第797話、第一戦闘軍団、戦闘開始


 第二戦闘軍団の増援が、絶望的になった頃、主戦場であるアメリカ東海岸の、第一戦闘軍団は、日米主力艦隊と雌雄を決しようとしていた。


『第三群より報告。北方より、アメリカ主力艦隊が接近中。戦艦16隻を中心とする水上打撃部隊』


 第一戦闘軍団旗艦、キーリア級超戦艦『キーリア・デオ』の司令塔で、司令長官のパーン・パニスヒロス大将は、事務的な表情を崩さなかった。


「もう一撃くらい空襲があると思っていたが、どうやら艦隊を叩けるだけの魚雷や大型爆弾を使い切ったとみえる」


 前衛・第二群との戦闘、そして第三軍とパニスヒロスの主力艦隊への攻撃で、空母や揚陸艦隊は全滅させたが、それで打ち止めだったようだ。

 だからこそ、アメリカ艦隊は、戦艦部隊でトドメを刺しにきたのだ。


『南方より、日本艦隊を発見。戦艦8隻、大型巡洋艦4隻を主力とする艦隊――』


 日本海軍も戦場に追いつきつつある。しかしパニスヒロスは眉をひそめた。


「戦艦が8隻……? 昨日までの報告では、ニホン艦隊の戦艦は20隻はいたはずだが……?」


 数が合わない。作戦参謀が発言した。


「昨晩の夜戦で、第四群、第五群が敵を半減させたかもしれません」


 通信が途絶した二つの前衛艦隊。日本海軍と交戦したのは間違いないが、生存者の報告がなかったせいで、敵にどれほどのダメージを与えたかまるでわからなかった。


「確かに、ウォークス君とスパガイ君が、その命を賭して使命を果たしたのならば、それくらいのことはやってくれたのかもしれん」


 勇者よ――パニスヒロスは、そっと瞑目し、短く神に祈った。ムンドゥスの神のもと、勇者たちに祝福あれ。


「元気な艦を揃えても、ニホン艦隊は半減している、か。よろしい。作戦を通達する。第三群は、南方より接近中のニホン艦隊を相手せよ。我々、主力はアメリカ艦隊を叩く!」


 第一戦闘軍団、主力艦隊は北へ舵を取り、前を行く第三群は、南へと針路を向けた。

 熾烈なる砲撃戦の幕が開かれようとしていた。



  ・  ・  ・



 第三群司令官、ラドラン・マラガ中将は、第一戦闘軍団総指揮官であるパニスヒロスから、日本艦隊を撃滅せよと命じられた時、無意識のうちに右手を左手の平に打ち付けていた。


 スキンヘッドの寡黙な男である。しかしその内心は、第五群の司令官であるスパガイ中将の仇討ちの機会を得たことに闘志を高めていた。かの司令官は、マラガにとっては同期の友人であったのだ。


 第三群は空母を全て喪失したが、オリクトⅡ級戦艦20隻は健在だ。重巡洋艦19、軽巡洋艦16、駆逐艦35、さらにルベルクルーザー29が、マラガの手持ちの戦力である。


『日本艦隊の陣容を確認。戦艦8、大型巡洋艦4、重巡洋艦14、軽巡洋艦12、駆逐艦23』

「司令、どの艦種も、我が方が敵を圧倒しております」


 参謀長のポアー少将が事務的に告げた。


「ここは正面から敵を捻り潰し、パニスヒロス大将の主力と合流致しましょう」

「……うむ」


 現状の戦力から、日本艦隊よりもアメリカ艦隊の方が規模が大きい。数が少ない日本艦隊を早々に片付けて、主力と合流。戦力を倍増させたところで、一挙に敵を殲滅するのである。

 最初から第三群と主力で共同し、片方を脱落させる手もあるが、その間にもう片方から背後に回られると面倒だった。ムンドゥス帝国の戦艦は、基本前方には強いが、後方には火力半減以下になるのである。


