第16話、第九艦隊の扱い
戦艦『土佐』。山本長官らと神明大佐の話し合いは続いていた。
「――実際のところ、一部能力者の力が必要なものもありますが、能力者がなくとも新装備が使えるように、すでに開発は進んでいます」
神明は事務的に告げる。
「使い方さえ覚えれば、今の連合艦隊でも運用が可能です」
「それは素晴らしい」
山本は強く頷いた。
聞けば、誘導弾および誘導魚雷と、その誘導装置が量産できれば、前回の敵追撃部隊を攻撃した九七式艦攻と同じことが、今の一航艦やその他航空隊でもできるようになる。
これらの誘導兵器は、巡洋艦や駆逐艦に配備すれば、水雷戦隊の魚雷命中率が飛躍的に向上し、二線級の艦艇や旧式艦でも魚雷発射管を持っていれば、それだけで強力な戦力になり得る。
また、敵の攻撃からダメージを軽減させる魔力板を取り付けることで、航空機から艦艇まで、重い装甲や防弾板を装備せずとも防御性能を上げることが可能という。
この魔力防弾は、かねてより指摘のあった日本機の防御力の低さを改善する――山本は大いに期待した。
現在のエンジン馬力では、どうしても防御は軽視せざるを得ず、使う側からしても苦渋の選択だったから、能力を落とさずに防御力を上げられるのは、是非とも欲しい。
他にも魔力の波を放射し、それを観測することで物の位置や数を探る索敵魔法。波などによる抵抗を軽減させ、艦艇の速度を向上をさせる魔法等々……。
「宇垣君、黒島君。どう思うね?」
「正直、聞いた限りでは、まだまだオカルトじみてはいますが……」
黒島先任参謀が眉をひそめれば、宇垣参謀長は真顔で言った。
「しかし、どういう仕組みであれ、我々はその効果を目撃しております。信じる他ないでしょう」
「……そうだな」
むしろ魔法と言ってくれたほうが、まだ納得できるところもある。わからないが、わかる。何とも矛盾した理解である。
神明は続けた。
「これらの魔法を研究し、それを元に装備を開発する――それが我が魔技研の存在意義でもあります」
そもそも――神明の瞳に力が宿る。
「いま、長官が乗艦されているこの『土佐』をはじめ、第九艦隊と呼ばれる艦艇は、先にも申し上げた通り、一度は海に没したもの。それらを回収するのも魔法、再生させたり、新しく作り直したりするのもまた、魔法なのです」
「確かに……」
山本は、神明から提出された書類――第九艦隊編成表と、その艦艇が元は何だったのかの説明書きに目を落とす。
現在、『第九艦隊』と呼ばれる魔技研が再生させたという艦艇は、戦艦6、空母4、大型巡洋艦4、防空巡洋艦4、駆逐艦16というかなり有力な艦隊だ。
戦艦は、『土佐』『天城』『薩摩(合成)』『ワシントン』が、45口径41センチ砲を主砲に搭載。
残る『バイエルン』『バーデン』は、38センチ連装砲4基8門装備となっており、スペック上、長門型に近い性能に近代化改装もされていた。
――我が海軍の艦に、独、そして米艦か。よくもまあ、回収したものだ。
大西洋へ行って、引き上げ、それも誰にも気づかずにやり遂げる。まさしく魔法なのだろう。そうとしか説明できない。
――きっと、これ以外にもまだ魔技研は、再生した艦を持っているのだろうな……。
山本は、資料を再度見やる。
空母4隻は、いずれもドイツの巡洋戦艦をベースにしており、常軌を逸する大幅な船体延長がなされて、蒼龍・飛龍以上、翔鶴型未満というサイズとなっている。その艦載機搭載能力と速力は、これら主力空母に準じたものを持っている。
そして大型巡洋艦。こちらは、ドイツの弩級戦艦ケーニヒ級を改装したものだという。主砲を減らして、そのスペースを機関に充て、機関も新しくしたことで30ノット以上の速度を獲得。主砲は50口径30.5センチ連装砲4基8門を装備する。
――この手腕は、確かイタリアがやっていたような……。
旧式の弩級戦艦、コンテ・ディ・カブール級やカイオ・デュイリオ級が、まさにそういう改装をして、速度を21ノット前後から27、ないし28ノットに向上させていた。
それはともかくとして、この戦艦から大型巡洋艦となったケーニヒ級は、昨年、昭和16年に計画された第五次海軍軍備充実計画――⑤計画にて、策定された超甲型巡洋艦、弩級戦艦級の31センチ砲を搭載した巡洋艦に匹敵するものとなっている。既存の甲巡――重巡洋艦を上回る戦力だ。
防空巡洋艦については、日本海軍が旧式軽巡洋艦を防空艦に改装しようとした計画案に近いレベルのものであり、これについては特に言うことはない。
予算と消費する資材、また費用対効果について疑問がもたれたために実施されなかった防空艦案のそれが、別途用意されていた、ということになる。
駆逐艦についても、第一次世界大戦時のドイツ駆逐艦を作り直したものであり、性能でいえば、特型以下、二等駆逐艦レベルだった。
だが、第九艦隊の艦艇が以後、連合艦隊に編入されれば、トラック沖海戦で失った分をある程度補填できる。
修理のため離脱する艦艇のことも考えれば、是が非でも欲しいところだ。
山本がリストに目を通していると、宇垣が口を開いた。
「それで、神明大佐。この第九艦隊は、日本海軍の所属でいいのか?」
「もちろんです」
魔技研の本拠地、九頭島の施設で、艦船スクラップを使った実験や研究をしていたら、あれだけの数になったのだという。魔技研が海軍内の組織である限り、これらの研究素材を海軍が活用するというのであれば、提供するだけだと、神明は答えた。
これを聞き、山本と宇垣は心配は杞憂であったとわかり、安堵した。
『土佐』『天城』ら強力な戦艦6隻に、高速空母も加わる。トラックを奪回するのは先になるだろうが、そのための時間もある程度短縮されるだろう。
「ですが――」
神明は神妙な調子で言った。
「魔技研としては、今後の研究のため、一部装備や艦艇、人材はこのまま魔技研に預けていただきたい」
例えば、正木初子が操る弾道修正装置や、能力者たち。今後、連合艦隊に配備したいと考える新装備を製作するために、有力な能力者を引き抜かれては困るという。
「正木大尉の能力は、是非に欲しいところではあるが……」
黒島ははっきりと言った。宇垣も同感である。砲弾が初弾から面白いように当たる術は、砲術屋としては手放したくない。
「彼女の能力は、より高性能な艦艇制御装備の研究のために必要です。また最終的には、能力者がなくても、同様の効果を発揮する技術を作らねばなりません。万が一、正木に何かあって、能力が発揮できませんでは、戦場では困るでしょう」
人は機械ではない。魔力や魔法も、その人間の精神状態、健康状態に大きく影響される。
「了解した」
山本は手を組み、静かに頷いた。
「私個人としては、神明君の意向を大いに尊重したいと思う。だが正式な決定は、海軍上層部が決めることだ」
そこで山本は自嘲した。
「今回の敗戦で、私はおそらくクビだろう。連合艦隊司令長官として、敗戦の責任は取らねばならないからね」
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