワイ島とマウイ島、それぞれに敵飛行場発見の打電が入りました!」


 通信長の報告が響いた。小沢は苦笑し、参謀たちも静かに肩を落とす。神明の言った通りになってきた。

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