第318話、嵐の前の静けさ


 米第三艦隊が、カウアイ島でそれまで確認していなかった敵飛行場を発見した。


 通報を受けた連合艦隊司令部は、まだ他の島にも飛行場があるのではと疑い、ハワイ近海に散らばって行動している龍飛型哨戒空母部隊に、偵察機を派遣するように命じた。


 その結果、ハワイ諸島の主要な島に、それまでなかったはずの敵飛行場が次々に発見されたのだった。


「これらの航空隊が、また連続攻撃を仕掛けてきてはまずい。先手必勝だ」


 山本五十六大将は、一機艦、二機艦、潜水遊撃部隊、そしてジョンストン島の第一航空艦隊に、ハワイ諸島各飛行場への攻撃を下令した。


「艦隊は、接近しつつあると思われる敵主力艦隊に警戒しつつ、近接砲撃戦に備えよ」


 敵水上打撃部隊には、航空攻撃を当面見合わせ、艦隊砲撃による決戦の準備をする。透明ないし潜水状態では、どの道航空攻撃が不発に終わる恐れがあったからだ。


「敵が逃げていなければ、奴らもこちらへ向かっているはずだ」


 第二機動艦隊、その前衛である第一艦隊と、山本からの打診を受けたスプルーアンス大将の第三艦隊、第四群こと戦艦部隊が並走する形で、進撃する。戦艦が日米で10隻と8隻。数の上では、異世界帝国艦隊の戦艦と同じだ。


