第94話、異世界帝国分遣艦隊
異世界帝国太平洋艦隊主力から分離した艦隊――ヴェロス艦隊は、日本の帝都を目指して進撃していた。
空母『エーレクトロン』を旗艦とするヴェロス艦隊だが、その構成艦艇は、回収、再生したアメリカ海軍の艦がほとんどだった。
旗艦こそ、異世界帝国のリトス級大型空母であるが、残る2隻の空母は米海軍の『レキシントン』『エンタープライズ』であり、前衛である戦艦4隻も、ネバダ級『ネバダ』『オクラホマ』、ペンシルベニア級『ペンシルベニア』『アリゾナ』である。
指揮官である、ヴェロス中将は、非常に憂鬱であった。
この全滅もあり得る作戦の指揮官とされ、使い捨ての駒同然の旧式戦艦群をもって、日本本土へ砲撃しに向かっているのだから。
彼に与えられた任務は、シンプルだ。日本の首都――帝都東京に艦砲射撃を加え、その後、海岸に沿って西へ移動しつつ、めぼしい沿岸集落や都市を砲撃して回るというものだ。
米国艦は航続距離が長い。その足の長さを活かして、日本本土を直接攻撃し、可能ならば、太平洋艦隊と合流せよ、と言われている。
司令長官であるエアル大将曰く、『日本本土に有力な艦隊はおらん。旧式とはいえ戦艦一個戦隊で蹴散らせる程度だ』とのことだ。
しかし敵国本土である。艦隊はなくとも、本土防衛の航空隊などが反撃してくるのではないか――
『なに、そのために空母を3隻もつけるのだ。敵航空機を防ぎ、戦艦群を暴れさせろ』
ヴェロス艦隊の大型空母群は、その大半は戦闘機である。一応、攻撃機も載せているが、防空戦に重きを置いている。理由は、旧式戦艦を航空機に沈めさせないようにするため。本土航空隊の反撃を戦闘機で凌ぎ、少しでも長く本土近海に留まらせて、艦砲射撃をさせるのである。
それでフィリピン近海にいる日本艦隊を牽制する。彼らは必ずヴェロス艦隊から本土を守るために、引き返すか戦力を割かなくてはいけなくなる。
『いいか、ヴェロスよ。陸軍が要望していたマリアナ諸島の要塞化は、来年以降に持ち越しとなった。先方は大変お冠だ。その責任は、果たさなくてはならない』
中部太平洋、トラック方面駐留艦隊の指揮官だったヴェロスである。マリアナ諸島は彼の守備範囲であり、それを奇襲された件の帳尻は合わせなければならない。
上官であるエアルの命令が脳をリフレインし、そのたびに、ヴェロスの表情は苦味に染まるのだ。
通信士官が振り返った。
「司令! 警戒機より入電! 北東方向より接近する航空機群を発見!」
「敵か」
ここはもはや日本のテリトリーである。味方はいない。現れるものはすべて敵だ。
「北東だと……。基地航空隊ではないな」
ヴェロスは舌打ちする。何が日本本土に有力な戦力がいないだ。方位からみても空母から飛来したに違いない。
「敵の数は?」
「およそ30から40機です」
「直掩機に迎撃を指示。待機している戦闘機隊を各一個中隊、直掩に上げろ」
日本本土から航続距離の長い攻撃機が飛来してくる可能性は高い。こちらの位置を掴まれている以上、第一波だけということはあるまい。
艦隊上空のヴォンヴィクス戦闘機が、北東より接近しつつある日本軍機へと飛んでいく。その数27機。
そして空母『エーレクトロン』、『レキシントン』『エンタープライズ』の飛行甲板に、次の戦闘機が発艦準備のために並べられていく。
先任参謀のスィマジィ大佐が、ヴェロスに向き直った。
「敵が空母機ならば、索敵機を向かわせますか?」
放置するのは危険と言うのだろう。しかし、仮に見つけたとして、ヴェロスの手持ちの空母の搭載機は、全体の四分の三が戦闘機で、攻撃機の数は多くない。
癪だが放置しようと一瞬考えたヴェロスだが、すぐに思い直した。
