第8話、追撃部隊、攻撃


 須賀少尉の零戦二一型を含む攻撃隊は、山本長官の乗る戦艦『大和』と大破した重巡部隊を横目に、南下。異世界帝国の追撃部隊へと向かった。


 零式水上偵察機が捕捉した敵艦隊は、戦艦3、巡洋艦5、駆逐艦15で、空母は確認されなかった。


 追撃してくるわけだから、先のトラック沖の海戦で損傷した艦ではないだろう。


『全機、突撃セヨ』


 攻撃隊隊長からの命令が出て、『瑞鳳』『祥鳳』『龍驤』の九七式艦上攻撃機が、それぞれの母艦ごとに分かれた。


 今回、艦上爆撃機はないが、『瑞鳳』機は母艦が魚雷を搭載していなかったために爆装。残る2隻の艦攻隊は雷撃のために低空に下り、代わりに零戦隊が敵艦に機銃掃射を見舞おうと、緩降下を開始した。


 ――どうせやるなら爆弾を積みたい。


 須賀は顔をしかめる。零戦には爆弾が積めない、だが『爆撃機の真似事をやるのか』と思った途端、しかし雑念だと振り払った。


 突撃する零戦と九七艦攻だが、異世界帝国各艦の反撃が迎え撃つ。


 それは紫色の光だった。目視できるそれは、ほぼ一直線に飛んできて、須賀はとっさに操縦桿を捻って、回避機動を取った。


 確か、敵の戦闘機も似たような光線武器を持っていた。第一航空艦隊上空での防空戦闘で、須賀はこれを目撃している。ほぼ直進する光の弾で、零戦が一発でバラバラになったのだ。


 敵の艦艇にも似たような武器があるようだ。これが敵の対空砲か――須賀は回避したが、直進していた味方機は、紫色の光の撃ち抜かれて火だるまとなって墜落した。


「っ!」


 あっという間だった。撃たれたというより、斬られたというべきか。触れた瞬間、発火。光は貫通したが、命中した零戦は炎に包まれて粉々となり、破片が海面に落ちた。


「やっぱり同じ武器か!」


 須賀のように、一旦退避を選んだ、運のいい零戦は上手く逃れた。


 だが対空砲など簡単に当たるものではないと、信じ込んでいた搭乗員の操る機体は、あっさりと撃墜されてしまう。


 戦艦の対空砲など、航空機を捉えられるものか――日本海軍のパイロットたちは、自軍の水上艦艇の貧弱な防空能力を尻目に、航空機なら戦艦だって沈められると気勢を上げていた。


 だが現実はどうだ? 異世界帝国の対空砲というべき、光線兵器は、零戦をいとも簡単に捕捉し撃墜した。


「これはまずい……!」


 須賀は口走る。『瑞鳳』6機、『祥鳳』6機、『龍驤』9機の九七式艦上攻撃機が、戦艦を狙い、突っ込んでいたのだ。


 そして予感した通り、敵艦隊に突入した艦攻は、護衛の駆逐艦や巡洋艦、そして戦艦の対空砲に次々に撃ち抜かれ、火の玉となって海面に落ちていった。


 ――なんだよ、これ……。九七式艦攻って、こんな紙みたいに脆いのか……!?


 須賀は愕然とした。艦攻は腹に航空魚雷を抱えているから、鈍重なのはわかる。だがこうも簡単に撃ち落とされてしまうものなのか?


 ――第一次と第二次攻撃隊が帰ってこなかったはずだ……。


 須賀は察する。第一航空艦隊が放った精鋭攻撃隊が、そっくりそのまま帰ってこなかった理由は、これだ。


 九九式艦爆も、九七式艦攻もこうやって片っ端から撃墜されてしまったに違いない。


 そこらの対空機銃や機関砲なら、運がよければ一発当たっても助かる場合もある。だが異世界帝国の光の弾は、一発当たっただけでやられる。


 しかも狙いも正確だ。これでは、艦攻などただの的も同然ではないか。あの光弾の直撃に数発は耐えられる頑丈さでもない限り、航空機での攻撃は自殺だ。


 どうする――!?


