第243話、大和 対 プロトボロス


「砲撃戦、用意!」


 戦艦『大和』艦長、大野竹二大佐は声を張り上げた。


 海兵44期。日露戦争、日本海海戦でバルチック艦隊撃破の一助となった伊集院信管を開発した伊集院五郎大将の次男であり、兄に同じく海軍軍人の伊集院松治を持つ。姓が違うのは母方の祖父である大野義方の養子となったからだ。

 私費でオックスフォード大学に留学するなど勉強家で、海上勤務と軍令部を行き来した経歴の持ち主である。

 そんな大野は、先代艦長だった神明大佐の次に『大和』艦長に任じられた。


 開戦時は軽巡洋艦『木曽』の艦長を務め、その後、重巡洋艦『鈴谷』の艦長となった。ただし、この頃の『鈴谷』は九頭島にて修理、改装工事を受けている期間であり、事実上、九頭島で、魔技研の技術と、新兵器を活用した戦術の習熟と研究に勤しんでいた。


 神明が第一機動艦隊の参謀に引き抜かれた折り、その穴を埋める形で、『大和』艦長に任命された。近々、少将への進級を控えて、また軍令部に戻るのでは、と噂されていたが、その前にインド洋へ送られ、実戦を経験した。


 魔技研の技術の塊となった『大和』だが、大野が神明の代打として急遽引き継ぐことになった裏には、軍令部に馴染み深く、これからの海軍の技術や戦術を経験して軍令部に戻ってくるのを期待されたことが挙げられる。さらに『鈴谷』艦長時代に、魔技研の総本山である九頭島で過ごしたことも大きい。


「敵戦艦は、南水道にあり。『大和』はこれを叩く!」


 大野は、幸か不幸か、鈴谷艦長時代に九頭島で過ごしたから、地形については頭に入っていた。いま『大和』には彼より上の階級のものはいない。


 第二戦隊司令官である武本中将は、セイロン島作戦の折り、『武蔵』に移乗し、甲第二部隊の指揮に就いていて、小沢中将に至っては、いくら九頭島の危機とはいえ、第一機動艦隊を放り出して戦場に出ることはできなかったからだ。甲部隊が分離せず、一緒にいたなら、どちらかが来れたのだが。


「正木大尉、相手は、この大和型に匹敵する大砲を持つ大型戦艦だ。初弾から必中、いけるか?」

『了解です。当てます』


 正木初子大尉は、淀みなく答えた。うら若き乙女ながら、彼女ほど異世界帝国の戦艦を撃沈した砲術の使い手は、日本海軍にはいない。共同撃破も含まれるが、初子の砲術指揮で10隻の敵戦艦が海に没していた。


 距離はおよそ2万。転移場所が比較的近かった。敵大型戦艦――『プロトボロス』は、九頭島本島を砲撃していて、その主砲は艦首側にしかついていない。

 これは好機だと、大野は思う。インド洋で、クイーン・エリザベス級を仕留めた時のように先手が取れる!


『砲撃準備よし。警報』

「撃ち方始め!」


 ブザーが鳴り、そして『大和』の46センチ砲が火を噴いた。豪砲一発、発砲煙が僅かの間、視界を遮る。


 放たれた46センチ一式徹甲弾が、艦首は戦艦、残りが空母という異形の敵艦へと飛翔する。初子の砲弾制御により砲弾が集まり、敵大型戦艦の空母甲板付近に当たる――寸前に、青いバリアがその激突を阻んだ。


「!? ……防御障壁か!?」


 弾着寸前で虚空で爆発した砲弾を見て、大野は口走った。

 敵旗艦級戦艦に搭載された防御膜。これを破るのは、かなりの火力を必要とし、41センチ砲クラスでは十数発かそれ以上を立て続けにぶつけなければ貫通できなかった。


「46センチ砲ならば、もう少し少なくともいけるだろうが……」


 これはよろしくない、と大野は判断した。ただでさえ、敵は大和型に匹敵する火力を持つと思われる戦艦だ。


 距離2万前後は、双方にとっても砲弾貫通の可能性の高い危険距離だろう。つまり先制できればかなり有利だったのだが、それが阻まれた結果、どちらが先に有効打を与えられるかわからなくなった。

