第92話、異世界帝国の巻いた餌
異世界帝国艦隊、小笠原諸島近海を北上中。この報は、本土、海軍省、軍令部、各鎮守府に届いた。
そして第九艦隊の母港である九頭島司令部にも。
神明は、艦隊にただちに出撃の準備を命じ、九頭島航空隊の偵察機を発進させ、敵艦隊の捜索に乗り出した。
父島海軍航空隊は、水上偵察機を主力とする航空隊であり、戦闘向きではない。だがその偵察機の通報により、大体の位置は判明している。
そしてその第一報では、『戦艦4隻、空母2、3隻を含む艦隊』とあった。その直後、連絡が途絶えたため、おそらく撃墜されたのだろう。
「落とされたということは、敵だということだ」
神明は日本本土と近海の地図へと目を落とす。第九艦隊司令長官の伊藤中将は、軍令部へ報告に戻ったため留守であったが、神大佐は引き続き、九頭島にいた。
「まさか、本当に本土攻撃を狙ってくるとは」
神は唸った。
「フィリピン奪回に戦力を集中すると思っていたのですが……」
「ずいぶんと杜撰な移動だ。父島航空隊の索敵網の引っかかるなんて」
神明の発言に、神は眉をひそめた。
「……まさか、わざと発見された?」
「だろうな。本当に奇襲を狙うなら、もう少し北東方面から近づく手もあった。まあ、こちらの特設監視艇の哨戒に引っかかって、通報されていたかもしれないが」
海軍は、敵の本土襲撃に備えて、日本列島から東へ700海里に、監視艇を展開して警戒線を敷いていた。ただし、監視艇や哨戒機の数が不足しており、警戒線は隙だらけではあったが、運が良ければ敵の発見もあり得た。
「これは奇襲というより、南方に出ている連合艦隊への揺さぶりだろうな。連中が監視網の存在を知ってか知らずはともかくとして、航行していた位置が、あまりに迂闊過ぎる」
こちらに発見されて、連合艦隊の戦力を、いくらか本土へ戻そうという魂胆だ。そうやって南方に展開する戦力を減らそうという狙いだ。
「連合艦隊のほぼ全力が出払っているから、本土は手薄だと考えたのだろう。……我々、第九艦隊がいるのを知ってか知らずか……」
「ですな」
神は頷いたが、首を傾けた。
「しかし、偵察機の見間違いでなければ、敵は戦艦4隻に空母が2、3隻。これは、第九艦隊でも、やや厳しいのではありませんか?」
「南シナ海海戦の時よりも、敵の戦力は上だな」
神明は認めた。あの時の敵は、戦艦2隻、空母2隻、巡洋艦部隊6隻ほか駆逐艦だったが。
「マ号潜戦隊を南方へ出撃させてしまったのが悔やまれる」
東南アジアに迫る敵艦隊とそれに後続する輸送船団攻撃に、得意の高速力を発揮して南下させている。もう一日、二日ズレていれば、遭遇していたかもしれないが……。
「呼び戻しますか? 今ならまだ、本土迎撃に間に合うのでは?」
神が指摘した。少し考え、神明は首を横に振った。
「いや、マ号潜戦隊は抜きだ。手持ちの戦力でやる」
その時、作戦室の扉がノックされた。顔を上げると通信兵が入ってきた。
「司令、軍令部から」
電文の内容は、柱島で訓練中の戦艦『武蔵』ら戦艦5隻が護衛艦と共に出撃する用意があるとのことだった。
神は声を上げた。
「馬鹿な! まだ練度は大丈夫なんですか」
「本土に敵が迫っている現状、世界最大級の戦艦が何もしないわけにはいかない、ということだろうな」
「確かに。肝心なところで使われず、残っていても仕方ないですが……」
「ま、『武蔵』や『紀伊』には、緊張感のある演習航海とでも思ってもらおう」
神明は、それらの訓練中の戦艦群を戦闘に巻き込むつもりはなかった。――いや、射撃演習くらいはさせてもいいか……?
