第796話、その頃、ジブラルタル海峡では――
アメリカ東海岸の上陸を巡って、地球勢力とムンドゥス帝国第一戦闘軍団が激闘を繰り広げている頃、ところ変わって地中海。
大西洋へ進出を狙う第二戦闘軍団は、相も変わらず立ち往生を強いられていた。
「もう、戦いは始まっているというのにな」
第二戦闘軍団司令長官、ピリア・ポイニークン大将は、ここ数日で少し痩せたようだった。
イコノモス参謀長に言わせれば、ここ数日の彼女は非常に精神的に不安定であった。
それもこれも、ジブラルタル海峡を塞ぐ巨大氷山のせいである。
戦艦の装備する熱線砲による氷山破壊策は、啓開した回廊に通過中の味方艦が潰れるという大惨事が起きて以来、実施されていない。
回廊を作らず、全体を少しずつ削れば、と提案する参謀もいたが、その作業は時間と、戦艦の熱線砲による消耗度合いからみてもナンセンスだと却下された。
一部に大きく回廊を作ったところで、潰されては元の木阿弥。全て消滅させる勢いで壁全部を削るのも、艦隊を広く展開させたところで無駄が多く、転移装置を搭載した艦がつくまでに終わらないと予想された。
そんなわけで、無為に時間を潰しつつポース級転移装甲艦を待っていたら、到着を前に、地中海に潜んでいた敵潜水艦の雷撃を受けて大破し、味方艦による曳航、修理が必要となった。
この時のポイニークン大将の焦燥は相当なものであった。第一戦闘軍団との合流困難と通信を命じた時の彼女は、この世の終わりのような顔をしていた。
地球征服軍司令部も、第二戦闘軍団からの報告には大いに落胆したが、見捨てることはなかった。
今度は、ゲートを発生させて、ゲート同士で移動が可能なキュクロス級ゲート巡洋艦を地中海に派遣したのだ。
そしてそれが、厳重な警戒のもと、第二戦闘軍団に明日、合流するとなったところで、先に送られ、そしてやられたポース級転移装甲艦が、応急修理を終えて到着した。
第二戦闘軍団からすれば、今さらか!――と憤慨ものである。
そもそも、今さら氷山防壁を転移で動かしたとして、第二戦闘軍団は、第一戦闘軍団の戦闘に間に合わないのだ。
ここからアメリカ東海岸まで進撃するよりも、キュクロス級ゲート巡洋艦で、そのまま転移したほうが断然早いのだ。
しかし――
「あの目障りな氷の壁を排除しておこう」
ポイニークンは命じるのである。
「ないとは思うが、到着前にゲート巡洋艦がやられでもしたら、一大事だからな」
それでまたも足止めなどされたら、ポイニークンとその参謀たちは、地球征服軍のサタナス元帥か、あるいは本国の皇帝陛下の手によって処罰が下されてもおかしくない。
「無意味かもしれないが、もしもの時のため……万が一、自力で大西洋を横断せねばならなくなくなった時のために、あの壁を転移させてしまおう」
参謀たちは、ポイニークンがよほどの恨みをあの氷山防壁に募らせているのを感じ取った。第二戦闘軍団が、いまだ地中海から抜け出せずにいるのは、想定外のトラップとはいえ、全軍の物笑いの種になっていることくらいは理解していた。
『ポース級転移艦、配置に付きました!』
オペレーターの報告に、ポイニークンは頷きだけ返した。その視線は、親の仇のように、艦隊正面にデンと立ち塞がる氷の壁に向けられている。
ポース級が、艦隊の前に出た時――敵が攻撃してくるのでは、と危惧もあったが、幸い何もなく、すっと音もなく、ジブラルタル海峡を塞いでいた氷壁を消滅させた。
『氷山防壁、転移!』
おおっ、と司令塔内に安堵の声が上がる。第二戦闘軍団を悩ませていた巨大障害物が消えたのだ。
「やっと……!」
万感の思いを胸に、ようやくポイニークンの表情に笑顔が浮かんだ。