「そうだな……。艦載機の数からして、大した数ではないかもしれない」
空母が1隻程度なら、後々のためにも返り討ちにすべきである。
「許可する。偵察機を出して、敵の空母を探れ」
仮に敵の空母が数隻いるなら攻撃隊を繰り出さず、防御に徹すればいいのだ。
「し、司令! 迎撃に向かった直掩隊が突破されました!」
「何だと!?」
迎撃を命じて、まだそれほど時間が経っていない。交戦を始めた頃だと思うが、それにしては早過ぎる。
「さらに高速接近する機体が複数! この速度は攻撃機ではありません!」
「甲板の戦闘機を緊急発進させろ! 敵は戦闘機にロケット弾を装備させて、飛行甲板を叩くつもりだ!」
攻撃機でないスピードとくれば、戦闘機か、あるいは高速の偵察機かもしれない。だがそれが突出してくるのは、いち早く空母の甲板を叩こうという魂胆だろう。そして飛行甲板に並べられている戦闘機も巻き込んで誘爆させようと狙っているのかもしれない。
「対空砲、敵機を近づけるな!」
ヴェロスが声を張り上げれば、索敵士官が声を上ずらせた。
「司令、接近中の物体は戦闘機ではありません! 高速で接近する飛行物体は、こ、航空機ではありません!」
・ ・ ・
飛来したのは、第九艦隊から放たれた長距離対艦誘導弾だった。
大型巡洋艦『妙義』『生駒』、軽巡洋艦『鈴鹿』から放たれた各6発の一式対艦誘導弾は、一式水上戦闘攻撃機隊によって導かれる。
「誘導信号、切り替えっと……!」
後座の正木妙子の声が、操縦席の須賀の耳に届いた。
内田大尉率いる九九式艦上爆撃機が、懸架してきた対空誘導弾で、敵迎撃機に先制打を与え、宮内中尉率いる九九式艦上戦闘機隊が、残る敵戦闘機に襲いかかる。
そして進路を開いたところを、一式水戦3機が突破。さらに藤島大尉の九七式艦上攻撃機が続くが、それを追い越したのが、艦隊から放たれた対艦誘導弾だった。
妙子が、一式水戦に合わされていた誘導を、自機から、目視確認できる敵空母へと変更した。これをやらないと、飛来した対艦誘導弾は、一式水戦にぶつかって須賀たちがやられてしまう。
何故、こんな面倒なことをしているかと言えば、第九艦隊がまだ敵艦隊を目視できる範囲にいなかったからだ。
最初は、飛行する一式水戦の放つ誘導念波に飛ぶようにセットされて対艦誘導弾が発射された。その誘導役である妙子たち能力者が敵艦を視認したなら、その誘導念波装置を切り、能力者自身の誘導で、対艦誘導弾を標的である敵空母に向けたのである。
ちゃんと須賀たち一式水戦隊が、敵艦隊を確認できる位置に到達するタイミングを図って、対艦誘導弾が放たれていた。さすがは海軍、この手の計算ができねば務まらない。
「誘導弾の標的変更を確認」
須賀は復唱するように言った。自機ではなく、敵空母にコースを変えた対艦誘導弾の軌道を確認。内心では、こっちに当たるんじゃないかと、少しだけ心配していた。
「さあ、ショーの始まりだ」
「始まりじゃなくて、終わりじゃないかな?」
妙子が軽口にも似た調子で言った。
「誘導中だろ。集中しろ」
「はーい」
敵空母群は、飛来する対艦誘導弾を撃ち落とすべく、対空戦闘を開始した。高角砲に混じって、光弾が瞬く。弾速が早く、ほぼ直線に飛ぶ光弾は、これが中々に強力だ。
「……言ってるそばから」
対艦誘導弾が迎撃され、空中で爆発した。二つ、三つと、誘導弾が炎の華を咲かせていく。だが、そこまでだった。
対空砲火をかいくぐった対艦誘導弾の残りが、空母に吸い込まれる。その飛行甲板や船体に直撃、そして大爆発を引き起こした。
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