第91話、フィリピンか、マリアナか


 異世界帝国太平洋艦隊、西進す。


 この動きに対して、南方作戦実行中の連合艦隊は、迎撃のために集結を図った。


 戦艦部隊である第一艦隊、巡洋艦部隊の第二艦隊。そして空母機動部隊である第三艦隊を主力とする。

 連合艦隊の主力が南方作戦から離れている間は、南西方面艦隊が編成され、陸軍支援を行うことになった。


 南西方面艦隊の旗艦は、第六戦隊から引き抜かれた、重巡洋艦『鳥海』。艦隊司令長官は、三川軍一中将が務める。


 第五水雷戦隊と、第六水雷戦隊の残存、第二十九、第三十駆逐隊が中心戦力で、これに8月末に軍艦籍編入となり、特設空母から航空母艦となった春日丸=『大鷹』、八幡丸=『雲鷹』が配備された。


 さて、肝心の連合艦隊であるが、連合艦隊司令部では、各艦隊の長官、参謀長らを交えて、敵をどこで迎え撃つのか討議が重ねられていた。


 つまりは、フィリピン近海か、マリアナ諸島か、である。


 小沢治三郎中将は言った。


「第三艦隊としては、マリアナ諸島での決戦を提案する」


 理由1、フィリピン方面は、日本軍が制圧しつつあるものの、飛行場の整備、基地航空隊の配備が間に合っておらず、戦力として頼りにならないこと。


 理由2、敵は連合艦隊がフィリピンの手前で待ち構えていると想定しているだろうから、それより前のマリアナ諸島近海での襲撃は奇襲が見込める。


 これに対して、連合艦隊司令部、黒島先任参謀は――


「フィリピン近海での迎撃。むしろ、敵にフィリピンの飛行場を攻撃させるところまで攻め込ませたところを攻撃する」


 黒島案に、各艦隊司令部一同がざわめく。第二艦隊司令長官、南雲忠一中将が発言した。


「それは後ろに引き過ぎではないか?」

「はっきり申しまして、現状での我が方の戦力は、よくて互角。普通に見て劣勢と思われます」


 黒島は、人を食ったような顔になった。そうだろうか、と南雲も小沢も顔をしかめる。


「戦艦戦力では、敵が倍近く、それでいて、マニラ沖でこちらの戦艦総がかりでようやく沈めた超戦艦の同型艦も含まれております。まともに撃ち合えば、認めたくありませんが必敗でしょうな」

「……」

「空母兵力については、互角かややこちらが数が多いようですが、小型空母を除けば、むしろ劣勢。さらに航空隊の練度につきましても、今の第三艦隊の航空隊は、トラック沖海戦時の技量には到底及んでいない。そこで――」


 黒島は、フィリピン周辺の地図を指揮棒で指し示した。


「敵をフィリピンに誘い込み、こちらの基地を攻撃させます。敵はまず、空母艦載機による空襲で、こちらの飛行場の無力化を狙うでしょう。敵が攻撃隊を繰り出し、その航空機を割いている隙をついて、第三艦隊が攻撃隊を出し、敵空母群を無力化致します」


 黒島の説明に熱が入る。


「敵は我が方の飛行場の配備状況を知りません。故にそれなりの規模を送り出してくるでしょうから、敵艦隊の直掩機の数も減るでしょう。そこに一撃を加えて、制空権を奪取致します!」


 そこで黒島は、冷めたように音量を落とした。


「二兎を追う者は一兎をも得ず、という言葉がありますな。フィリピンの飛行場には気の毒ではありますが、それと引き換えに制空権を奪えれば、あとはこちらの番です。第三艦隊は、空母のない敵艦隊に反復攻撃を加えて、敵戦力を削り、第一、第二艦隊は、残存する敵を掃討する……。小官は、これがベストな戦術だと考えます」


 空母機動部隊である第三艦隊を中心に据えた戦術。元々、今の連合艦隊司令部は、空母航空隊による戦法を新時代の戦い方と考えて、推し進めていた。


 幻となった真珠湾攻撃計画を構想した、山本五十六長官の司令部ならではの案と言える。


 南雲は口を開いた。


「フィリピンの基地、飛行場を囮とするのか?」

「はい。そう言いました」


 黒島はしれっと言う。


「もちろん、充分な戦力が配備できるなら、協同で敵艦隊を迎撃する案もありましょうが、今のままでは中途半端になり、やられるだけとなります。航空戦は数ですから、貴重な戦力を無為に失うわけにも参りません」