「よろしい。これで地球人どもも思い知ることになるだろう。我々、精強なムンドゥスの勇者たちを止めることは、誰にもできないということを!」
激情のこもったその声、かつての凜とした指揮官が戻ってきたことに、参謀ほか司令塔の者たちは、身が引き締まる。
「艦隊へ。大西洋へ前進!」
地中海を脱し、大西洋へ怒濤の進撃。第二戦闘軍団はジブラルタル海峡を通過する。
イコノモス参謀長は、周りに聞こえないよう低い声を出した。
「よろしいのですか? キュクロス級ゲート巡洋艦と合流するのを待つのが時間の節約になりますが……?」
「言うてくれるな、イコノモス」
フッとポイニークンは口元を緩めた。
「さほどの時間の差もあるまい。……それに、大西洋に進出するはずだった、我らが同胞たちへのせめてもの供養でもある。彼ら勇士たちが目指した先へ、我々は進んでやらねばならない」
「はっ――」
あの氷山防壁を抜ける途中で潰された艦の乗員たち。立ち往生中に、見えない敵からの空爆で犠牲になった者たち。第二戦闘軍団も少なくない犠牲者を出している。
ポイニークン座乗の第二戦闘軍団旗艦と主力艦隊が、堂々たる艦列を形成し、巡航速度で海峡を抜ける。
ムンドゥス帝国の旗のもと、精強なる行進である。
広大な大西洋。遮るもののない海。この遥か水平線の彼方には、アメリカ大陸。遅参ではあるが、第一戦闘軍団の戦う戦場へ今――
ポイニークンの視界が真っ白に染まった。それが彼女の知覚した最期だった。
・ ・ ・
第二戦闘軍団の艦隊は、転移によって戻ってきた氷山防壁に激突した。
旗艦であるキーリア級超戦艦も、圧倒的な質量の激突に耐えられず、戦艦、空母、その他諸々、そこに存在していたすべてが潰された。
氷山防壁を使ったジブラルタル封鎖のチ号作戦において、神明 龍造少将が指示した通りの展開だった。
敵が、転移照射装置で別の場所へ氷の壁を転移させたなら、その場に転移で戻るよう細工する。
チ号作戦遂行を見守る柳本 柳作少将は、彩雲偵察機から、異世界帝国艦隊旗艦を含む主力艦の多くが氷山防壁に衝突し果てた報告を受けて、無意識に笑みを浮かべた。
まんまと敵は罠にはまったのだ。
これで地中海から北米を目指そうとしていた艦隊は、当面の間、戦力外となろう。あれほどの規模の艦隊の旗艦が沈んだとなれば、異世界帝国でも相当な地位の提督が戦死したことになる。主力艦隊も半数以上を失い、これまでの累積ダメージも含めて、再編成不可避である。
「では、落ち武者狩りといこうか」
柳本は、決して多いとは言えないチ号部隊の戦力を用いて、旗艦を失い、未だ立ち直れずにいる第二戦闘軍団に攻撃を加えた。
氷山防壁が戻ってきたことで、移動できる巨壁に恐れをなし、地中海へと退却を始める異世界帝国残存艦。統一した指揮の掌握が遅れているのか、潮が引くように下がる異世界人の艦艇は、隊列も整っていない。
そこへ、見えない航空機からの攻撃が加わり、混乱は加速する。ろくな対策も取れないまま、勝手な回避で味方同士で衝突する醜態さえ晒す。
「果たして、クレタ島の転移ゲートまで、どれくらいが辿り着けるかな?」
柳本は呟く。
地中海には、ドイツのZ艦隊が送り出したUボート部隊が展開している。……氷山防壁を転移ビームで移動させる予定だったポース級転移装甲艦が雷撃されたのも、それだ。
主力艦隊は、米東海岸を守るため、かつての連合国の艦隊と共闘しているが、ドイツの誇るUボート戦隊は、ここ地中海で第二戦闘軍団の兵站線をチクチクと攻撃していたのである。
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