第14話、非採用艦上戦闘機


「正式採用されてはいないんだがな。あたしらんとこじゃ、こいつは九九式艦上戦闘機って呼ばれている」


 宮内桜中尉は、そう自分たちの戦闘機を見せた。


 全長9.28メートル、全幅11.8メートル。単発空冷の発動機と、見た目は日本軍の戦闘機の一般的なイメージから離れていない。


 零戦に比べて、やや長く、横幅がやや短い印象か。


「武装は、アメさんのブローニングM2機関銃を6丁だ!」

「6丁!」


 須賀は目を見開く。零戦は7.7ミリ機銃2丁に、20ミリ機銃2丁。ひとつ前の九六式艦上戦闘機では7.7ミリ機銃2丁のみなのだから、その差に驚かされる。


 この九九式は、零戦の20ミリには劣るが、7.7ミリ機銃を凌駕する12.7ミリ機銃を6丁も積んでいるのだ。


「本土じゃ十三ミリ機銃って、ブローニングのコピーを開発中だっけか? こっちのはアメさんの純正品だぜ」


 宮内は楽しそうに笑った。後ろで森山がポツリと言う。


「よくジャムりますけどね……」

「そうなんだよなー。噂には聞いていたけど、今日もさっそく弾詰まりを起こしてよぅ」


 途端に口を尖らせる宮内。


「つーか、やっぱ沢山積んでないと怖いわ」


 弾詰まりは怖い。須賀は頷いた。せっかく敵機の撃墜位置についても、弾が出ないと意味がない。


 20ミリは威力はあるが、真っ直ぐ飛ばないし、7.7ミリは当たるのだが、異世界帝国の戦闘機には数を当てないと落とせそうになかった。


 12.7ミリ機銃は、両者の間くらいの性能はあるのではないかと想像する。そう考えれば使いやすそうではあるが、問題は6丁積んだ時の機体重量。


 九六式艦戦、零戦のような高い運動性は、徹底した軽量化で発揮しているところがあるから、ブローニング6丁は重すぎると思う。


 ――でも、その割には、この九九式、運動性はそんなに悪くなさそうだったよな……。


 須賀は、先の空戦での九九式艦戦の機動を思い起こす。九六式艦戦のような、ふわりとした身軽さは感じられず、どこかどっしりしているものを感じていた。なるほど、機銃6丁も積めば、そうなるなと納得はする。


 だが、鈍重とはほど遠く、しかもかなり速度の出る戦闘機のようだった。


「宮内中尉。この九九式はどれくらい速度が出るんですか?」

「あ? 最高速度? 普通に600キロメートルくらい」

「零戦より速い!」


 須賀の乗る零戦二一型が、高度5000近くで最高時速約530キロメートルくらい。どの高度で計測したものか知らないが、明らかに九九式艦戦のほうが優速だ。


「まあ、発動機の違いだろ」


 宮内は、零戦より鼻の長い九六式艦戦のエンジンを親指で指した。


「こいつが積んでるのは、春風一二型っていう離昇1400馬力の発動機だからな」


 栄エンジンではない! 零戦二一型の発動機は栄一二型940馬力。


 ――なるほどなぁ。それだけパワーがあれば、機銃6丁積んでもスピード出るわけだ。


 正直、それだけとも思えないが、とりあえず。


「春風なんて発動機、初めて聞きました」


 この1400馬力エンジンを零戦に積んだら、速度性能もかなり向上するはず。見たところ、栄エンジンより若干大きいようだが、ほとんど誤差のように見える。


 海軍も春風エンジンを、零戦の発動機に選定していてもおかしくないと思うのだが。


 ――海軍も知らない発動機?


 それに、その戦いぶりを見た後だと、この九九式艦戦も零戦に負けず劣らず、有力な戦闘機に思える。


 宮内の言うところ、正式採用ではないというが、試作の話もパイロットの間にまったく聞こえてこなかった。


 日の丸をつけてはいるし、見る限り日本機なのだが……。


 ――もしかして、外国の機体か?


