第11話、『土佐』と『天城』
「右砲戦用意」
第九艦隊旗艦、戦艦『土佐』の艦橋で、
「
『承知しました、大佐』
頭に直接届いたのは、優しく柔らかな女性の声。いわゆる念話と呼ばれる魔法だ。
『「土佐」「天城」の統制射撃を行います』
正木と呼ばれた女性の念話に合わせ、戦艦『土佐』の主砲5基10門が一斉に右へと旋回を始めた。
『土佐』の艦橋からは見えないが、後続の巡洋戦艦『天城』でも、ほぼ同時に主砲5基10門が旋回している。
『目標、敵戦艦。距離3万5000』
「最大射程内とはいえ、些か遠いが、いけるか?」
『問題ありません。弾道修正します。各砲、発射準備よし』
「撃て」
次の瞬間、『土佐』、そして『天城』が主砲を斉射した。砲門から吹き出す黒煙。そして艦を揺さぶる衝撃。各艦10発、計20発の41センチ砲弾が虚空へと放たれた。
『土佐』『天城』の搭載する41センチ砲は、およそ3万8000メートルにも届く。しかし最大射程の砲撃は、まず当たらない。
……当たらないはずなのだ。
下手な鉄砲も数打ちゃ当たるとはいうが、それでも遠距離での砲戦で初弾から命中するなど、奇跡的幸運としかいいようがない。
まぐれ、偶然、ラッキー。
だから、異世界帝国戦艦もまた、日本海軍の戦艦から砲撃の噴煙が見えても、速度も針路も変えずに直進した。
どうせ当たらないと思っていたから。
だが、『土佐』と『天城』の砲弾は、標的とした異世界帝国――オリクト級戦艦『アツァリ』に吸い込まれた。
『弾着、今!』
戦艦の周りを巨大な水柱が上がり、その水でオリクト級の姿が見えなくなった。標的の周りに挟み込むように砲弾が落ちたが、その密集具合は異常だった。
それどころか、初弾から複数の41センチ砲弾が、オリクト級戦艦に突き刺さり、その装甲を叩き、あるいは貫いた。
水柱の中から巨大な黒煙が溢れ出て、周囲にドス黒く広がった。弾着とは異なる水飛沫が周囲に飛び散り、引きちぎられた鋼鉄の残骸が小石のように跳ね、そして沈んだ。
その様子を『土佐』の艦橋から見ていた神明大佐は言った。
「やったか?」
『はい、大佐。目標に4発命中。おそらく2番砲塔を貫通した砲弾が、敵弾薬庫で誘爆したかと。轟沈です』
4発――神明大佐は、表情こそ崩さなかったが、わずかに口元が緩んだ。
「よくやった正木。初陣にしては上出来だ」
『弾道修正したにもかかわらず、半分も当てられませんでした。申し訳ありません』
念話からのそれで、正木という女性が真摯に謝っているのが伝わる。20発中4発。彼女は10発は当てるつもりだったという。
それができたなら、同格の敵戦艦も一斉射で撃沈ないし戦闘不能もあり得る。神明大佐は目を閉じた。
「いい。次に活かせ」
『土佐』と『天城」、二隻を一括統制して初弾で命中させたのだ。神明の期待には、正木はきちんと応えてくれている。
『大佐、敵戦艦2、なおも前進してきます』
追撃部隊の戦艦は3隻。うち旗艦と思しき中央の戦艦を轟沈させた。こちらが戦艦を6隻引っさげているにもかかわらず、まだ攻めてくるつもりらしい。
「ならば、さっそく今の初弾の経験を活かす機会だ。正木、左の敵戦艦を狙え。右の戦艦は、妹に譲ってやれ」
『承知しました。
正木――姉である
戦艦『土佐』『天城』は、次の戦艦に照準を変更。後続する戦艦『薩摩(薩摩+安芸の合成戦艦)』、『ワシントン(コロラド級三番艦)』『バイエルン』『バーデン』4隻は、残る戦艦へとその主砲である40.6センチ砲、もしくは38センチ主砲を指向させた。
・ ・ ・
「信じられない……」
戦艦『大和』司令塔。宇垣参謀長は、目の前で起きた光景に、ただただ驚いた。
遠距離での砲撃で、敵に当てるのはすこぶる難しい。
そもそも砲撃とは相手との距離があればあるほど、基本当たらないものである。彼我の速度、位置、風速などさまざまなデータを集め、敵の未来位置に撃ち込む。
また大気の状態、艦の揺れ、砲弾同士の干渉などのこれまた複数の要素が絡まって、空中を飛ぶ間に、砲弾はある一定範囲内に散らばる。
いわゆる散布界である。この範囲内に敵艦を収めることで、そのうち砲弾が当たる――というのが遠距離における砲撃である。
正確に狙って、それでも当たるまで辛抱強く、当たるまで繰り返す。はずれて当然。だから砲門数を増やして、当たる確率を少しでもあげるなど工夫をして軍艦は設計されるのだが……。
あの散布界の小ささは異常だ。
砲術畑の人間である宇垣は唸る。神か悪魔か、それとも魔法か奇跡か。少なくとも砲術を知る者から見て、そう思った。
航空屋に鞍替えした山本長官も、元は砲術をやっていたから、この異常さは理解しているはずだ。
この砲撃というものの、あまりの命中率の低さが嫌になり、飛行機でやったほうがもっと当たると考えて、航空主兵に移ったのだ。
飛行機の航続距離という射程の差もあるから、断言はできないが、あんなに簡単に大砲が当たるなら、一方的に航空機に偏ったりはしなかったのではないか。
いや、やはり射程面で航空機のほうが優れているからそれはないか――宇垣は思い直す。
だが、あの加賀型、天城型とそれに従う戦艦群が、トラック沖の海戦で第一艦隊と共にあれば、異世界帝国艦隊に一方的にやられることなく、あまつさえ勝利していた可能性もあったのではないか……?
宇垣参謀長は、改めて戦艦の持つ火力に興奮を覚えた。そして同時に思う。あれが今になって現れたことが悔しくてたまらなかった。
『敵戦艦、全艦撃沈! 巡洋艦も反転しました!』
見張り員の声は明るかった。あちこちで、敵が逃げたことに安堵する声が漏れる。
全滅を覚悟していた。大破した戦艦『大和』と運命を共にすると、皆覚悟していたのだ。その重圧から解放されれば、自然と笑みがこぼれた。
ただ、山本と宇垣は別だった。
「通信士官、第九艦隊司令官宛てに、連合艦隊司令長官として感謝を伝えてくれ。あと、できれば、今後の打ち合わせをしたい、と」
長官は、第九艦隊が何者か探るつもりだ――宇垣は察した。
「『大和』に、いや、そちらの旗艦に私が行くと伝えてくれ」
「よろしいのですか?」
宇垣は確認した。同じ日本海軍の旗を掲げているが、連合艦隊司令部すら知らない相手である。
「これでも、連合艦隊司令長官だからね」
山本は、軍帽を被り直した。
「自分のところの軍隊のことは、知っとかないといかんよ」
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