 一時の基地施設喪失と引き換えに、防衛が成功するならば、それは許容できる損害ではないか。負ければ、フィリピンを押さえられ、南方への資源ルートが遮断される。どちらがマシか、火を見るより明らか。


「よろしいか」


 第二航空戦隊司令官、山口多聞少将が発言した。


「敵もこちらが、フィリピンを防衛すると考えているだろう。当然、飛行場と空母、双方に対して警戒感を抱いているはずだ。飛行場に攻撃隊を出すにしても、こちらの空母航空隊の横槍を想定して、戦闘機や攻撃隊を待機させているのではないか?」


 そう上手くいくか、と山口の顔に書いてあった。


「それに、敵の索敵機が、第三艦隊、もしくは第一、第二艦隊を先に発見した場合、敵は基地攻撃よりも、空母や艦隊を先に始末しようとするだろう? それでは分散にならないのではないか?」


 うんうん、と小沢は頷く。黒島は表情を変えなかった。


「確かに、第三艦隊が先に見つかるのは困ります。が、第一艦隊と第二艦隊を、それより前に配置すれば、発見されるのは前衛のみ。そして敵が攻撃隊を出してきたら……結局のところ、敵はそちらにも航空機を割かれるわけですから、第三艦隊は予定通り、敵艦隊に全力攻撃を仕掛ければよいのです」

「第一、第二艦隊は囮か!?」


 第二艦隊の白石参謀長が驚いた。黒島は首を振った。


「囮にするつもりはないのですが、結果としてそうなるかもしれない、という話であります。第一、第二艦隊に同行する四航戦、六航戦の直掩隊には何としても頑張ってもらわないといけませんが……」


 そこで小沢は言った。


「我が第三艦隊が、マリアナ諸島での決戦を企図するのは、敵が日本本土攻撃を仕掛けて来る可能性を考えたためだ」


 つまり、敵はフィリピンに攻め入る時、日本軍の基地航空隊と空母機動部隊を同時に相手にしたくないために、日本本土攻撃をチラつかせて、フィリピンから連合艦隊を引き離そうとするのではないか、ということ。


「敵が敢えて、トラックを経由せず、ウェーク島方面からマリアナ諸島を経由しようとしているのが気にかかる。ニューギニア方面の航空支援を受けられるルートを捨てたのは、いざとなれば日本本土への襲撃を行うためではないか」

「ですが、それではかえって、マリアナ諸島へ踏み込むのは罠とも言えませんか?」


 三和作戦参謀が口を挟んだ。小沢は睨む。


「マリアナ諸島は敵地だが、半月前に、第九艦隊が飛行場と港湾施設を徹底的に叩いた。修復しようにも港の修理からやらねばならず、連中はマリアナの自軍拠点を利用できないのだ。にもかかわらず、ここを使ったということは、明らかに何か意図があるのだ」


 本土攻撃を視野に入れている証拠ではないか。連合艦隊をフィリピン展開部隊との連携が取れないように引き離すための。


 そこで山本長官が静かに口を開いた。


「本土には、第九艦隊がある」


 軍令部直轄の魔技研の部隊。戦艦を持たない艦隊だが、セレター軍港強襲、マリアナ諸島奇襲を成功させてきた有力な戦力だ。


 黒島は頷いた。


「はい。むしろ、本土攻撃に敵が艦隊を割いたなら好都合。こちらから多少強引な力押しも可能となるでしょう。それこそ、マリアナ諸島での決戦も」


 場が静かになる。皆、それぞれ考えを巡らせ、何か間違いがないか、見落としがないか頭を働かせる。


 が、その時だった。


「失礼致します! 小笠原の父島航空隊より緊急電! 異世界帝国艦隊を発見! 本土へ向け北上中とのこと!」

「なにぃ!?」


 会議中だと抗議する前に知らされた報告は、衝撃となって一同を驚かせた。

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