第786話、大英帝国の誇り
後年、北米大陸侵攻作戦における第一戦闘軍団司令長官の行動については、議論の的となり、評価を分けた。
救援要請に応えず、輸送船団を見捨てた――指揮官としてあるまじき行為と、素人見解ではそうなるのだが、この戦いを研究した者の意見は異なる。
一つは、輸送船団を攻撃している地球側空中軍艦に対して、有効な撃退手段がなく、救援に向かっても戦力を無駄に消耗するだけだから、いかなくて正解だったとするもの。
別の意見では、戦力を消耗することになったとしても、救援に行くべきであった。または、形だけでも体裁を整えるべきだった。それか、返信くらいはするべきだった……というものであった。
確かに撃退はできずとも、主力艦隊が航空隊を送るなりすれば、空中軍艦もそちらへの応戦で、船団への被害を多少は緩和されたのではないか、という意見もあった。
戦力の一部を失っても、燃料や物資を搭載した輸送船を失うよりはマシというものである。北米大陸侵攻のために必要な物資が失われることは、作戦進行を大いに狂わせる。それならば船団は守るべきだった。
だが、この意見に対して、救援したとして船団は守れなかったと反論が出る。その時点で対抗手段がない以上、損耗を極力抑えるのであれば、船団を犠牲にすることで、主力艦隊の温存は正しかった、と。
こうした意見には、第一戦闘軍団の後にも北米大陸侵攻に投じられる戦力があるので、補給を担う輸送船団の喪失は、一時的なものだ、と見る者が多かった。
さらにいえば、陸軍の上陸船団を伴う前衛艦隊の戦況を考えれば、主力艦隊は前衛への後詰めのため、やはり輸送船団に回す戦力はなかったというのだ。
前線の米英艦隊と、増援に現れた日本連合艦隊により、前衛艦隊は数で勝るも優勢と言えず、主力艦隊の前衛支援は必要だったという見方である。
もっと単純な説もある。パニスヒロス大将は、救援要請について何ら返信を返さなかったことから、船団の通信を受信していなかった説だ。
しかし他とは通信も行っていたことから、通信機の故障説は否定され、大気の状態の悪さによる通信障害の可能性も指摘された。
結局のところ、あれこれ説は出たところで、真相が明らかになることは、おそらくこれからもない。
戦争においては、機密指定されることがあれば、当人が黙秘を続けたり、あるいは故人となったことで、わからずじまいのこともあるのだ。
ともあれ、異世界帝国第一戦闘軍団の後方の輸送船団が、空中軍艦によってズタズタにされている頃、前衛艦隊もまた激闘を繰り広げていた。
・ ・ ・
ニューヨーク方面へ進出する異世界帝国前衛艦隊第一群は、イギリス・カナダの連合艦隊と交戦していた。
先制攻撃を仕掛けてきた英軍航空隊を退けた第一群は、ただちに反撃に出て300機ほどの攻撃隊を送り出した。
イギリスの空母は、艦載機の搭載数が少ない傾向にあり、攻撃隊を繰り出した後ならば、それで充分だと、異世界帝国第一群司令長官、メリサ・カログリア中将は判断したのだ。
かくて、異世界帝国軍航空隊は、イギリス艦隊に襲いかかった。
だが、イギリス戦闘機部隊は、果敢かつ大量に、異世界帝国軍の航空隊に攻撃を仕掛けてきた。
レーダーに誘導されたF6Fヘルキャット、シーファイア戦闘機の中隊が、四方八方から挑んできて、異世界帝国軍機は、みるみるその大編隊を削られ、分散していった。
石つぶてのように落下してくるF6Fの12.7ミリ機銃の雨霰が、ヴォンヴィクスやエントマといった戦闘機を散らし、シーファイアMkⅢが7.7ミリと20ミリの混成で機銃弾を浴びせれば、側面を衝かれたヴォンヴィクスが火達磨となり、ミガ攻撃機が煙を吐きながら墜落した。
