第10話、白昼夢か、現実か


 零式誘導弾は、のちの世で言うところの空対艦ミサイルである。


 見た目は、航空魚雷に短い翼が二枚と小さな尾翼がついている感じだ。ロケットで飛ぶものの、基本は下へ落ちていく形となり、目標めがけて突っ込むのを舵で調整する。


 その肝心の誘導装置は、魔力と呼ばれる力。細かな説明は省くが、仕組みとしては母機の誘導眼鏡が、標的に魔力を照射。ミサイルはその照射された目標に向かって飛んでいくように作られている。


 つまり、一度撃てば、勝手に目標に当たる便利な代物ではなく、発射してから当たるまで、ずっと照準担当が眼鏡で目標を捕捉し続けなければならない。


 藤島大尉の九七式艦上攻撃機から、切り離された零式誘導弾は、魔力式誘導に従い、目標――異世界帝国の駆逐艦へと飛んでいく。


 高速かつ小ささ故か、異世界帝国艦は無反応だった。あるいは気づかなかったのかもしれない。駆逐艦の艦橋に、零式誘導弾が直撃、やや遅れて大爆発が起き、派手に船体が吹き飛んだ。


『誘導弾、命中!』

「見えている! これで貴様はクビだなァ、種田ァ!」

『ええっ!?』


 ミサイル誘導を担った種田が動揺の声を上げる中、藤島大尉は大笑いした。


「以前は、お前のような能力者でなきゃ誘導できなかったが、その誘導眼鏡で狙えば、オレ様たち凡人でも、誘導弾をぶち当てることができるってことだ! そうだなぁ、竹井!」

『は、はあ、そうですね! ぷぷ――』


 最後尾の通信席兼後部機銃担当の竹井が返事した。だが笑い声は隠せなかったようで――


『ああ、竹井君! 笑うのはよくないかなっ!』


 種田が文句を言った。そんな興奮気味な後ろを余所に、藤島大尉は冷静に海上を見やる。僚機も、目標と定めた敵駆逐艦に誘導弾を命中させていた。


 藤島機の誘導弾は、敵駆逐艦を轟沈させたが、他の機体の誘導弾は当たり所が悪かったのか、一発撃沈とならなかったものもあった。


「3隻、いや4隻撃沈。3隻が止まっちまっているが、まだ動いているやつもいるな」


 ともあれ藤島隊は、運んできた誘導弾を投下したので、お役御免である。残りは空母『ザイドリッツ』『モルトケ』の飛行隊に任せる。


「しかし、大したもんだぜ誘導弾はよ。……今のところ、全弾命中じゃねーか」


 普通、たくさん発射して、そのうち何本当たりますか、という世界である。撃ったものがほぼ命中するなら、同数でやったら戦果は文字通り桁違いではなかろうか。


 敵の対空砲火の外からの攻撃だったからか、こちらの被弾もゼロだ。ただし、普通の高角砲あたりなら、撃って届きそうでもある距離である。今回は敵もこちらを認識していなかっただけだろう。


「本気の迎撃をされたら、また変わってくるんだろうが……。とりあえず、今日のところはこれくらいにしておいてやるわ」

『大尉、何です?』


 種田が聞いてきた。藤島は操縦に集中する。


「なに、戻ったら撃沈の褒美に、カステラをご馳走してやる」

『本当ですか! ありがとうございますっ!」


 こういう時ははっきり年相応の女なんだよな――藤島は苦笑する。だが軍隊とは男社会だから、まだまだ女性軍人への対応には慣れなかった。



  ・  ・  ・



 敵水雷戦隊は、第九艦隊航空隊の飛翔兵器によって返り討ちにあった。


 九七式艦上攻撃機、九六式艦上攻撃機が放った誘導弾は、『大和』と大破重巡洋艦に迫る脅威を撃滅したのだ。


「無線誘導兵器……」


 山本長官の呟きに、宇垣参謀長は眉をひそめた。


「軍で細々と開発しているとか、噂は聞いたことはありますが……あれがそうなのですか?」


 名前は聞いたことがある気がする程度だったから、宇垣も要領を得ない顔をしている。そしてそれは山本も同じだった。


「噂程度だが。電波で爆弾を誘導するとか、どこの魔法かと思っていたが……」


 そうでもなければ、先の第九艦隊航空隊の攻撃は説明がつかない。


「わかりません。一体何なのでしょうか、第九艦隊とは」

「僕も話が聞きたいね」


 あんな有用な兵器があるなら、実際に戦う連合艦隊に配備しているべきであるし、あれがあれば戦術もまた変わっていただろう。


 そう考えると、かすかな怒りをおぼえる。軍令部は、第九艦隊のことを知っていたようだが、この件は追及せねば、死んでいった者たちに顔向けできない。


 ――しかし、そうもいかんだろうな。


 山本は口をつぐむ。


 突出した敵駆逐艦群は撃退されたが、まだ敵の戦艦と巡洋艦が接近しつつある。主砲全砲門が実質使用できない『大和』では、ただの的として、友軍撤退の時間稼ぎくらいしかできない。


 だが――


『第九艦隊、砲撃部隊、到着せり。これより、敵艦隊と交戦す』


 空母艦載機だけでなく、第九艦隊本隊も、山本ら『大和』乗組員たちの前に現れた。そして愕然とする。


「なんだ、この艦隊は……!」


 日本海軍戦艦特有の高い檣楼を持つ戦艦が複数。さらに大型の巡洋艦もまた複数隻、それぞれ単縦陣で猛進している。


『大和』とすれ違うように航行するそれらの姿は、改めて見る者を驚愕させた。


「あ、あの主砲配置は……そんな――!」


 宇垣が動揺する。


 艦首から主砲塔が2基、そして艦橋、煙突、後部マストとあって、後ろに3基の主砲塔というスタイル。それも戦艦ともなると――


「まさか、加賀型戦艦――『土佐』!?」


 艦齢8年未満の新鋭の戦艦8隻、巡洋戦艦8隻を主力に据えた八八艦隊計画において建造され、しかしワシントン海軍軍縮条約によって廃艦とされた戦艦――その完成形に酷似した戦艦が白波を割って突き進む。


「しかし、『土佐』は実験艦となった後、自沈したはず……! それも2隻も――」


 宇垣が、加賀型戦艦と思ったその艦は2隻が目の前を通過していった。しかし現実に『加賀』は空母に改装され、『土佐』はこの世にない。あるはずがないのだ。


「いや、先頭は加賀型だが、2番艦は煙突が2本あるぞ」


 山本が指摘した。主砲配置は、加賀型とほぼ変わらない、しかし煙突が二本といえば――


「天城型巡洋戦艦……? いやそんな、まさか」


 八八艦隊計画で作られ、やはり軍縮条約によって消された巡洋戦艦。関東大震災で『天城』が廃艦になり、『赤城』は空母となった。目の前の完成形の姿での天城型は、この世に存在していないはずなのだ。


「それだけじゃないぞ」


 山本は顔を強ばらせた。


「その2隻の後ろにいる4隻の戦艦。……まるで長門型のようだ」


 6隻の日本戦艦。幻の加賀型、天城型に続くのは、長門型戦艦によく似た、連装砲4基8門搭載の戦艦が4隻。トラック沖で撃沈された『長門』と『陸奥』が蘇ったかのようだが、むろん2隻が4隻になるはずがない。


「これは、夢なのでしょうか……?」


 大砲屋が見た願望が現れたのか。第九艦隊砲撃部隊は、取り舵を切ると、追撃する異世界帝国艦隊と対峙した。

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