第15話、能力者


「魔術応用兵器……」


 戦艦『土佐』。魔技研の神明大佐から説明を受けていた山本五十六長官は、その言葉を反芻した。


 九七式艦上攻撃機が、敵駆逐艦に投下したロケット推進弾も、『土佐』『天城』などの第九艦隊戦艦群が見せた、恐るべき集束を見せた斉射も、言ってみれば魔法が深くかかわっているという。


「当初は……いえ、物によっては、今もですが、魔法を使う力を持つ者――我々は『能力者』と呼称していますが、能力者たちが使用することで、その力を発揮します」


 神明は、傍らに控える女性士官、正木初子大尉を指し示した。


「能力者……」

「正木大尉は、『土佐』と『天城』の射撃管制装置を操り、先の海戦で敵戦艦を撃沈しました」

「何と……」


 宇垣参謀長が絶句した。黒島先任参謀が片方の眉を吊り上げた。


「つまり、それが魔法ということか」

「まさしく」


 西洋では魔法使い、魔女がいたという。目の前のうら若き女性が、戦艦の主砲を操り、敵戦艦を撃沈した。あの異常な砲弾集束を目の当たりにしていなければ、たちの悪い冗談だと一蹴しただろう。


 いや、それでも――宇垣は、まだ信じられずにいた。黒島は腕を組む。


「神の技、いや、神通力とでもいうのか。いっそ巫女さんの格好をしていれば、それらしく――」

「黒島君」

「失礼しました、長官」


 黒島は背筋を伸ばした。巫女か――宇垣も想像する。この正木大尉が、巫女衣装を着ていてもさぞ似合うだろう。何というか神聖なものを、彼女の伸びた背筋や姿勢から感じる。


「神明君。私は魔法や能力者というものに初めて接するのでよくわからないのだが――」


 山本は言った。


「この能力者というのは、彼女だけなのかね?」

「いいえ、長官。人には大なり小なり、魔力を体に秘めているものであり、その能力を発揮できるのであれば、誰もが能力者となりえます」

「おれも?」


 黒島が自身を指さした。神明は頷く。


「魔力を操ることさえできれば、黒島大佐も、山本長官にも、その可能性はあります」


 ただ――と、神明は声を落とした。


「魔力はあっても、個人差がありますれば、それを操ることができる者は多くありません。より強い力を使うには訓練と必要となります。それと……魔技研の研究によれば、男性よりも女性のほうが、能力者としての適性が高いというデータもでております」

「女性」

「なるほど……」


 山本、そして宇垣は、今一度、正木を見た。彼女は静かに目礼した。まさしく大和撫子。こういう場でなければ、ぜひ一族に迎えたいと思わせる清楚さがあった。


 ――魔法使いといっても、普通の女性なのだな。


 妙な緊張や警戒を抱くのも馬鹿らしくなってくる。


「魔技研は、能力者の研究が進んでいるのか?」


 黒島の問いに、神明は答える。


「はい。特に魔術応用兵器の開発には、彼女たちの協力が必要不可欠でした。九七式艦上攻撃機が用いた零式誘導弾も、それに行き着く前に、魔力思念で誘導する装置の研究の結果、完成させたものとなります」

「そうなると、あの優れた兵器を用いるためには、能力者が必要になるということか」


 黒島は前のめりになった。


「能力者をまず見つけなければ。……しかし、どうやって探せば?」

「魔力を大まかに図る装置……いえ、道具があります」


 神明が頷くと、従兵らしき兵が小箱を机に持ってきた。中に入っていたのは、水晶玉だった。


「これは?」

「魔力があるかわかる道具というやつです。やり方は簡単です。ただそれに触れるだけです」



  ・  ・  ・



「うおっ、眩しっ!?」


 空母『ザイドリッツ』の搭乗員待機室で、宮内中尉が驚いて、そのまま椅子ごと倒れた。


 須賀は、自分の手にある眩しく輝く水晶玉に困惑する。


「あの、これ……どうすればいいんだ?」

「少尉、とりあえず箱に戻して」


 江藤が、光から目を守りながら言った。須賀は言われた通りに水晶玉を戻すと、ようやく光は収まった。


「すっごい!」


 森山が興奮を露わにする。


「こんな眩しい光は、正木さん以来じゃないですか!?」


 まさき……はて、聞き覚えがあるような――須賀は思ったが、周りにいる女搭乗員たちの視線の集中砲火に、何かマズイことをしてしまったのでは、という感覚に陥った。

 なおここにいる女搭乗員たちは全員、桜隊の戦闘機乗りだそうだ。


「しかも白でしたね」


 江藤の言葉に、宮内がテーブルに手をついて立ち上がった。


「男性でここまで強いのは、神明司令くらいかと」

「ムムム……」


 宮内が何やら渋い顔をして腕を組んでいる。須賀は江藤を見た。


「どういうこと?」

「須賀少尉は、強力な魔力を持っていらっしゃるということです。いわゆる、能力者として高い適性があるということです」

「能力者……?」

「魔法使いということですよ」

「ムムム……」


 宮内が、なおも顔を険しくさせる。


「白、だとぉ……!」

「隊長は、赤でしたもんね」

「クソが! 何でお前は、あたしより上なんだよッ!」

「いや、知りませんよ……」


 そんなことを言われても困ってしまう。能力者だから何?――というのが須賀の偽りない気持ちである。


「クソが! おい、ジロウ。ラムネ奢れ、飲み直しだ!」


 えぇ……――どうしてこうなるのか、さっぱりわからない須賀だった。

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