第512話、見守る第一機動艦隊


 戦場は混沌の中にあった。

 戦闘海域より離れた場所にて、主力戦闘群所属の第一機動艦隊が展開していた。自前の水上打撃部隊を第二艦隊としてとられているため、砲戦距離の外で戦況を見守っている。


 旗艦『伊勢』では、一機艦司令長官の小沢 治三郎中将が、偵察機隊からの報告に耳をすませていた。

 彩雲偵察機に夜間装備をつけて、海域の警戒と戦闘の推移を確認させる。『伊勢』では、海図台に双方の艦隊を位置を示す駒を置き、状況を分析する。


「――現在、主力戦闘群は、敵輸送船団のおよそ半数を叩いた模様です」


 山野井情報参謀が言えば、参謀たちから「おおっ」と声が上がった。


 連合艦隊主力である第一艦隊、第二艦隊は、異世界帝国の輸送船団をその圧倒的火力で食い破りつつある。

 セイロン島ないしカルカッタへ上陸する陸軍部隊と物資を満載した船団は、無慈悲に砲弾を浴びせられ、炎上、そして波に消えていく。


 護衛部隊は、戦艦、大型巡洋艦を擁する日本軍の猛撃によって打ち砕かれた。巡洋艦が戦艦の火力の前に屈し、巡洋艦の砲撃で駆逐艦は叩き潰される。

 昼間ならば活発な航空戦力の展開もできた小型空母群も、重巡洋艦や軽巡洋艦の主砲射程内に入り込まれては、抵抗のしようもなかった。


「しかし、ようやく半分ですか」


 大前 敏一参謀副長が口を開く。


「さすがに数が多いですな」


 戦艦12隻を擁する第一艦隊をもってしても、この数を平らげるには時間が掛かる。


「夜間攻撃隊を出しますか?」


 第一機動艦隊の各空母には、魔力ゴーグルなどで夜間飛行が可能な流星艦上攻撃機隊が待機している。いざという時の支援、もしくは敵が潰走した際の掃討などなど。


「まだ待て」


 小沢は制した。見守るべき戦いは、中央だけではない。


「二機艦の戦況は?」

「敵前衛艦隊を撃破。接近しつつあった敵左翼艦隊に矛を向けました」


 神明参謀長は告げた。

 41センチ砲装備の近江型、常陸型に加えて、46センチ砲戦艦の大和型3隻がいる第二機動艦隊は、こと水上打撃部隊も強力だ。


 それに今回、大型巡洋艦『早池峰』率いる重巡洋艦『古鷹』『加古』『標津』『皆子』による火力支援部隊もいて、水雷戦隊の突撃をより援護できる態勢が整っていた。

 得意の夜戦で、早々に後れはとらない。事実、敵第一群を叩き、壊滅させた。司令長官である角田中将は、すでに次の獲物に向けて艦隊を動かしている。


「敵左翼艦隊は、まだ戦力が残っているな?」

「第六艦隊が雷撃を仕掛けましたが、戦艦8を含む艦隊が、中央に向かっています。二機艦はその側面から一挙に畳み掛けるものと思われます」

「うむ。……第七艦隊は?」

「敵右翼艦隊と交戦中です」


 第七艦隊は、初手の夜間航空攻撃で、敵戦艦の戦闘力を奪ったが、戦艦は3隻しかないから、第二機動艦隊のようにスピード撃破は難しい。しかし大型巡洋艦以下、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦を上手く使って、敵艦艇を撃破していた。


「おそらく、第七艦隊は右翼艦隊を撃滅できるでしょうが、砲弾はともかく、誘導弾の残弾が気になるところです」


 大型巡洋艦4隻を保有するとはいえ、誘導弾中心の巡洋艦が多いため、主力武器の弾があるうちは強いが、長時間の戦闘で数に押されると意外に弱いところがある第七艦隊である。駆逐艦や潜水艦もそこそこ数はあるが、性能は平凡である。


「一艦隊を相手に消耗がかなり激しいと予想されます。以後の戦いは難しいかもしれません」


 神明の発言を受けて、小沢は自身の顎に手を当てた。


「そうなると、残る第四群後方部隊の始末だが。……どうなんだ?」


 小沢が、山野井を見やる。


「現在のところ、第一〇艦隊が特殊砲撃艦を使用し、敵艦艇を漸減ぜんげん。戦艦部隊による砲撃を行っているようです。主力戦闘群と共闘すれば、挟撃してこれを殲滅できると思われます」


