第9話、第九艦隊航空隊、到着せり!


「くそ!」


 敵戦闘機がしつこい。須賀少尉の零戦二一型は、後ろから飛来する銃弾を掻い潜る。


『飛龍』所属の名も知らない――いや、おそらく顔は知っているが名前を思い出せないやつ――相棒の零戦は、どうなったかわからない。


 というか、そんな余裕もなかった。


 敵機は、例の光弾の他、12.7ミリ級の機銃を装備していた。そしてその機銃の一発が発動機に当たったような手応えがあったのだ。


 だが、カウルだけで済んだのか、今のところ異常なく飛べている。しかし、いつ息をつくかわからず、内心ヒヤヒヤものだった。


 敵機を2機ほど損傷させ、1機は確実に撃墜したと思うが、20ミリ機銃を使い切った。強力な反面、携行できる弾が60発しかないから、すぐになくなってしまうのだ。


 他に7.7ミリ機銃が2丁あって、各700発を携行できる。20ミリ機銃には見習ってほしいものである。


 とっさに回避機動。敵戦闘機の機銃弾がまたも須賀の零戦を掠めた。


 背中がひりつく。死の感覚。それから逃げれば、当たりはしない。


 それが須賀が、これまでの実戦で感じてきたもの。パイロットとして積み上げてきた感覚。機体から外の空気を感じ、感覚を一体化する。零戦は体の一部のようによく動いた。


 だが――


「さすがに3機はきつい……!」


 発動機の気がかりもあって、すでに敵艦隊からは離れている。しかし異世界帝国の戦闘機は執拗に追いすがっている。


 どうしても撃墜したいのか、あるいは仲間の仇に躍起になっているのか。異世界人ってのはどんな奴らなのだろう――って、そんなこと考えている場合かよ!


 機体を横滑りさせて、敵弾を避ける。海上であること以外、ここがどこかもサッパリわからない。


 死の感覚が短くなっている。さすがによろしくない。


『おい――お前――』


 無線機が突然反応した。呼びかけられた。雑音は相変わらずだが、気のせいか、声が女っぽかったような……?


「誰かいるのか?」


 あまり期待せずに返事をすれば、応答があった。


『生きてん――待ってろ、今――』


 口調こそ男だが、女のような声。これはいよいよ無線機がイカれたかもしれない。


『桜一番より――突撃ぃ!』


 段々聞こえてくるのに、やっぱり女っぽい声。


 ――とっ。


 須賀は新たに切り込んでくる気配を感じて視線を転じた。須賀機を追尾する敵機の上方より、別の戦闘機が切り込んできた。


 それが3機。しかし、須賀は違和感をおぼえる。先の無線のやりとりから、おそらく味方だと思うが、零戦ではない……?



  ・  ・  ・



 連合艦隊旗艦『大和』。


 司令塔から、飛来した異世界帝国の異形の戦闘機が、日の丸をつけた戦闘機によって、撃墜されていくのが見えた。


 山本長官と宇垣参謀長は、追撃部隊と共に現れた敵航空機に、いよいよかと覚悟した。

 だが、そこへ味方の戦闘機隊が急行した。


 最初は、『鳳翔』や『瑞鳳』に残っていた直掩機が駆けつけたのだと思った。しかし、飛んできたのは、零戦でも九六式艦上戦闘機でもなかった。


「何だ、あれは……?」


 海軍の航空機に関して詳しい山本でさえ、その戦闘機は初めてだった。


 陸軍の一式戦闘機かとも思ったが、すぐにその考えは消えた。その友軍機は、機銃を翼に6丁も搭載していたからだ。


 海軍の戦闘機はおろか、陸軍の戦闘機にも、このような多数の機銃を積んだ戦闘機は存在しないはずだ。


「友軍なのは、間違いなさそうですが……」


 宇垣も、初見と思われる友軍機に困惑する。


「先に通信のあった第九艦隊の航空隊でしょうか?」

「おそらく、そうなるのだろうが……」


 しかし連合艦隊司令長官である自分すら知らない戦闘機など――山本は目を細める。


 その見たことのない戦闘機隊は、少数ながらもやってきた敵機を叩き出し、『大和』や重巡洋艦らに近づけさせなかった。


 しかし――


『後方より、敵駆逐艦、急速接近中ー!』


 見張り員の報告が司令塔にも届き、山本は思わず顔をしかめた。だがすぐに次の報告が飛び込む。


『右舷前方より航空隊! 友軍機!』


 すかさず双眼鏡を覗き込む。見えてきたのは、航空魚雷を抱えた九七式艦上攻撃機の編隊。ざっと見て、30機ほどか。まだこれほど残っていたのか。


 それと複葉機が複数――


「まさか、『鳳翔』の航空隊も混じっているのか?」


 日本海軍初の空母にして、第一艦隊に所属している軽空母『鳳翔』。しかし艦が小さく、搭載機も旧式の九六式艦戦や、複葉機の九六式艦攻であり、とても第一線とは言い難い。そんな軽空母を連れてきておいて、そういうのも何だが、山本も驚いてしまう。


 一航艦の精鋭ですら歯が立たなかった敵に、旧式複葉機など自殺攻撃ではないか。


「長官、あの航空隊は、第九艦隊の航空隊です」


 通信士官が報告に現れた。――我、第九艦隊攻撃隊、敵艦隊に攻撃を開始す。



  ・  ・  ・



 九頭島海軍航空隊所属、藤島大尉は、九七式艦上攻撃機の操縦桿を握り、戦艦『大和』の上空を通過した。


「ずいぶんと派手にやられたなァ!」


 海に浮かぶ黒鉄の城も、手酷くやられたらしく、一見しただけでも大破判定できる。


「よくもまあ沈まねえもんだ。さすがは最新鋭の『大和』ってところか」


 藤島大尉率いる、空母『デアフリンガー』に乗ってきた九七式艦上攻撃機9機は、一路、『大和』らを追撃する敵駆逐艦群を視界に収める。


「てめえら異世界人の好きにはさせんぜ。――阿弥陀あみだ一番より各機、敵駆逐艦に零式弾を叩き込む。目標指示は各小隊長が決めやがれ!」

『阿弥陀四番、了解!』

『阿弥陀七番、了解でありまーす!』


 九七式艦上攻撃機の編隊は3機ずつに分かれる。当然の如く、藤島大尉率いる第一小隊は真ん中を行く。


『先頭のやつはオレ様がいただく! 阿弥陀二番は右後ろ。阿弥陀三番は左後ろの奴を殺れ!』

『了解!』


 無線機の調子は良好。藤島大尉は機体を飛ばしつつ、後ろ――偵察員席である中席を一瞥した。


「種田ァ! 最初の獲物だ! ぶっといヤツをしっかり当ててやれ!」

『りょ、了解!』


 偵察員席から返ってきたのは、若い女の声。屈んで照準器を覗き込む偵察員席の搭乗員は言った。


『目標、視界に収めました! い、いつでもどうぞ!』

「おう、そのままそいつから目を離すなよ! ……零式魔式誘導弾、投下ァ!」


 藤島機が搭載してきた魚雷――否、魔力誘導弾が切り離され、直後、ロケットエンジンに点火、飛翔した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※誘導弾の研究は、史実の日本でも戦前から細々と研究されていたそうで、ここにもっと投資していれば、1940年代初期に、実用化されていた世界線もあったかもしれない……。

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