第95話、天を裂く雷鳴


 一式対艦誘導弾は、ヴェロス艦隊の3隻の空母に向けて6発ずつ放たれた。


 高角砲や光弾砲に撃墜される誘導弾もあったが、一式水戦に乗る妙子ら能力者たちの誘導で、それぞれの標的に命中した。


 まず被弾したのは、『レキシントン』だった。全長271メートル、基準排水量3万6000トンの巨艦に、艦首から艦尾まで満遍なく対艦誘導弾が突き刺さり、火山の如く爆炎を吹き上げた。


 空母群の中央にあった『エーレクトロン』は、光弾砲の迎撃によって、三発の誘導弾を撃墜に成功したが、残りが艦中央の飛行甲板に一発、艦尾に二発が直撃した。


 一番遠い位置にいた『エンタープライズ』は二発を撃ち落としたが、四発が右舷側に命中し、爆発、数秒後にはその2万1000トンの艦体を右へと傾かせた。


 空母群旗艦『エーレクトロン』の艦橋で、司令官のヴェロス中将は壮絶な顔となる。


「飛翔する爆弾かっ……!」


 甲板上で発艦準備中だった戦闘機が衝撃で弾かれて、他の機体と玉突き衝突を起こしてクラッシュ、または誘爆する。


「『レキシントン』、沈みますっ!」


 見張り員の絶叫。旗艦の右舷を航行していた大型空母は、艦首と艦尾を折りながら激しく爆発しながら沈んでいく。


「『エンタープライズ』転覆します!!」


 左舷へと視線を向ければ、傾斜の勢いそのままに、空母は海面に横倒しになり、飛行甲板の上の戦闘機がひっくり返った。そして『エンタープライズ』も赤い艦底部を上にしながら、波間に漂う。


 絶句するヴェロスの後ろで、艦長がダメージ報告を受けていた。


「司令、機関をやられました! 本艦は、航行不能です……っ」

「っ!!」


 リトス級大型空母が、行き足を止められた。戦闘能力と航行能力を失い、ただ海上を漂うだけとなった。


 どうしてこうなった? ヴェロスは心の中で呟く。


 日本の連合艦隊は、東南アジアに出ていて本土にはほとんどいない。新型が就役し、訓練を行っているらしいという情報はあった。


 だが反撃は、本土の航空隊が主軸であり、まず前衛に出している旧式戦艦群を狙ってくると考えていた。


 しかし、日本軍は空を飛ぶ爆弾で、後ろの空母群を狙ってきた。前衛を無視して! 話が違う。


「敵攻撃機群、接近っ!」


 見張り員が叫んだ。ヴォンヴィクス戦闘機隊の迎撃を抜けてきた日本軍の航空隊が迫っていた。やはりこれらも、前衛の戦艦群ではなく、空母群――否、動けなくなった『エーレクトロン』を狙ってきた。


 洋上停止してしまった旗艦を守ろうと、巡洋艦や駆逐艦が反転してくる。


 向かってきた日本機は九七式艦上攻撃機だ。魚雷を懸架している割には、高度が高いと思っていたら、艦攻は次々に抱えていた『それ』を切り離した。


「飛翔爆弾だ!」


 放たれた零式対艦誘導弾は、先に空母を襲ったものより小型だ。しかし、魚雷のそれに匹敵する高速の銛は、意志を持ったように動いて、異世界帝国艦艇に襲いかかった。


『エーレクトロン』の前で対空砲火を撃ち上げる軽巡洋艦『ホノルル』『ローリー』ほか駆逐艦に、誘導弾が突き刺さり、艦上構造物を紅蓮の炎に包み込んだ。


 動けない空母の前で、速度を落としたために狙われた護衛艦艇がやられ、さらに二発の対艦誘導弾が『エーレクトロン』に迫った。


 ヴェロスは歯を剥き出した。スィマジィ先任参謀が「司令!」と叫んだ。


 わかっている。だが遅い――九七式艦攻の対艦誘導弾が、旗艦の艦橋に飛び込み、ヴェロス中将以下艦橋にいた者を全員焼き払ったのだった。



  ・  ・  ・



「戦果確認……」


 須賀は一式水戦の操縦桿を傾けて、眼下の戦場を見下ろす。


 敵空母2隻撃沈、1隻大破、航行不能。ニューオーリンズ級と思われる重巡洋艦1が損傷、ブルックリン級、オマハ級軽巡洋艦各1隻にも命中弾。特にオマハ級は大火災に包まれ、沈みかけている。


 他にもう1隻のオマハ級が無傷で生存。駆逐艦は2隻が残っているくらいか。


 藤島大尉の艦攻隊は、零式対艦誘導弾の命中を確認すると翼を翻して離脱にかかっている。


「妙子、『大和』へ報告できたか?」

「うん、こっちは済んだよ」


 後部座席の妙子は答えた。


「義二郎さん、前衛の戦艦のところまで移動しろって命令がきた!」

「了解」


 須賀の操る一式水戦は、炎上する敵艦をよそに速度を上げて離脱する。ちら、と東を一瞥すれば、味方の九九式艦戦と敵戦闘機がいまだ空中戦をやっているようだった。だがそこまで激しいものではなく、どうやら決着が着きそうに見えた。


 宮内中尉ら桜隊が上手くやっているのだろう。


 一式水戦が向かうは北。そこに本土を砲撃しようと前進する異世界帝国の鹵獲戦艦群が航行している。


「空母を叩かれて、連中は引き返さないのかね?」


 直掩機を展開する空母は、もはやない。制空権を失い、まともな指揮官なら、撤退を考えるのではないか。


 このまま進んでも、本土の航空隊にタコ殴りにされるだろうと予想ぐらいつきそうなものだが。


 ――それとも、戦艦は航空機には沈められないなんて、信じているわけじゃないよな。


 戦前の大艦巨砲主義者たちは、航空機に戦艦が沈められるか!――などと高をくくっていたが、異世界帝国の連中は違うだろう?


「……見えてきた」


 単縦陣で航行する大型艦と護衛と思われる駆逐艦が数隻。



  ・  ・  ・



 第九艦隊の旗艦、戦艦『大和』。


 神明大佐は、海原を突き進む6万4000トンの大戦艦の艦橋にいた。


 航空隊の先制により、空母を叩いた。これで本土に敵艦載機が飛来するという最悪の事態は回避された。


 残るは本土に艦砲射撃を仕掛ける可能性を残した旧式戦艦群を排除するのみ。


『妙義艦載機の一式水戦、敵戦艦群を捕捉』


 魔核を制御していた初子は口を開いた。


『戦艦4、駆逐艦5。速度20ノット、大和よりの距離、4万2000!』


 水平線の彼方、4万2000メートル。『大和』の誇る46センチ砲のまさに最大射程ギリギリである。しかし幾ら最大射程と言っても、まず当たらない。


「正木、主砲射撃用意。目標、敵戦艦群」


 神明の命令に、神は目を剥く。しかし、そこは魔技研である。正木初子は冷静に応じた。


『了解。全砲射撃のため、右に転舵します』

「任せる」

『面舵三〇。全主砲、左舷に指向。仰角上げ――』


 戦艦『大和』の46センチ三連装砲が、左へとその向きを変える。重々しく旋回する主砲、その重量、駆逐艦を上回る2700トン。砲身が天へともたげられ、発射準備が進む。仰角四十五、距離4万2000。


『一式水戦の観測視野と同調。目標、捕捉しました。主砲、一番艦に向け、射撃用意よし!』

「撃てぇっ!」


 46センチ砲が雷鳴を思わせる豪砲を轟かせた。

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