「……敵に粘られるのも困る。手早く仕留める。全艦隊、突撃隊形!」


 戦艦部隊10隻ずつ、二つの横陣に展開。それ自体が、壁のように敵へと切り込む。巡洋艦部隊は、その両側について、日本艦隊の予想針路上に網をかけるように広がり、その行動に制限を強いる。


 日本艦隊は、何とか第三群を迂回して、米艦隊と合流。共同で主力艦隊と戦う手を選択するかもしれない。その場合は、主力艦隊は日米と互角、数の上ではやや劣勢になる可能性もあった。

 そうさせないために、全力で第三群に向かってきてもらわはなくてはならない。それが、スパガイ中将の仇討ちともなろう。


『日本艦隊、一斉に取り舵!』

「やはり、こちらの迂回を狙いますか」


 ポアーは、どこか見下すように、日本艦隊の動きについて言った。だが、アメリカ艦隊と合流するには、その頭を押さえつつある重巡洋艦戦隊を突破しなくては叶わない。

 そうこうしているうちに、その縦陣に、ムンドゥス帝国戦艦群が突撃する。


『間もなく距離2万5000』


 頃合いである。日本戦艦も、とうに射程に入れているのだろうが、遠距離砲戦を好まないのか、ここまで撃ってきていない。


「第四、第五群との戦闘で砲弾を消費しているのでしょう」


 ポアーは、やはり傲慢さを滲ませる。


「無駄撃ちを避けたいのでしょうが、そんな状態でよくもまあ我々の前に現れたものです」

「……油断は禁物だ、参謀長」


 マラガは、双眼鏡を手に持った。


「……同胞たちがその身を犠牲にして得た機会だ。無駄にはせん」

「はっ!」

『距離2万5000に到達!』

「射撃始め!」

『敵戦艦、発砲!』


 この距離での砲戦。日本艦隊も同じ考えだったようだ。オリクトⅡ級の50口径40.6センチ三連装砲四基十二門が、前方の敵に全力射撃をかける中、腹を見せる日本戦艦もまた艦首、艦尾の全砲門を向けて撃ち込んでくる。


「……敵の先頭は、ヤマトクラスではないのか?」


 双眼鏡を覗き込むマラガが呟くように言えば、参謀長も双眼鏡を手に持った。


「――艦首に二基、艦尾に一基。……この配置は、ヤマトとキイ、あとミノ、あるいはイヨクラスでしたか」


 識別表を見た記憶を照らし合わせて、ポアーは眉をひそめる。


「確かに、ヤマトクラスにしては、聞いていたより小さく感じますな」


 これまでの交戦記録から識別表はあっても、実際に見るのは初めてである第三群将兵である。


「しかしまあ、今回の戦いもそうですが、日本軍はインド洋でも一戦やった後ですから、ヤマトクラスではなく、使える艦を旗艦に据えているだけではないですか?」


 かの猛将ヴォルク・テシス大将の艦隊とやって、無傷で大西洋にこられるはずがないのだ。噂にある50センチ砲クラスの大戦艦の姿もなさそうなのが、それを物語る。


「40センチ砲クラスの戦艦ばかりならば、50口径を使い、さらに数に倍以上の我々が負ける道理はありませんな」

『シールド、展開します』


 司令塔に響いたアナウンス。直後、頭上で爆発音が連続した。


「……当たりましたな。4、5発ほどですかな?」

「……噂には聞いていたが、日本軍の砲撃命中率は、優れているようだ」


 初弾から目標を囲い込むような弾着――挟叉ではなく、命中させてくるのだから恐ろしい。

 艦砲による遠距離の射撃とは、当たるように努力を重ねに重ねた上で、当たるまで撃つものである。だからさも当然のように弾着修正もなしに当ててくるというのは異常と言ってもよい。


「だが、距離を縮めれば必然的に命中率も上がる。数で勝る我が方に負ける要素はない」


 マラガの自信は揺るがなかった。

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