 連合艦隊旗艦、『敷島』は、第二機動艦隊の空母群と共に、第一艦隊の後方にいる。山本は、決戦を前に旗艦が先頭にいないのが居心地の悪さを感じていた。


 指揮官先頭。今時の戦争のスタイルでないのは、頭では理解しても、気持ちが追いつかない。やはり戦艦部隊の先頭に『敷島』はあるべきではないのか、と。


「敵艦隊の姿が見えませんからなぁ」


 渡辺 安次戦務参謀が、とても真面目な顔で言った。


「見えない敵から先制される可能性がありますから、旗艦先頭は危ないです」

「安べぇ、それは説教かね?」

「いいえ、長官。説教なんてとんでもない」


 渡辺は眉を動かした。


「先頭でなくても、この艦は目立ちますから。たぶん狙われるかもしれません」

「……ふっ、そうだな。まあ、空母を守るための弾除けならば、悪くはあるまい」

「それはそうだとしても、長官に何かあれば、皆が困ります」

「将棋の相手か?」


 連合艦隊司令部で、山本は将棋を指すが、渡辺や樋端はよくその相手となった。


「最近、長官は樋端とばかり指しているではありませんか」

「わかった。次に指す時は、安べぇとな」


 何なら今から一局――そう言いかけたところで、前衛の第一艦隊より通信がきた。


「警戒の一水戦より入電! 艦隊針路上に、敵潜水艦複数を探知。掃討にかかる!」


 複数の潜水艦――山本の双眸が鋭くなる。


「敵さんはこちらの決戦の意図を読んで、潜水艦を伏せさせていたか」

「あるいは、艦隊が消えたのは、遮蔽ではなく潜水だったのかもしれませんね」


 渡辺は言った。


「対潜戦闘となると、水雷戦隊が頼りです。戦艦の主砲は、海では撃てませんからな」

「魔技研で研究していないかな。水中の戦艦が主砲を使うとか」


 山本が思いつきを口にすれば、渡辺は口をあんぐりと開ける。時々その発想についていけないこともある。ちら、と樋端を見れば、彼は淡々と言った。


「まあ、今は誘導魚雷がありますから」

「それもそうだな」


 連合艦隊司令長官は頷いた。



  ・  ・  ・



 前衛を行く第一艦隊は、敵主力艦隊を求めて進んでいた。だが異世界帝国軍は、それを見越していたように、潜水艦を配置していた。


 旗艦『播磨』と戦艦群を護衛するのは、第一水雷戦隊と、後衛から合流した第三水雷戦隊である。


 第一水雷戦隊旗艦『阿賀野』に率いられた歴戦の駆逐艦10隻、と第三水雷戦隊旗艦『揖斐』が率いるのは、改修された新鋭の朝霜型を中心とする10隻。


 これら護衛の駆逐艦は、魔力式水中探知機を用いて、敵潜水艦の位置を割り出すと、爆雷に換わって装備された対潜誘導魚雷を投下、これを攻撃した。


 魔技研の技術により、対潜能力が向上した日本海軍は、異世界帝国の潜水艦に対しても有効な攻撃手段を有していた。


 また15海里北を並走する形で進む米第三艦隊第四群も、敵潜の攻撃を受けて、対潜戦闘を繰り広げていた。


 第一艦隊旗艦『播磨』の艦橋では、南雲忠一中将が、対潜戦闘の様子を見守っていた。


「ここには敵潜水艦がウヨウヨしているな」

「明らかに待ち伏せをしている数です」


 高柳参謀長は顎を引いた。


「敵も、決戦を前に、中々小癪なことをしますな」

「それなんだが、本当に決戦の意図があるのだろうか?」

「と、言いますと?」


 高柳が見れば、南雲は正面を見据えている。


「敵が艦隊ごと姿を消したのは、ハワイ防衛を諦めて、ただ逃げただけではないのか? せめてもの嫌がらせに、決戦に乗る我が艦隊の針路上に、潜水艦部隊を待ち伏せさせたとか」

「艦隊決戦前の漸減ではない、と、仰いますか」

「オアフ島以外のハワイ諸島の島々に、飛行場を隠していたとか」


 南雲は憂慮する。カウアイ島に始まり、他のハワイの島にも大規模な飛行場が発見されたという報告は、第一艦隊司令部にも届いている。


「連中の本命は、これら飛行場で、戦艦と空母を引き離したところを叩く算段ではないか……」

「……何とも判断に困りますが」


 高柳も正面を見た。


「山本長官は、空母部隊にこれら飛行場に対する航空攻撃を命じられました。小沢長官や角田長官が、飛行場を叩いておりましょう」


 そうなれば、敵の思惑通りにはいかない。南雲は頷く。


「もし敵が逃げたわけではなく、我が第一艦隊に向かってきていた場合、機動艦隊からの攻撃隊の援護はない」


 南雲は眉間に皺を寄せた。


「かかってくるならばよし。だが、こちらも相応の被害を覚悟せねばなるまい」


 第一艦隊の戦艦は10隻。対する異世界帝国側は18隻はいる。もっとも、第一艦隊と共闘するだろう米戦艦群は8隻いて、敵艦隊の戦艦の半分は35.6センチ砲をメインとしていることを考えれば、数は同等、質の面でこちらが優勢だ。


「厄介なのは巡洋艦と駆逐艦の数の差か」


 米艦隊をあてにするなら差は縮まるが、敵のほうが数が多い。


 しかし南雲の表情は、怯えもなく実に堂々としたもので、早く敵と会敵したいと目を光らせていた。

 先任ということで、第二機動艦隊の司令長官となったが、マーシャル諸島攻略では苦汁をなめ、その雪辱の機会を窺っていた。


「……出てこい、敵め」


 思わず南雲の口から出た言葉に、高柳は目を見開いた。闘志を漲らせ、双眼鏡を持つ南雲をよそに、敵潜水艦撃沈と思われる水柱が起きる。


 対潜掃討は順調だ。護衛の水雷戦隊は、艦隊への雷撃を許さないとばかりに攻撃し、また敵の雷撃に対して障壁弾を撃ち込み、阻んだ。

 いまだ姿の見えない異世界帝国艦隊。だが彼らは、すぐ近くにまで迫っていた。

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