第90話、亡霊島


 その日、神明大佐は部下である秋田中尉と共に、とある場所へと転移した。


 秋田は転移系の能力者であり、彼の作る札を使うことで、能力がない人間も瞬間移動――転移させることができる。


 着いた先は、とある南海の孤島にある秘密施設。


 地下に作られたドックには、複数の艦艇が並んでいた。


「誰か!?」


 警備の日本兵が、すかさず誰何した。神明が答える前に、秋田がにへらと表情を崩した。


「どうもぉ、秋田ですぅ。本土からの緊急の用件で飛んできましたー」

「あ、秋田中尉?」

「今日は、神明大佐も一緒ですー」

「大佐!」


 兵は小銃を下ろし敬礼した。神明は頷いた。


「変わりはないか?」

「はっ!」

「邪魔するぞ」


 ただちに、神明の来訪が施設司令部に通達され、神明と秋田は移動する。


「しっかし、いつも思いますが、なんで司令部とは外れたところに転移させるんですぅ?」


 秋田はズケズケと神明に問うた。


「言ってくれれば、司令部直通で転移できるようにしますけど?」

「こっちは事前に連絡できないからな。互いに向こうの状況がわからん。……万が一、敵に島が占領されていたとしたら?」

「司令部に着いたら、敵のド真ん中っちゅーことですか。くわばらくわばら」

「司令部と直通で転移門を作ったら、そこから侵攻されるなんてことも――」

「それは堪忍ですわー」


 秋田は苦笑するのである。


 やがて二人は、施設の中枢である司令部へ到着した。


「久しいな、神明」

「ご無沙汰しております、武本さん」


 髭を蓄え、歳を重ねて、全体的に丸くなった海軍将官――武本権三郎元少将は、やってきた神明と握手を交わした。


「お前さんは、相変わらず細いのぅ。うちのせがれは元気にしとるか?」

「九頭島で元気にやっていますよ」


 武本重工の社長は、この権三郎の長男である。ちなみに次男は、第九艦隊所属の巡洋艦『鈴鹿』艦長を勤めている。


「武本さんは、おかわりないようで」

「貴様との因縁は、スカパフロー以来だな」


 スカパフロー、イギリス海軍の拠点。武本権三郎は当時中佐で、マ-1号潜水艦の艦長を勤め、ドイツ艦隊の自沈の現場に居合わせた男である。あの頃の神明は少尉で、今では大佐。時の流れを感じさせる。


「それで、お前さんが直々にやってきたということは……何かよくない知らせか?」


 武本は応接室の椅子に座った。神明は向かいに座り、秋田はその後ろで立っていた。


「内地は平穏ですよ。海軍は魔技研を受け入れてくれました」

「それは結構。ここは、いざという時の隠れ家。それが避難所として使われないのが一番だ」


 もし政府や軍が、魔技研を実力で制圧したり、装備だけ奪って組織を解体するような事態になった場合に備えてのバックアップ。仮に日本から追われても、継続して異世界帝国と戦えるように、という秘密施設である。


「魔技研は安泰。だがお前さんがここに来たということは……出動か」

「できれば、手を借りたいというのが本音です」


 神明は淡々と告げた。


「情報は届いていますか? 異世界帝国が南方奪回に動いているという話は」

「もちろんだ。我々の相手は、異世界帝国だからな。連中の動向には目を光らせておる」


 武本は、煙草に火をつけた。


「つまり、お前さんはわしらに、参戦しろというわけだな。獲物は?」

「敵主力艦隊の後方にいる上陸船団ならびに輸送船団。これを全部沈めてしまっていいですよ」

「……はははっ、抜かせ! 敵船団といえば、護衛艦も含めて四百隻はおるぞ」


 ――四百隻……。


 神明は心の中で、その数を反芻した。なるほど、確かに敵の情報をきちんと掴んでいるようだ。


「連合艦隊は、敵主力艦隊で手一杯。おそらく、輸送船団を攻撃する余裕はないでしょう」


 むしろ正面からの戦いで、勝てるかどうか、いまいち確信がもてない。よくて引き分け、最悪、負けるかもと思っている。


「わしらは一番美味しいところ取りだな。連合艦隊から恨まれたりせんかね?」

「彼らは輸送船を軽視していますから。文句は言われませんよ」

「確かに! ……で、魔技研からこちらに支援は出せるのか?」

「マ号潜戦隊に出動を命じました。第九艦隊本隊については、本土防衛のため、ほとんど動けないでしょう」


 第九艦隊が本土に残っているから、連合艦隊は南方作戦にほぼ全戦力を投入できたとも言える。ここで本土をがら空きにするようなことは、海軍省も軍令部も望まないだろう。彼らは本土への攻撃を何よりも恐れる。政治的にも、国民の信用的にも。


「それで、武本さん」


 神明は改まった。


「こちらで動かせる艦艇は、どうなっていますか? 増えましたか?」


 敵上陸船団攻撃を依頼しておいて言うのもなんだが、この秘密拠点の艦艇も、決して多いとはいえない。


「ああ、増えたぞ。倍増だ、倍増」


 武本は笑った。


「異世界帝国の東洋艦隊にやられた、英米蘭の艦艇を何隻かサルベージした。後は、第四艦隊とトラックでやられたフネを何隻か……」

「トラック沖海戦ですか? よく回収できましたね」


 神明は目を見張る。日本海軍は、トラック沖で、多くの艦を喪失した。だが戦闘の後は、敵の潜水艦も活発にうろついていただろう。


「ああ、さすがに腰を据えてじっくりとはいかなかった。特に第一艦隊の戦艦が沈んだところまでいけなかったのが悔やまれる」


『長門』、『陸奥』、『日向』、『扶桑』、『山城』――戦前、連合艦隊の顔だった戦艦5隻も、あの海戦で撃沈されていた。


「まあ、何にせよ、わしらの艦隊は、寄せ集めもいいところだ。だが純粋な潜水艦以上の継戦能力はもっておる。派手に輸送船を食い散らかしてやるさ」


 ところで――と、武本は改まった。


「わしらの艦隊は、本土でも知られとらんだろう? 艦の名前はどうする? そのままでいいのか?」


 魔技研が、連合艦隊に再生艦を提供した時、被りがあったり、そのままではまずいということもあって艦名が変更された。


 作戦行動に入り、魔技研の潜水戦隊と共闘するとあって、武本はその艦名について確認したのだ。


「たとえば、ほら、『プリンツ・オイゲン』っていう名前、ドイツ海軍の重巡洋艦にもあるだろ?」

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