 ライセンス生産? 機銃がアメリカ製だから、アメリカの戦闘機だろうか? いや、しかしこのフォルムは、アメリカ機には似ていない。


「どうした、ジロウ?」

「え、ジロウ?」

「お前だよ。義二郎だから、ジロウ」


 あだ名をつけられた。しかし、ここは軍隊。上官がジロウと言ったなら、ジロウなのだ。


「実際、どうですか、この九九式は?」

「乗り心地? 普通じゃね」


 宮内は、愛機である九九式艦戦に触れた。


「可もなく不可もなく。至って普通。九六式に比べると回らないけど、スピードは段違いに速ぇ。なあ、江藤」

「いい機体だと思いますよ。ただ本土からいらっしゃる自称、熟練の戦闘機乗りの方々は、九九式を凡作だの、欠陥機だのと言っていましたが」


 淡々と、しかし江藤の言葉の端々に静かな怒りを感じた。宮内も苦虫を噛み潰したような顔になる。


「あー、そういや、九六式と比べて、低速での旋回性が全然ないからって駄作扱いしてやがったな。クルクル回るのが全てじゃなかろうに。そんなに回りたけりゃ、コマにでも乗りゃいいんだ!」


 宮内中尉も相当腹に据えかねている様子だった。須賀は、彼女たちがお怒りになっている戦闘機乗りたちというのが大体想像がついた。


 一航艦のパイロットたちも大半がそうなのだが、戦闘機には何より旋回性を求める。いわゆる格闘戦至上主義。海軍の戦闘機の主流がこれだ。だから最新鋭である零式艦上戦闘機にも、九六式艦戦並みを求めて、戦闘機乗りの多くが、その仕上がりに満足した。


 ――これな……。でもこの旋回性能重視になっちゃうってのは、要するにそういう戦いしか知らない、そういう戦いしかできない機体にしか乗ったことがないからじゃないかな……。


 陸軍が輸入したドイツのメッサーシュミットや、海軍が購入したハインケルの戦闘機は、日本軍の戦闘機よりも断然速かったと聞く。格闘戦能力は日本機が上だから、日本が優秀なんて嘯いているパイロットたちはいたが……。


 須賀は考える。最高時速600キロ以上も出る戦闘機と、零戦が戦ったとして、零戦はどう頑張っても追いつけない。


 ――俺が九九式に乗るなら、絶対に零戦に低速格闘なんて挑まない。何でわざわざ自分に不利で、相手に有利な戦いをする必要があるのか。


 異世界帝国の戦闘機も、あれで零戦よりも速かった。たぶん600も出ていないが、こっちの格闘にはあまり乗ってこなかった。こちらを追いかける時は、ひどく小回りが利いていたが、逆に逃げる時は速度で引き離そうとしていた。


「優速な異世界帝国の戦闘機と戦うなら、零戦より九九式艦戦の方が向いているんじゃないか……」

「おっ、そうか? いやー、お前、わかってんな、ジロウ!」


 パンと宮内に肩を叩かれた。どうやら独り言として、外に漏れてしまったらしい。


「よしよし、喉が渇いたから何か飲みに行くぞ! ジロウ、お前も来い!」

「あ、いいんですか? 零戦を見るんじゃ――」

「んなもん、後々! なあ、聞いてくれよジロウ。九九式のことをわかっていない石頭どもはな――」


 宮内中尉は、ラムネを奢る代わりに、格闘至上主義の諸先輩方への不満や、恨みを散々愚痴った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・九九式艦上戦闘機

乗員:1名

全長:9.28メートル

全幅:10.8メートル(折り畳み式8メートル)

自重:1910キロ

発動機:武本『春風』一二型、空冷1400馬力

速度:611キロ

航続距離:1200キロ

武装:12.7ミリ機銃×6 60キロ爆弾×3


その他:武本重工が魔技研と共同開発した開発した艦上戦闘機。海軍のコンペには参加していないため、過剰な要求もなく、安定した性能と生産能力を重視した、これといった特徴がない機体に仕上がった。


軽量機体に高馬力エンジンを、というコンセプトのため、魔法による軽減化の効果と相まって、当時の日本戦闘機として高速機となった。本土のパイロット曰く、旋回性と格闘戦能力で零戦に劣る凡作と評されたが、高速時の運動性はむしろ高く、のちのち評価も改められた。


武装は、アメリカ製ブローニング12.7ミリ機銃を6丁と、60キロ爆弾を最大3発搭載可能。装備する機銃は、当初の案では、7.7ミリ機銃6丁だったが、武装重量を軽量化魔法で補うことが決まり、12.7ミリ機銃6丁に改められた。20ミリ機銃案もあったが、(当時の20ミリ弾の)弾道性能の悪さから見送られた。

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