第511話、優先順位の問題


 輸送船団、日本艦隊に襲撃される。

 その報は、ムンドゥス帝国インド洋艦隊総旗艦『プロートン』にも届いた。


「可能性はあったが……」


 オロス大将は、表情を曇らせた。

 第三群の救援に向かうオロスの第四群が、間もなく砲戦距離に届くというところでの日本軍による船団攻撃だった。


「報告によれば、戦艦十数隻、巡洋艦多数の敵艦隊とのことです。おそらく転移で消えた敵主力と思われます!」


 情報参謀のそれに、オロスは眉をひそめる。


「奴らは、マダガスカルへ行ったのではなかったのか?」


 意味不明な、インド洋艦隊母港への日本軍の襲撃。そこへ敵が向かったのが、オロスや司令部にとっては謎行動だったわけだが。


「マダガスカル島へ向かったと思わせるのを印象付け、夜戦投入戦力を低く見積もらせる魂胆だったのか」

「日本艦隊は転移を使いますから」


 テルモン参謀長は事務的に告げた。


「マダガスカルだろうが距離は関係ないということなのでしょう。もしかすれば、母港を攻撃したのは、空母機動部隊のみで、水上打撃部隊は、比較的近くで突入の機会を窺っていたのかもしれません」

「うむ……」

「長官。転進して、船団を救出に向かうべきであると具申致します」


 冷静沈着な参謀長は言った。砲術参謀が口を開く。


「しかし、我が艦隊は、間もなく第三群が苦戦している敵との交戦に入りますが……」


 ここまで来て、反転するは目の前の友軍を見捨てることになるが――参謀たちの顔にはそう書いてあったが、テルモンは表情一つ変えない。


「輸送船団を見捨てるというのか?」


 そこにいる非力な味方を助けないのか? そう言っているようだった。


「インド洋艦隊の任務は、セイロン島ならびにカルカッタ攻略部隊を援護し、また護衛しつつ敵を排除することにあります。輸送船団に敵主力が突入した以上、輸送艦600隻もさほど時間をおかず壊滅的打撃を受けてしまいます。そうなれば――」

「第三群を助けたところで、我々の負けか」


 オロスは低い声で告げた。優先順位の問題だ。

 ハワイ沖海戦で日米連合艦隊と太平洋艦隊が戦った時の逆である。あの時は、日米軍の船団を壊滅させれば、ハワイは占領されることはないと、当時の太平洋艦隊司令長官ヴォルク・テシス大将は言っていた。


 今回のインド洋艦隊にも、それは当てはまる。護衛すべき輸送船団が壊滅すれば、セイロン島はおろか、カルカッタにも行けず、大陸で補給を待つ陸軍に物資も届かない。


 ――まあ、その時は、インド洋艦隊以外が、任務を果たしてくれるのを祈るだけだがな。


 一般の兵らが知らない情報を思い出しながら、オロスは小さく頷いた。

 ここは、インド洋艦隊として、それらしく振る舞わねばなるまい。船団には陸軍と物資が積まれているのは事実であり、ここで無意味に沈められるのは海軍軍人としての矜持にもかかわる。