 つまり、この『大和』も危なくなるということだ。


「敵戦艦、転舵!」


 艦尾を向けていた敵大型戦艦が、ゆっくりと取り舵を切る。艦首の主砲を向けるべく、方向転換しているのだ。敵も『大和』を叩かねば命はないと判断したのだろう。


「こちらも防御障壁用意。敵戦艦が発砲したら障壁を展開。……正木大尉、砲撃は、敵戦艦の攻撃の合間を突く。長丁場になる。よろしいか?」

『了解しました、艦長』


 魔核を制御する初子は、大野の意図を理解する。先手で仕留められなかった以上、まともに撃ち合うことになる。その際は、この『大和』とて無傷とはいかず、最悪返り討ちの可能性もあった。

 本艦が防御障壁搭載艦でよかった、と大野は思った。



  ・  ・  ・



「ヤァマァトォ……!」


 航空戦艦『プロトボロス』の司令塔で、エアル中将は壮絶な笑みを浮かべた。


「どこから現れたかは知らんが、ここで貴様と遭えるとはなぁ! 『アナリフミトス』の仇を討たせてもらう!」


 思えば、因縁深い戦艦だとエアルは思う。第一次トラック沖海戦で、大破に追い込んだ『大和』。

 しかしフィリピン沖海戦では、突如参戦した『大和』に『アナリフミトス』は手傷を負わされた。

 敗戦の責任をとって艦を降りたエアルは、その後、中部太平洋海戦でかつての旗艦が撃沈されたことを知った。


「ここで沈むのは、貴様だっ!」


『プロトボロス』の45.7センチ四連装砲が左舷側へ指向する。大和型の46センチ砲とほぼ互角の砲撃力。砲門数の差は1門しかない。この距離ならば、貫通もあり得る。


「敵、第二射!」

「防御障壁、展開!」


 メギストス級大型戦艦に搭載されていた防御障壁。この『プロトボロス』にも当然のように装備されている。

 日本海軍の戦艦の砲撃命中精度が恐ろしく高いのは、エアルは身を以て知っている。だから初弾命中にも驚かない。防御障壁はエネルギーを食うが構わない。敵弾が当たるとわかっているのだから、無駄にはならない。

 当たり前のように、『大和』は『プロトボロス』に砲弾を集中させた。


「こうも砲弾が当たれば障壁を破れると思っているだろうが……。残念だが、『プロトボロス』の新型障壁は一味違うぞ」


 障壁の防御範囲をある程度操作できるようになっている。これまでは艦全体を覆う形だったのだが、一定方向のみに防御範囲を限定することが可能となったのだ。

 要するに、これまでは当たる可能性のない部分まで障壁が展開されて無駄があったが、今回のように敵戦艦との一対一の砲撃戦の際、砲弾が当たらない部分のエネルギーをカットすることで、障壁を長持ちさせることができるのだ。


「障壁カット! 全門、斉射ーッ!!」


 航空戦艦『プロトボロス』の8門の主砲が紅蓮の炎を吐き出した。45.7センチ砲弾が、『大和』に迫る!



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・大和型戦艦改二:『大和』

基準排水量:6万4000トン

全長:263メートル

全幅:38.9メートル

出力:魔式機関16万馬力

速力:29.6ノット

兵装:45口径46センチ三連装砲×3 60口径15.5センチ三連装砲×2

   50口径12.7センチ連装高角砲×12 8センチ単装光弾砲×12

   20ミリ連装機関砲×34 十二連装対艦誘導弾発射管(煙突)×1

   四連装対艦誘導弾発射管×2 対空誘導噴進弾発射機×2

   誘導機雷×30 対潜短魚雷投下機×2

航空兵装:カタパルト×8(格納庫収納×6)、艦載機最大10(または特殊艦載艇8)



・プロトボロス級試験航空戦艦:『プロトボロス』

基準排水量:7万5000トン

全長:322メートル

全幅:46メートル

出力:25万馬力

速力:27.5ノット

兵装:50口径45.7センチ四連装砲×2 50口径20センチ三連装砲×2

   13センチ高角砲×16 8センチ光弾砲×32 20ミリ機銃×60

   60センチ5連装魚雷発射管×8

航空兵装:カタパルト×4 艦載機×32

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