第96話、大和の砲撃
単艦行動中の戦艦『大和』から放たれた初弾、一式徹甲弾は3発。それらは、水平線の向こうを航行する異世界帝国分遣艦隊の前衛を行く鹵獲旧式戦艦へと飛んだ。
正木初子は、敵戦艦群を視野に収めている妹、妙子の見ている景色を見ている。須賀の操る一式水戦から、敵の姿を俯瞰して捉える。
そして高速で飛翔する砲弾3発は、『土佐』や『天城』の41センチ砲弾の1.5倍以上の重量弾だ。
超長距離砲撃で、まず当たらないとされる距離を、初子は魔力での軌道修正を加えて、標的の艦へ砲弾を集束させる。
――やはり、重い……!
最初から全門斉射しなかったのは、砲弾重量による軌道修正とその誤差に自信がなかったからだ。だからまず放つ砲弾数を減らして、より修正に集中できるようにした。
その甲斐あって、3発の砲弾の散布界を押さえつつ、敵戦艦群の先頭を行く全長186メートルの艦『ペンシルベニア』に飛び込んだ。
『弾着、今!』
発砲から約90秒。艦首左、艦尾後方に巨大水柱が上がり、戦艦『ペンシルベニア』、船体中央ど真ん中を46センチ砲弾が貫いた。
甲板の装甲を易々と貫通し、機関を粉砕。艦体中央からドス黒い煙を大量に吐き出しながら、その速度を落とした。
命中の様子は、妙子の見ている視野情報から、『大和』を操る初子にも届く。
『初弾、一発命中。敵一番艦、速度を落としています』
「おおっ、当たった!」
神大佐が驚きの声を上げた。神明大佐はいつもの調子で尋ねた。
「正木、どうだ46センチ砲弾は? 扱えるか」
『もう二、三回でコツを掴んでみせます』
「わかった。損傷している一番艦にトドメを刺せ」
『承知しました』
初子は、発射ブザーを鳴らし、46センチ砲の使用を艦内に伝える。直後、各砲塔の中央の砲――中砲が噴煙を吐き出した。
飛翔する46センチ砲弾。約90秒後にその成否が明らかになる。その間に、今発砲した砲に、装弾作業が進められる。
その装填速度は、おおよそ30秒から40秒ほど。最大射程の砲撃ならば、弾着するまでに余裕で装填完了である。
初子は神経を尖らせて、砲弾の誘導を行う。二射目は、実は敵速度の低下をほとんど考慮にいれない適当撃ちをやった。
自分で干渉できる力で、どこまで砲弾の軌道を曲げられるか。それを46センチ砲弾で試しているのだ。
高速で撃ち出される砲弾は、ちょっと力を加えるだけで、着弾する範囲が大きくズレる。早期に干渉すれば、その分ズラせる範囲は広くなった。
そして砲弾が目標に近づいてくると、大きな修正は利かなくなる。この辺りまでくると、どこに落ちるのか、命中か至近弾かさえ分かる。
だから外れている弾を目標へと動かしたいが、干渉に与える力も強くしないと軌道修正しても曲がりきらないうちに時間切れとなるのだ。
――敵一番艦は、速度が落ちている……。
砲撃修正しても、砲弾は艦首側に寄るというのは、すでに予想が立っている。そこはこれまで培った砲撃の経験から割り出せる。
『だんちゃーく、今!』
初子は、妹の視野で見ているが、『大和』にいる神明たちには、水平線の向こうは正確には見えない。
『敵一番艦、艦首に一発命中』
三発中の一発。また二発が、目標艦近くの海面を叩いて水を巻き上げるだけに終わった。
だが直撃した一弾は、『ペンシルベニア』の艦首を断頭台の一撃の如く、吹っ飛ばした。鋼鉄の破片が飛び散り、黒煙が吹き出したのも数秒。ドッと海水が艦内へ流れ込み、その行き足は完全に止まってしまったのだ。
・ ・ ・
「また当てた……!」
一式水戦のコクピットから、見下ろしていた須賀は、『大和』からの長距離砲撃の命中精度に舌をまいた。
「初子さん、凄ぇ……」
砲撃をコントロールしているのが、初子であることは知っている。恐るべきは『大和』の46センチ砲の威力。たった二発の命中で、狙われたペンシルベニア級戦艦が瀕死人のような有様となっている。
「うーん、お姉ちゃんもまだ本気じゃないね」
後ろから妙子がそんなことを言うのだ。
「これ、わたしも手伝ったほうがいいかな……?」
「今でも視野共有してるんだろ?」
須賀は振り返りながら言った。遥か彼方の『大和』にいる初子が、妙子の見ているものを通して、弾着修正を行っているのも知っている。
「そうじゃなくて、わたしも、砲撃修正したほうがいいのかなってこと!」
初子は撃ち出した砲弾を戦艦にいながらにして修正している。一方の妙子は、観測機に乗って、そこから飛来する砲弾を修正する。つまり戦艦側の射撃が能力者のものでなくても、妙子は空中にいながら、曲げることができるわけだ。
「あ、目標修正がきた」
妙子の注視する目標が、大破、沈降しつつある一番艦から、その一番艦を回避する二番艦へと向いた。
「義二郎さん。観測に集中するから、周辺警戒よろしく」
「了解」
敵空母は撃沈したが、生き残りの戦闘機がフラッと現れて襲ってくることもあるかもしれない。空にいる以上、油断はできない。
そうこうしているうちに、敵戦艦二番艦に、『大和』からの砲弾が届いた。
「二発命中」
妙子の呟きと共に、一息遅れの爆発音が鳴り響いた。火山の噴火とも見紛う黒煙が空へと吹き上がる。大気が震えた。
「え? 今の弾薬庫に直撃した?」
「うーん、主砲天蓋を貫通して弾薬が誘爆したね。一番と二番砲塔、それぞれ一発ずつ』
「嘘だろ……」
須賀は戦慄した。砲塔を狙って、そこに砲弾を誘導したのか。確かに大和型の46センチ砲弾なら、大抵の戦艦の分厚い主砲の装甲も貫けるかもしれないが。
敵二番艦――戦艦『アリゾナ』、轟沈。
「お姉ちゃん、コツを掴んだね……」
妙子は嬉しそうだった。
「たぶん、次は、全門斉射してくるよ」
観測を続ける。2分後、『大和』の標的となった敵三番艦――ネバダ級戦艦の周囲を水柱が取り囲み、それとは別に、被弾とおぼしき閃光と爆発が起きた。
また命中だ。
「やっぱり、九門同時だと制御が甘くなるね」
妙子は論評するように言った。
「二発命中。判定は、大破かなぁ」
しかし、その射撃精度は凄まじく、散布界はほぼ敵戦艦を取り囲む範囲にあって、しっかり夾叉している。普通ならこれでも充分過ぎるのだが――
――こりゃまるで、砲撃演習だな。
敵は長距離から砲撃を受けているのに、反応が鈍い。むしろ護衛の駆逐艦のほうが、慌ただしいくらいだ。
須賀は敵戦艦から、セレター軍港で戦った単調な敵兵士と似たようなものを感じた。どうしてそう思ったのか、確信はないのだが。
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