第530話、ベンガル湾航空戦


 第九艦隊の空母、特務艦から、戦闘機171機、攻撃機159機、偵察機6機が飛び立った。

 その機体は、烈風、零戦五三型、九九式戦闘爆撃機、流星艦上攻撃機、二式艦上攻撃機と雑多な編成である。この辺りは、如何にも主力ではない地方警備部隊らしさがある。


「第一次攻撃隊、発艦完了!」

「よろしい。第二次攻撃隊の発艦準備を始めよ」


 新堂 儀一中将は命じた。第一次攻撃隊が出て、間髪を入れず次の攻撃隊を送り出す準備にかかる。

 臨時編成で第九艦隊に配備された水上機母艦『千歳』『千代田』『瑞穂』ならびに、哨戒空母3隻からも少数ながら艦載機が準備される。第一次攻撃隊と比べると明らかに数は少ない。


 だが第二次攻撃隊の意図を考えれば、数は大した問題ではなかった。

 倉橋参謀長は言った。


「第一次攻撃隊は、駆逐艦と輸送艦を攻撃。手薄になるだろう敵空母には、第二次攻撃隊をぶつける……」

「第八艦隊が楽になるようにな」


 336機の第一次攻撃隊で、敵艦隊を全滅できるとは、新堂も考えてはいない。敵戦艦や小型空母には防御障壁があり、まともにやればこちらの爆弾の消費が大きくなる。こちらには障壁貫通弾は回されていない。だから敵を完全に叩くなら、第八艦隊の船団突撃は必須だと考えている。


「日高見の航空隊も、こちらに来てくれる」


 巨大海氷飛行場『日高見』の第一航空艦隊――基地航空隊が一式陸上攻撃機や、銀河双発爆撃機などを繰り出してくれる手はずとなっている。

 第九艦隊航空隊の討ち漏らしの他、あわよくば戦艦、空母を戦闘不能にしてくれれば……と思う。


「攻撃隊がどこまで敵を削れるか、だな」


 インド上陸を阻止できるのは、第八、第九艦隊のみだ。セイロン島を守った連合艦隊主力は、弾薬切れで支援にはこられないだろう。――我々がやるしかないのだ。



  ・  ・  ・



 ムンドゥス帝国カルカッタ上陸船団は、オーストラリア方面艦隊が日本軍と交戦し、敗北が決定的になった時から、いつ自分たちが日本軍の攻撃にさらされてもおかしくないと考えた。


 そしてそれは現実のものとなる。艦隊の南東方面から、多数の航空機が接近。味方ではないなら、敵である。

 グラウクス級小型空母の飛行甲板を蹴ってヴォンヴィクス戦闘機が飛び立ち、支援輸送艦からもスクリキ無人戦闘機が、緊急射出される。


 艦上戦闘機180機が迎撃に向かい、無人小型戦闘機が艦隊直掩に200機が待機する。接近する攻撃隊の数から、同数の戦闘機を展開させることができたカルカッタ上陸船団。


 しかし、それはすぐに覆る。

 索敵の警戒駆逐艦が、それとは別の航空機の編隊を捉えたのだ。


 現れたのは350機ほどと、先の攻撃隊とほぼ同数に近い。複数の機動部隊に狙われているのか――船団護衛部隊司令官、ゾイロス中将は、苦い気分になる。護衛部隊の指揮官という、地味な役目に嫌気がさしている若き指揮官は、何とか悪態を胸のうちに秘めた。――オーストラリア方面艦隊は、日本軍を引きつけたのではなかったのか?


 支援輸送艦から追加のスクリキを展開させて、防空網を強化する中、先に放ったヴォンヴィクス戦闘機180機が、敵第一波と交戦に入った。

 その直前に、バタバタとヴォンヴィクスが十数機落ちたようだが、残りは日本機との空中戦闘に入った。


 光弾砲や機銃が飛び交い、天地がひっくり返るような空中戦が展開される。宙返りで敵機の後ろへ回り込む零戦。流星艦攻を阻止すべく、突っ込むヴォンヴィクス戦闘機の横合いから光弾機銃を浴びせる烈風。ダイブアタックを仕掛ける九九式戦爆。

