第279話、異世界氷
異世界帝国の新型重爆撃機のさらなる解析は、魔技研所員に任せて、神明は次に、マーシャル諸島に漂っていた海氷に関する調査を行った。
樋端がついてきた。
「氷に興味があるのか?」
「山本長官も気にしておいでですし、個人的に赤道近くでも溶けない氷には関心があります」
淡々と樋端は言うのだ。航空参謀の領域ではないが、連合艦隊司令部の参謀としては、知識として得て、無意味ではないだろう。
「おそらく異世界帝国が関わっているでしょうし、何かの布石のような気がします」
「同感だ。ただの目くらましとも思えない」
今回のマーシャル諸島攻略において、今のところはあり得ない状況で漂っているということで、それなりに注意が払われた。だが今のところ、敵潜水艦が潜んでいた程度しか報告はなかった。
「使い方次第では、色々できそうではあるのだがな」
大型巡洋艦『早池峰』で、回収し、転移札をつけて九頭島の魔技研施設に転送された氷のサンプルだったが――
「溶けた?」
「はい。サンプルは、最初は部屋いっぱいだったのですが……」
魔技研スタッフからの報告に、神明と樋端は顔を見合わせた。
「マーシャル諸島の気候にも溶けなかった氷が溶けた?」
「そもそも氷なのですか?」
浴びせられる質問に、研究員は首を傾げる。
「氷といえば氷のようなのですが、この世界のものとは違う、と言うべきでしょうか」
聞けば、部屋いっぱいの大きさだったサンプルが、今では46センチ砲弾並みの大きさにまで小さくなっているという。
「現状、わかっているのは、どうもこの氷を維持するには、海水が必要なこと。海面から離してしばらくして溶け始めたので、冷却したのですがそれでも止まらなかった。ただ一定まで溶けたのですが、液体になったそれが海水と同じ成分のため、とりあえず溶けるのは止まりました。ですが……」
今度はその海水が気化し始めたことで、氷が緩やかに溶けて、段々小さくなっていったという。このままであれば、時間はかかれども、いずれはすべてなくなるだろうと予想された。
「今、観測中なのですが、何でもいいので海水に接していれば、溶けないようです」
研究員曰く、九頭島周辺の海水でプールを作り、そこに溶けかけのサンプルを放り込んだら、そこから溶けることなくそのままの形を保っていた。気温や海水の温度などの条件については、まだ調べ始めているところで不明。
樋端は、何ともしまらない顔で、海水に浮くサンプル氷を見つめた。
「異世界の氷は、何とも不思議なものですね」
「自然物とは限らないだろう。異世界人が人工的に作り出したものかもしれない」
神明は腕を組み、視線を鋭くさせる。
「浮力がどれくらいなのか気になるところだな。この世界では、海に浮かべておけば溶けないというのなら、ひょっとしたら面白い使い方ができるかもしれない」
「例えば?」
「海氷飛行場、とか。海に浮かべた移動式滑走路とか……」
「……何だか小説の世界のようだ」
樋端は笑わなかった。
「海氷空母というやつですか……。使えますかね?」
「わからん。かつてタイタニック号を沈めた氷山も、見た目以上に海面下では巨大なものだから、実際に空母や滑走路を浮かべるのに、どれくらいの大きさが必要か、検討も必要になる」
規格外過ぎて、実用性がないという場合もあるのだ。
「まあ、実際に空母的運用は無理でも、偽装を施して囮艦として使うという手もある」
「……なるほど。見せかけの空母を作り、それを前衛に出すことで、敵の攻撃を誘因し、主力空母を守る」
被害担当の海氷空母。要するに囮である。異世界帝国が、マーシャル諸島に多数の海氷をばらまいたのも、日本軍の注意を引く囮として、無駄弾を撃たせるためという説もあった。
航空参謀である樋端は、その案に興味を示した。研究員たちがさらに解明と検証を進める中、神明はしばし考え、やがて決めた。
「うん、投げてしまおう」
「はい……?」
「この溶けない氷の運用については、他の人に考えてもらう。私は多忙なのでな」
「……そうですね」
樋端は、わずかに皮肉っぽく口もとを緩めた。
「僕のほうでも少し考えてみます。中々面白い素材です。……それで、どこに投げるんですか?」
「軍令部……第二部長あたりに放ってみる」
「!」
樋端は気づいた。
「第二部長といえば……黒島主席参謀」
かつての連合艦隊司令部先任参謀だった黒島亀人少将。仙人参謀とも言われた彼とは、樋端も司令部で仕事をした。
その黒島は今は、軍令部第二部長を務めている。役職はともかく、こういう奇想天外な品には大変興味を持つだろう。
・ ・ ・
異世界素材Iと振られた、仮称『異世界氷』についての分析を行い、そのデータを作成した神明は、海軍省・軍令部を訪れた。
事前に軍令部第二部長になった黒島に連絡を入れていたのだが、ついてみれば、第一部長の中沢
中沢は海兵43期。海に出れば水雷屋、内地では軍令部歴の長い人物である。真面目な人物であり、責任感とややもすれ潔癖過ぎる面が見てとれると評判だ。
ともあれ、今回神明は、I素材の分析結果を持ってきたわけで、それについての報告と活用案を、軍令部部長たちに報告した。
「……なるほど、流氷空母かぁ」
黒島が提出資料をじっくりと読み込む中、中沢は腕を組んだ。
「囮空母案というのも研究に値すると思う。マーシャル諸島攻略では、我が機動艦隊も空母を6隻も失ってしまったからな」
作戦を担当する第一部としても、今回の作戦での損害は想定より大きかった。楽勝とは言わないが、もっとスマートに勝てると思っていた上での被害には、軍令部の作戦部門も驚いている。
黒島は腕を組んで、天井を見上げた。
「中々面白そうだな。空母としてもいいが、潜水艇の母艦にも使えそうだ」
黒島は黒島で、奇襲兵器について研究していると言う。その中には甲標的を進化させた新式潜水艇案や、インド洋で鹵獲した大量のUボート運用、魔技研型潜水艦の開発研究を進めているという。
「よし、わかった。I素材を応用した兵器についても研究しよう。……ところで神明。貴様、前線を見てきたな? 実際、どうだったのだ、異世界帝国は」
黒島、そして中沢から視線が集まる。神明は、中沢がここにいる理由を察した。第二機動艦隊ではない人間で、参謀長という立場にいる上位階級者から、マーシャル諸島攻略戦の客観的な報告を聞きたかったのだろう。当事者だと、どうしても自己弁護や過大な戦果報告などが入るから。
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