「帝都周辺の航空隊は非常に脆弱です」
神は眉間にしわを寄せた。
「記憶違いでなければ、木更津航空隊が陸上攻撃隊を保有していますが、それ以外は偵察機や練習機くらいしかない」
「木更津の陸攻隊と言っても、三十機程度だろう」
発見された規模の敵艦隊相手には厳しい。つまり、どうあがいても、第九艦隊が頼みの綱ということだ。
「魔式推進の局地戦闘機隊は……あれは横須賀か」
魔技研で開発したエンテ型高高度迎撃機。それを装備した戦闘機隊が、横須賀に配備され、試験運用されている。まだまだ増産の最中であり、搭乗員も魔式に慣れるべく訓練している段階である。
「局戦では、敵艦隊を攻撃できないですからな」
「帝都防空くらいには役に立ってもらわないとな」
神明は地図から顔を上げた。また新たな報告が入ってきたのだ。九頭島航空隊の高速偵察機は、敵艦隊を捕捉した。
『戦艦4、空母3、重巡洋艦1、軽巡洋艦3、駆逐艦14、輸送船3。敵戦艦と空母は、米国海軍の艦型の模様』
「米国……!?」
「つまり、セレター軍港で、イギリス艦艇を再生させたように、異世界帝国は、ハワイ近海で沈めたアメリカ戦艦を再生させて突っ込ませてきたということだ」
報告によれば、敵戦艦はテネシー級もしくはペンシルベニア級2隻と、ネバダ級2隻。空母は、レキシントン級、ヨークタウン級、そして異世界帝国空母、各1隻ずつだという。
「テネシー級もしくはペンシルベニア級……」
「戦前のアメリカの戦艦は見分けがつきにくいからな」
籠マストに、35.6センチ三連装砲四基十二門の主砲の配置。遠目からパッと身で判別するのは困難だろう。
一方で、ネバダ級が断定されたのは、主砲だろう。35.6センチ砲が、連装と三連装の混載で十門だからだ。このタイプは、アメリカ戦艦では他にない。
「連中が機関に手を加えていなければ、20ノット程度の低速戦艦だ」
「解せません。普通こういうのは高速艦艇で、一撃離脱を仕掛けるものでは」
不可解だ、と神は腕を組む。敵地深くへ飛び込むとなれば、普通は反撃を覚悟せねばならない。目的だけ果たしたら、さっさと退避するためにも足が速いほうがよい。低速では踏み込み過ぎれば逃げられなくなるし、敵側の高速艦艇にも追いつかれてしまう。
だからこの手の襲撃や奇襲をかけるなら、たとえば高速空母による一撃離脱が望ましい。
「捨て駒だろうな。敵は我らの本土を砲撃できれば、反撃で沈められてもいいと思っているのだ」
アメリカ旧式戦艦の再生品である。適当に突っ込ませて、日本本土を攻撃し、連合艦隊の戦力を南方から引き離す。
放っておけば、本土は火の海。旧式戦艦にいいようにされては海軍の恥となろう。低速だから、追いかければ間に合うかもしれないよ、と誘っているのだ。
そう、これは囮なんて、生易しい話ではない。突っ込んできたこの敵艦隊は、生還を考えていない。確実に撃沈させるために、突っ込まされた鉄砲玉だ。
「これでは連合艦隊も落ち着かないだろうな」
「でしょうね」
神は呟いた。
「フィリピン決戦を前に、本土へ救援を分派するかもしれません」
そうなれば、敵太平洋艦隊との決戦は――
「では、皆を安心させないといけないな」
「と、言いますと?」
「軍令部と連合艦隊に打電する。第九艦隊は敵艦隊を撃滅。我に『大和』あり、と』
九頭島ドックで修理を受けていた超弩級戦艦『大和』。世界最大の46センチ砲を搭載した戦艦が、敵旧式戦艦群を鎧袖一触する――
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