 零戦は20ミリ機関砲で、敵艦を機銃掃射しなくてはならない。


 だがあの対空砲を前に突撃など、間違いなくやられる。そもそも20ミリを叩き込んだところで、それで敵の足止めなどできるか?


 頼みの艦攻隊が全滅してしまった以上、機銃掃射など嫌がらせにもならない。


『ガガ――』


 その時、無線が雑音を拾った。九六式空一号無線電話機――零戦に積まれた無線機なのだが、今日は須賀機のものはかなり調子が悪かった。


 誰かが無線を使ったのはわかるが、うまく受信できなかったのか、雑音しか入らない。


「!?」


 背中にゾクッとしたものが走り、須賀は思わず振り返った。広がる青空に、キラリと光る銀翼。しかしそのシルエットは零戦どころかレシプロ機ですらない。


「敵機!」


 あの独特のシルエットの機体は、一航艦を攻撃しにきた異世界帝国の敵戦闘機だ。それが複数機、飛んでくる。


「ちくしょう、近くに空母がいやがったのか!?」


 日本海軍が攻撃隊を出してきたから、近くにいた敵空母が戦闘機を送ってきたのかもしれない。


『――ザザ、離脱だ――』


 無線機が雑音の中で、離脱の声を拾った。残存する零戦――もう3機ほどしか見えない。それらがそれぞれ翼を翻す。


 否、1機の零戦が、敵戦闘機へと直進する。


 ――おい、まさか、一人で戦うつもりじゃ……。


 冗談じゃないと思った。どこの誰だと思いつつ、須賀は目を凝らす。尾翼にはBⅡ……『飛龍』所属の機体だ。


 誰だか知らないが、同じ二航戦の戦闘機乗りである。


 ――さすがに手ぶらでは帰れないよな。


 昨日から、いったい何人の同僚が帰ってこなかった? 同じ釜の飯を食った仲間たちが、一日経っただけでいなくなってしまった。


 戦闘機隊だけではない。艦攻の連中も、艦爆の奴らも、皆――。


 母艦の『蒼龍』は損傷してはいるが、沈んでいない。何人か同僚は残っているかもしれない。だが第一次、第二次攻撃隊に出た奴らは、帰ってこなかった。


 ――仇はとる。そう誓ったところで、まだ何もできていないもんな!


 須賀は機体を旋回させつつ、零戦の機首を、飛来する敵機集団に向けた。



  ・  ・  ・



 連合艦隊旗艦『大和』。


 敵追撃部隊に一航艦が放った攻撃隊は、戦闘機数機を残し壊滅した――『千代田』から飛来した水偵が、攻撃失敗の報告を打電し、それは『大和』にも届いた。


 また、若者たちが――山本は唇を引き締めた。無念だった。


「千代田の水偵は、敵戦闘機を確認。退避行動に移りました」


 通信士官の報告に、宇垣参謀長は頷きで応える。


「零戦2機が殿軍を務めて、水偵の退避を援護しているようです」

「たかだか2機で何が――」

「仲間を守ろうとしているのだ」


 ポツリと山本長官は言った。


「多くの……搭乗員たちが命を散らした」

「そうですな」


 司令塔の外の景色を見る山本と宇垣。


 間もなく敵の追撃部隊が、『大和』と重巡4隻に追いつき、トドメを刺すだろう。そこへ司令塔に新たな通信員が現れる。


「失礼します、長官! 第九艦隊より入電。『追撃部隊攻撃のため、攻撃隊発艦。また、我、最大戦速にて急行中!』……以上であります!」


 またも第九艦隊。この期に及んで、いったい何だと言うのか。山本は黙って、報告にきた通信員に首肯した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る