 確かに、第一、第二艦隊と第一〇艦隊が挟み撃ちにすれば、敵後方部隊は叩けるだろう。

 敵に戦艦が10隻あるが、第一艦隊に12隻、第一〇艦隊に6隻。連合艦隊旗艦の『敷島』や、金剛型戦艦4隻も含めれば、ほぼ倍の戦力で当たれるだろう。


「しかし配置がまずくないだろうか?」


 作戦参謀の有馬 髙泰中佐が山野井を見た。


「このまま敵後方部隊が駆けつけた時にぶつかるのは、第一艦隊ではなく、栗田中将の第二艦隊ではないか?」

「確かに」



 航海参謀の山下 雅夫少佐が海図を指した。


「第一艦隊は敵船団に正面から食い破っているところで、ここから敵増援に対処するまでに、第二艦隊がまず交戦となるでしょう」


 35.6センチ砲搭載数の金剛型戦艦では、敵の主力であるオリクト級戦艦や旗艦級戦艦と戦うのは難しい。夜戦といえど、電探レーダーによる比較的長距離からの砲撃も可能だ。まともに殴り合えば、金剛型戦艦の犠牲も覚悟せねばならない。


 防御障壁を頼りに時間を稼ぎつつ、他の巡洋艦や水雷戦隊で雷撃を仕掛ける――は、おそらく敵巡洋艦部隊にブロックされる。雲仙型大型巡洋艦が道を切り開いている間に、何隻が餌食となるか……。


「第一〇艦隊が敵の気を引いているうちに、第一艦隊が援護に回ってくれるのを祈るか」


 小沢は海図台上の駒を睨んだ。


「栗田はあれで歴戦の指揮官だからな。意外と上手く立ち回るかもしれん。……が、こちらからも夜間攻撃隊を出すぞ。艦隊と航空の同時攻撃で隙を衝く」


 大前が頷くと、青木航空参謀が挙手した。


「敵空母群はどうしますか?」


 敵の第二群、第四群が味方の救援に向かおうとする際、夜戦ではお荷物である空母群が護衛と共に分離されている。これらは一カ所に集まりつつあった。夜間に飛べる航空隊がないのか、今のところただ退避しているだけに見えるが。


「そちらは、二機艦の奇襲攻撃隊が攻撃するはずだ」


 小沢は確信したように言った。角田に負けず劣らず猛将である山口 多聞が、夜が明ければ面倒な空母群を放置するわけがなかった。

 夜戦の場から離れたところにいる第一機動艦隊、一航戦、三航戦、五航戦の各空母の飛行甲板での動きが慌ただしくなる。


 そこへ急報が、『伊勢』に舞い込む。


「哨戒中の白鷹三番機より入電。戦闘海域に接近する未確認艦隊を発見。空母もしくは輸送船3隻。重巡3、軽巡5、駆逐艦15。敵の潜水型水上艦隊の可能性極めて大」


 この報告に小沢は眉間にしわを寄せた。


「こんなところに敵の別動隊が……?」

「昼間、転移巡洋艦から通報があった部隊かもしれません」


 神明は答えた。

 敵艦隊との戦闘に備えて、分散、展開していた転移巡洋艦が、転移中継地点近くで、敵艦隊を発見し、位置を変えざるを得ない件が複数報告されている。そのうちの一つが、主力艦隊に合流しようと移動していたのかもしれない。


「輸送船と空母の見分けがつかないか……」

「夜間用の魔力ゴーグルでも、遠距離からの視認となると細部を見るのは難しいのでしょう」


 捕捉する神明。


「ただ報告では、敵の大型輸送艦の一部は、小型戦闘機の母艦になっているものもあるということなので、もしかすると航空機を積んでいるかもしれません」

「なら、なおのこと夜のうちに始末しておいたほうがいいかもしれん」


 小沢は首肯した。


「青木航空参謀。五航戦の攻撃隊を、この別動隊攻撃の差し向ける。すぐに指示を出せ」

「はっ!」


 第五航空戦隊の空母4隻のうち、『瑞鳳』を除く、『翔鶴』『瑞鶴』『飛隼』から、流星艦上攻撃機が飛び上がる。

 第一機動艦隊の中で、一航戦に継ぐ艦載機搭載数を誇る五航戦である。その攻撃隊を差し向けたことで、確実に仕留めようという小沢の考えである。


 一方、一航戦、三航戦の艦攻隊は、艦隊同士の海戦へ飛び立ち、友軍の支援に向かった。

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