第785話、要請を無視する勇気


 輸送船団、襲撃を受ける。

 第一戦闘軍団司令長官のパーン・パニスヒロス大将は、そのよろしくない報告を受けて、視線を彷徨わせた。


「ふうん、後ろがやられたか……」


 参謀たちの視線を浴びて、司令長官は手を振った。


「他に何を言えばいいんだい? 敵は我々の活動の生命線である、輸送船団を攻撃に出た。至極まっとうな戦術だ。……本当なら、そんな簡単に後ろの船団を攻撃できないってことなんだけどね!」


 前線の索敵線を抜けて、艦隊後方の船団を叩くなど、普通ならばその前に発見されて迎撃されるものだ。

 だから、たまたま入り込めた潜水艦あたりが一隻か二隻の船を沈めるくらいはあるだろうが、船団に大打撃を与えるような敵が、前線をすり抜けるなんてことは、普通・・ならあり得ないことだった。


「遮蔽、もしくは転移でしょう」


 ニキティス参謀長が、眼鏡をずりあげた。パニスヒロス大将は頷く。


「そう、そうでなければ、まず不可能なはずだ。何より始末が悪いのはー」


 拗ねたような顔になるパニスヒロス。


「敵が、こちらのアステールとそれに類した兵器を用いて、やってのけたことだ」

「……」

「どこで手に入れた? そんなまとまった数が使われたといえば……」


 ゲラーン・サタナス中将が、地球征服軍の最後指揮官であるパパ・サタナス元帥のコネを使って、徴発した機体か。

 ゲラーンは、アメリカの西海岸――サンディエゴを襲撃したが、日米軍の反撃を受けて敗走したという。その際、撃墜されたアステールが敵に鹵獲されたものか。それをこうも早く修理して運用したというのか?


「で、アステールを使ったのは、地球のどの国だ?」

「日本軍です。機体に彼らの言うところの日の丸の識別シンボルが入っていたと報告が入っています」

「……ニホン軍か」


 パニスヒロスは、とても苦い顔をした。席から振り返ると、従兵に、とても苦いカルフィ(異世界コーヒー)を持ってくるように命じる。


 三つあるうちの船団のうち、二つが襲撃された。一つは、日の丸付きアステールが2機。もう一つは、軍艦と円盤が合体したような異様な飛行物体が同じく2機。

 これらの攻撃で輸送船団は、大損害を受けているという。船団から救援要請が、引っ切りなしに送られてきているが……。


「僕はあまりアステール型に詳しくはないが、あれってそんなに長い時間戦えたっけ?」


 航続距離はあるが、武器のバランスが悪く、大威力を維持しながら長時間戦闘できない代物であった。

 大出力熱線砲は、威力と引き換えに連発不能。光線砲は、砲身の加熱から各砲二発を撃つのが限界。残るは8センチ光弾砲二十門であるが、軽装甲な物体はともかく、堅牢な防御陣地や重装甲の敵に対しては、あまり効果的な武器とはいえない。

 パニスヒロスの疑問に対して、ニキティスは答えた。


「駆逐艦や輸送船が相手ならば、小口径の光弾砲だけでも長時間戦闘は可能です」

「……可能かぁ」


 我らが司令長官は額に手を当てた。


「さて、ここで問題だ。そんな小口径光弾砲が届く距離ならば、護衛の駆逐艦でも迎撃は可能ではあるが撃墜できず、こちらに救援を求めている……」

「アステールはあれで重装甲ですから、対空・対艦両用の光弾砲程度では、破壊は不可能でしょう」

「そう、重装甲だ」


 従兵が届けたカルフィを受け取り、パニスヒロスは冷ましながら啜る。


「何なら、あれの装甲が抜ける? しかも空を飛んでいる敵に、だ」


 呟くような声だが、冷静な参謀長は答えられなかった。

 航空機の爆弾やロケット弾は効かず、戦艦の大砲では狙っても、まず当たらない。オリクトⅡ級の熱線砲も、空中の敵は狙えない。


「非常に厄介なものを作ってくれたものだ。もう、アステールを量産すれば、艦隊はいらないんじゃないか?」


 パニスヒロスは冗談ではなく、割と本気でそう言った。大挙と言わず、複数でも一個艦隊を容易く葬り、この戦争も決着がつく。


「日本軍は、アステールを撃墜できる能力を持っています」


 ニキティスは指摘する。大量に作られたアステール型は、確かに地球を席巻しようが、日本軍はそれを撃墜できる術を持っている。最終的には、ムンドゥス帝国が押し切るだろうが、アステールにもそれなりの損害が出るのではないか。


「ニホン軍に出来て、我々には出来ない、か」


 フン、とパニスヒロスは鼻で笑う。


「ムンドゥスの偉大なる科学力が生み出したそれを、作った当人が攻めあぐねているのに、地球人にはそれができる。……嫌になるね」

「そうですね」


 ニキティスは認める。


「アステールにはアステールをぶつける手もあるのですが――」

「アミナ航空基地は、やられたんじゃなかったか?」


 ダカール近郊にあるアステールの基地は、日本軍の奇襲部隊が襲撃していると一報が入っている。アヴラタワーを破壊された結果、近隣のムンドゥス帝国陸軍部隊が動けず、救援にも行けていないと聞く。


「まったく、先手を打たれたね。いや、先に基地を叩いて、こちらのアステールを封じてから、あちらのアステールを出してきた、というべきか」


 気に入らない、とパニスヒロスが言った。


「救援要請だけど……どう思う、参謀長?」

「……」

「だろうね。どうしたものか」


 パニスヒロスは、わざとらしく苦い顔をした。


「救援を送っても、撃墜できない。形ばかりの応援を送っても被害が増えるだけ。かといって、助けを求める部下に何もしないのは、司令長官の器を問われるわけだ」


 責任と義務。貴族は民を支配するが、貴族もまた民に対する義務を果たさなければならない。それを怠れば、民は貴族を見放す。見捨てられた貴族は、裸の王様だ。

 助けにいっても無駄。助けに行かねば、全軍の士気に影響する。


「何か有効な手段があれば、いいのだが……。テシス大将に相談してみるか……?」


 そう口にしたパニスヒロス。そこへ通信参謀が緊張の面持ちで現れた。


「閣下、輸送船団より、再度、救援要請です。これ以上は……」


 通信から悲鳴が聞こえそうだった。パニスヒロスは優しく言った。


「まだ返事はしていないな?」

「はい、閣下。ですが、そろそろ限界かと」


 時間は待ってくれない。指揮官は、その時その時に判断を下さねばならない。パニスヒロスは顔を上げた。


「ニキティス参謀長、僕は睡眠薬を飲んで休んでいる」

「は? は――」

「最近、徹夜が続いている僕には、正常な判断力を養うために休養が必要というわけだ」


 パニスヒロスは通信参謀に振り返り、片目を閉じた。


「というわけで、僕は睡眠中だ。救援要請については、何も返さなくてよい。そのままにしておきなさい」

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