「第四群、ならびに第二群は、中央に転進。輸送船団を襲う日本艦隊を撃滅せよ」


 命令は発せられた。

 それぞれ救援に動いていた二つの戦闘群は、方向転換を開始する。これはすなわち、第一群、第三群を見捨てると同じであった。



  ・  ・  ・



『異世界帝国艦隊、針路変更! 輸送船団の救援に向かう模様!』


 第一〇艦隊旗艦、戦艦『伊予』。じっと息を殺すように黙り込んでいた古賀 峯一大将は、カッと目を見開いた。


「敵は右翼艦隊の救援を諦めたか。よし、第一〇艦隊、敵艦隊後方に浮上せよ!」


 敵後方艦隊――第四群に対して、呂号潜水艦部隊による雷撃で、その戦力を削った第一〇艦隊だが、その主力は未だ海中にあって、様子を見守っていた。

 それもこれも、特殊砲撃艦、その主力兵器である熱線砲を有効活用するためだ。


 輸送船団に向かう第四群の後方についていた第一〇艦隊は、静かに浮上を開始して、艦橋からその姿を現していく。

 ソロモン作戦、フロリダ島沖海戦で護衛の重巡3隻、軽巡2隻が今作戦には参加できなかったが、主力である戦艦6隻と、特殊砲撃艦16隻は全艦が健在である。


「熱線砲、充填開始! 横列二段」


 芦津型特殊砲撃戦艦、大沼型特殊砲撃巡洋艦が8隻ずつ並び、艦首にエネルギーを集中させる。この間、特殊砲撃艦は、防御障壁の展開やエネルギー系武器が使用できなくなる。これらのチャージ中を守るのが、伊予型戦艦戦隊ならびに11隻の巡洋艦だ。


 夜の中、浮かび上がる光源。後方は味方が戦っているから、まさかその間に敵が紛れ込んでいるなど、想像だにしていないだろうか? あるいは気づいて、障壁を展開するか?


 構わない。前者ならば第四群の艦艇の数を減らせるし、後者ならば防御障壁のエネルギーを失い、船団と交戦中の連合艦隊主力との砲戦で不利となろう。

 どちらに転んでも、よし。

 やがて、古賀のもとに、艦首熱線砲の発射準備完了の報告がきた。


「二段発射、撃ち方はじめ!」


 まず横列に並ぶ『大沼』『神西』『尾瀬』『浜名』『不動』『宍道』『北竜』『網走』、軽巡洋艦船体の特殊砲撃艦が、熱線を放った。防御障壁を削り、あるいは直撃により大型艦すら轟沈せしめる大威力のビームが飛んでいく。


 その光が消える頃、今度は戦艦型特殊砲撃艦『芦津』『高千穂』『宇賀』『鶴仙』『弥栄』『福知』『名栗』『嵐山』が、強烈な熱線を放った。


 光は闇に消え、いくつかの爆発の炎を海上に灯した。吹き飛んだのは巡洋艦か、障壁のない駆逐艦あたりか。撃った本数に比べて、パッと見で半分くらい沈めたように見えた。


「特殊砲撃艦、各艦は潜水退避せよ。戦艦部隊は、敵艦隊に対して砲撃を行う!」


 古賀は、自身の坐乗する『伊予』を含めた六隻の戦艦で追い打ちをかける。伊予型は敵オリクト級主力戦艦の改装艦だ。41センチ三連装砲三基九門を搭載し、その火力は長門型や標準型戦艦よりやや優勢である。



  ・  ・  ・



 第三群の救援を諦め、輸送船団の方へ舵をきった第四群。味方に背を向けての行動だったが、その艦隊後方で、複数の光源が現れた時の反応は非常に鈍かった。

 艦隊後方の軽巡洋艦や駆逐艦の見張り員が、それを目撃した時は熱線砲のエネルギー光ではないか、と推測したが、何故それが艦隊後方で見えるのか――報告を聞いた各艦長らは頭を悩ませた。


「日本艦隊と交戦中の第三群が熱線砲を使おうとしている?」

「それにしては光が多いようですが……」


 艦長や幹部らが艦橋横に出て後方を見れば、確かに光が追尾しているように見える。そして艦隊の位置関係がおかしいことに気づく。


「まずい! 旗艦に連絡! 後方に敵艦隊! 熱線砲の使用可能性大!」

「地球人が熱線砲……!?」

「馬鹿者! 貴様は、敵の資料を読んでおらんのか!?――」


 そこまでだった。熱線が艦隊に迫り、射線上にあった艦に命中、軽巡洋艦や駆逐艦が高熱によって溶け、誘爆、吹き飛んだ。

 さらに数発が大型の重巡洋艦や戦艦に当たり、そのシールドを取り払ってしまった。


 敵襲の警報が流れる中、後方の敵艦隊が、主砲による砲撃を開始した。

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