異世界帝国戦闘機もまた、攻撃機を守るべく、英軍戦闘機隊に立ち向かう。その間に攻撃機隊は、英艦隊へと突き進むが、その間もシーファイア中隊が何度も現れ、ミガ攻撃機に犠牲を強いた。
これは異世界帝国側には意外な展開だった。もしかしたら英軍戦闘機の数は攻撃隊の数より多いのではないか。そう錯覚させるくらいには。
事実、この時の英軍戦闘機は200機を超えており、異世界帝国攻撃隊の戦闘機の数を上回っていた。
そして連続した攻撃は、攻撃隊の打撃力を削いでいき、艦隊まで辿り着けたミガ攻撃機の数は50機にも満たなかった。
これら攻撃機に対して、イギリス艦隊も対空戦闘を開始。13.3センチ、11.3センチ、10.2センチと雑多な高角砲弾が次々に放たれ、アメリカ供給の40ミリ機関砲や20ミリ機銃が、空を焦がさん勢いで撃たれた。
火線にとらわれる機もある一方、果敢にも低空に仕掛けてきた機もあり、ロケット弾や魚雷が投下され、英艦艇に牙を剥く。
全体から見れば微細ではあるが、英艦隊にダメージを与えることに成功したのである。
・ ・ ・
「異世界人も、その敢闘精神は侮れないものがある」
ブルース・フレーザー大将は、旗艦『ライオン』の艦橋から、穏やかになった海面を眺める。
あれだけ激しく打ち上げられていた高角砲弾の炸裂した煙は、今や見えない。日は傾きつつあり、もうじき日が暮れるだろう。
「長官、被害報告が出ました。戦艦『サンダラー』に爆弾2発命中。損傷軽微。戦闘に支障なし。空母『インプラカブル』もロケット弾攻撃を受けましたが、装甲甲板により被害ありません」
「うむ」
「空母『グローリー』に魚雷1本が命中、航行不能。他数隻に至近弾による損傷見られども、いずれも戦闘に問題ありません」
「空母1隻脱落、か。まあ、何とか凌げたというところか」
フレーザーは、こんなものだろうという顔をした。
日米、そして異世界軍に比べ、空母航空隊の物量に劣るのは承知している。空母の隻数を揃えても、肝心の艦載機が他国のおよそ半分程度というのは、現場としては笑えない。ドイツ軍を相手にしていた時は問題はなかったが、多数の空母を揃えた航空戦ともなれば、不利であった。
そこでフレーザーがやったことは、艦隊戦では低速ゆえ役に立てない護衛空母群の活用である。
本隊より後ろにいる護衛空母部隊には、対潜と艦隊の防空戦を担当させることで、不足の艦載機をカバーさせた。
本隊の空母は8隻だったが、これに護衛空母6隻、そしてカナダ艦隊の護衛空母12隻。護衛空母の艦載機数は、それこそ個々では少ないが、18隻ともなれば、その数も侮れない。
異世界帝国航空隊300機の攻撃隊に対して、イギリス側は200機以上の戦闘機を投入して迎え撃つことができたのである。
「攻撃は凌いだが、これからどうするか、だが……」
フレーザーは、航空参謀を見やる。
「我が軍の夜間雷撃隊は、今も通用するのかね?」
今次大戦の序盤、イギリス海軍航空隊は、日米に先んじて夜間雷撃飛行隊を有していた。航空参謀は答えた。
「敵にもレーダーがありますから、夜間での優位はあまりないかと」
「まあ、探知できたとして、それを撃墜できるかは別問題ではあるんだがね」
フレーザーは視線を正面海域に向ける。
「このまま進めば、敵艦隊とぶつかる。あちらさんとしては、航空攻撃で艦隊が半壊しているのを期待したのだろうが……」
「幸い、こちらの損害は軽微です。数的劣勢ではありますが、正面から戦えます」
参謀長の答えに、フレーザーは笑みを浮かべた。
「そうとも。――
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