 搭乗員たちの目が動き、頭を働かせて、体と機体の限界まで激しい機動を繰り返す。そんな目まぐるしい空中戦も、艦隊のレーダー員には無機的な光点に過ぎない。


 そんな戦闘機同士の戦いを潜り抜けて、攻撃機を中心とする編隊が船団に迫った。

 さらに別方向からの敵攻撃隊第二波も向かってくる。第一波150、第二波350。船団上空には400機のスクリキ戦闘機が展開し、敵の迎撃に動き出した。

 無人戦闘機群は、搭載した機銃を唸らせるが、敵編隊もまた戦闘機を繰り出し反撃してくる。


 特に第二波は、無傷なので多数の戦闘機がいるのが予想された。一方の第一波に向かわせた戦闘機隊は、上手く敵をばらけさせる。おそらく戦闘機の数が足りないのだろう。敵攻撃機が、スクリキ戦闘機に取り付かれて、撃墜されていく。


 が、これは認識が甘かった。

 敵第一波は、長距離から誘導弾を投下していたのだ。


 そして想像通り、第二波攻撃隊は、ある程度まとまった数が船団に迫り、こちらも誘導弾を放った。100機を超える一式陸上攻撃機――第一航空艦隊所属機による多数の誘導弾が迫る。


「護衛部隊へ。対空戦闘、開始せよ!」


 船団各艦に命令が発せられた。射程に入り次第、高角砲や対空砲が敵誘導弾を迎撃するのだ。

 しかし、正面から極めて小さく見える対艦誘導弾を捕捉して、迎撃するのは難しい。


 戦艦と小型空母は、防御シールドを展開する。おそらく日本軍は誘導弾で空母を狙う。だから小型空母といえど、残存することが輸送艦を守ることに繋がるのだ。

 だが、日本軍の攻撃は、護衛の駆逐艦と輸送艦に集中した。


「手順が違うじゃないか。敵は空母を狙ってくるんじゃないのか?」

「司令官、敵はシールドを嫌って防御の弱い艦艇から狙っているのでは……」


 先任参謀の指摘に、ゾイロス中将は歯噛みしたが、後の祭りである。

 虫に喰われる葉のように、船団の陣形が崩れていく。護衛艦艇の4、5倍近い数の輸送船である。戦闘機なしでは、とてもカバーできるものではなかった。


 艦隊南東側の駆逐艦が真っ先にやられる。シールドを展開する戦艦、小型空母は何もできず、通過していく誘導弾を見ていることしかできなかった。

 着弾、物資や燃料に引火し輸送艦が爆発炎上する。対空砲火のカバーもなく、さらに戦闘機を突破した日本機が、防衛線の穴に殺到する。


「敵が船団に入り込んでくるぞ! 護衛の駆逐艦を回せんのか!?」

「船団の列を乱れさせるような移動はできませんよ!」


 焦りから口論じみた口調でのやりとりになる司令部。そうこうしているうちに、船団上空に侵入した九九式戦闘爆撃機が、ロケット弾で輸送艦を攻撃し始めた。


 被害が拡大する。スクリキ戦闘機が迎撃に向かうが、それを撃退する前に輸送艦に火をつけられたのでは手遅れもいいところだ。

 しかし、やはりスクリキ戦闘機の数のおかげか、日本軍の攻撃は長くは続かなかった。遠距離からの誘導弾攻撃の後、翼を翻していく日本機は増えて、そのまま引き上げていったのだ。

 ゾイロス中将は、舌打ちをした。


「被害を受けた艦艇数をそれぞれ報告。一部の駆逐艦は、航行不能になっている船の乗員救助を行え」


 半分にまで減ったヴォンヴィクス戦闘機が、艦隊上空に戻ってくる。スクリキ戦闘機もある程度減っているようだ。それぞれ燃料、弾薬の補給のため、母艦へと戻っていく。


「船団はどうだ? ……食われたのは一部か?」

「ざっと見て、5、60隻くらいでしょうか。駆逐艦が半分くらいやられたようで、そちらのほうが深刻かと」


 先任参謀の報告に、ゾイロスは渋い顔を崩さない。護衛艦が減れば、潜水艦などから雷撃される確率が跳ね上がる。これだけの船団だ。適当に撃っても、輸送艦を何隻か沈められてしまいそうだ。


「忌々しいことだ」


 呟くゾイロスだが、災厄はまだ終わっていなかった。

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