第97話、風雲を告げるフィリピン海


『大和』からの砲撃は、異世界帝国戦艦群にまったく反撃をさせず、一方的なものとなった。


 敵三番艦『ネバダ』は、二発被弾のあと、次の斉射で四発、艦橋ほか上部構造物を叩き潰されて沈没。


 最後の戦艦であるネバダ級――『オクラホマ』に対しては、初子と妙子、正木姉妹による共同誘導射撃を実施。六発の46センチ砲弾の直撃に、文字通り蜂の巣となり轟沈した。


 戦艦群は始末し終わり、残るは巡洋艦、駆逐艦などの残敵処理であるが、この頃には先発した第九艦隊が到着。


 大型巡洋艦『妙義』『生駒』の30.5センチ砲が、敵巡洋艦を撃破。残存駆逐艦には、『鈴鹿』『水無瀨』ら軽巡洋艦の14センチ自動砲と、駆逐艦隊の猛撃によって、こちらも討ち取られていった。


 かくて、第九艦隊は、異世界帝国分遣艦隊による、日本本土攻撃の阻止に成功した。


 単独航行中の『大和』は、艦隊と合流すべく移動している。

 艦橋にいた神明大佐は、初子が46センチ砲弾の弾道修正を物にした手応えを感じていた。


 本人がこの結果をどう感じているのかは別として、4隻の戦艦を仕留めるのに各砲10発以内に収まったのは、上出来である。


 普通の砲撃戦だったならば、ここまでの命中率は期待できないから、果たして何発の砲弾を消費することになっただろうか。あるいは、単艦で戦艦4隻を沈めきれなかったかもしれない。


 そんな神明をよそに、神大佐は声を弾ませた。


「やりました、完封です! これぞ『大和』! 日本の戦艦です!」


 砲術屋である神は、この戦果に驚喜した。世界最大の46センチ砲を搭載した戦艦による、敵戦艦の撃滅。量を質で砕いたその戦いぶりは、大砲屋が思い描いた理想的なアウトレンジ射撃だった。

 そんな光景を目の当たりにして、興奮しないわけがない。


「異世界帝国、何するものぞ。復活したこの『大和』ならば、鎧袖一触であります! そうだ! これからフィリピンに駆けつけ、連合艦隊と共に敵艦隊を撃滅しましょう!」

「おいおい、調子に乗るな」


 神明は、普段表情に乏しい彼には珍しく、呆れ顔になる。


「まだ試運転を兼ねた投入だ。正規の人員も足りんし、何より今は、正木一人への負担が大きい。無理はできんよ」

「そう、ですか……。それは仕方ありません」


 神は居住まいを正した。神明の言うとおりに、すべて揃っていたら、本気でフィリピンに殴り込みをかけるつもりだったようであった。


「今回は砲撃演習ができたと思って、よしとしましょう」


 しかし旧式戦艦とはいえ、4隻撃沈は嬉しいのか、頬が緩む神である。神明は、数少ない乗員である通信長を見た。


「艦隊の集結と、対潜、対空警戒。今のところ発見されていないが、まだ敵はいるかもしれない。ある程度留まり、安全が確認されるまでは、警戒行動を続ける」

「承知しました」


 通信長が頷くと、神は神明へと視線を向けた。


「まだ、敵はいますかね?」

「撃滅した敵の動きが、露骨だったからな」


 早期に警戒網に引っかかり、本土にその存在が露呈したこと。


「連合艦隊を本土に戻す計略だとは思うが、あからさまだったからな。実はもうひと艦隊、裏で本土攻撃を狙っている、という可能性もなくはない」

「二重の意味で囮だったかもしれないと」

「複数の艦隊が本土攻撃に動いていたとなると、連合艦隊はフィリピンどころではなく、本土へ引き返さざるをえなくなる」


 神明は眉間にしわを寄せた。


「そして空っぽになった東南アジアを、敵艦隊が制圧する」

「なるほど……。戦力分散を狙ったのではなく、連合艦隊そのものを本土に戻して、手薄になったところを奪回する」


 神は顎に手を当て考える。


「そうなれば敵上陸船団は余裕で上陸できますな。そして再奪回に戻ってきた連合艦隊と、基地航空隊なしで、正面からがっつり艦隊同士で決着をつけると」


 ムムム、と神は唸った。神明は微笑した。


「まあ、他に艦隊がいるかはわからんが、ひとまず現状判明している敵艦隊は撃滅したことを軍令部と連合艦隊に知らせておこう」


 特に連合艦隊が、正面にいるであろう敵太平洋艦隊との戦いに集中できるように。



  ・  ・  ・



 敵艦隊、全滅――第九艦隊の報告は、軍令部に届いた。

 そして、すぐさま大本営による発表が行われた。


『大本営陸海軍部発表! 異世界帝国、卑劣にも我が本土を襲撃すべく接近するも、精強なる帝国海軍はこれを発見。猛撃を加え、無敵戦艦「大和」を以て、これを撃滅せり! 戦果、戦艦4隻! 大型空母3隻! ほか巡洋艦4隻、駆逐艦十数隻。我が方の損害、なし!』  


 また、前線の連合艦隊にも報告は飛んだ。


 連合艦隊旗艦、戦艦『土佐』では、山本五十六長官が本土からの通信に相好を崩した。


「第九艦隊がやってくれた」

「これで、敵艦隊との決戦に集中できます」


 宇垣参謀長が首肯した。本土は無事なのか、と不安を抱いていて将兵たちも、これで落ち着くだろう。


「軍令部のいう情報どおりならば、敵太平洋艦隊も、戦艦4隻と空母3隻が抜けているということになりますから……」

「こちらの決戦も多少は有利になる、か」


 山本は、現在判明している敵艦隊の陣容表を見やる。


 前衛であり主力である敵艦隊には戦艦9隻、空母8積、巡洋艦19隻、駆逐艦40隻以上。そして後衛の上陸部隊を乗せた輸送船団にも、小型ながら空母が十数隻と駆逐艦が数十隻いるとされている。


 後衛は船団護衛だから、ひとまず置いておくとして、問題は前衛の戦力だ。数がハワイ沖で通報された艦隊より少なくなっているのでは、と思われたが、第九艦隊が撃滅した戦果を考えれば、辻褄が合う。


 連合艦隊が正面からぶつかるのは、この前衛だ。戦艦戦力ではまだ劣勢ではあるが、空母戦力は、連合艦隊が優勢と言ってよいだろう。本土を襲おうとして返り討ちにあった敵空母が『大型』であるとすれば。


 ただ、大本営の発表は戦果を盛るところがあるから、本当にそうなのかは疑いの余地はあるが。

 山本が物思いに耽っていると、宇垣は言った。


「やはり、敵の大型戦艦を相手にできる『大和』か『武蔵』、あるいは両方がここにあれば心強いのですが」

「フム……」


 気持ちはわからないでもない。しかし『武蔵』は訓練中、『大和』は敵艦隊と交戦したばかりで、修理や補給が必要だろう。……なお山本以下、連合艦隊司令部は、『大和』が無傷で戦闘を終えたとは想像だにしていない。


「無い物ねだりをしてもしょうがない。現有戦力で、敵を撃滅するのみだ」

「はっ」


 第一艦隊の戦艦群の出番は、第三艦隊の攻撃を生き残った艦艇の掃討だ。空母機動部隊が、そのまま敵を全て平らげてしまっても、一向に構わないと思っている山本である。


 だが敵も有力な空母戦力を有している。何故なら、こちらに向かっている敵が主力だから。本土で第九艦隊が戦った相手よりも練度も上であろう。


 こちらも無傷とはいくまい。

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