第13話、巡洋戦艦改装の航空母艦
「そうですよ、少尉殿。この空母、『ザイドリッツ』といって、元はドイツの巡洋戦艦らしいです」
その整備兵は言った。
須賀義二郎少尉は、初めて見る空母の飛行甲板にいた。
異世界帝国の戦闘機との交戦後、駆けつけた友軍機の誘導で、降り立ったその空母は、母艦だった『蒼龍』より大きく、翔鶴型と同格か、やや小さく感じた。
零戦を押し出す整備兵たちの中で、近くにいた兵に聞いてみたら、先の言葉だった。
「ドイツの……? 巡洋戦艦?」
「そう聞いております。まあ、『赤城』みたいなもんです。あれも、巡洋戦艦から空母に改装したフネでしょう?」
改装空母らしい。だが、須賀はもちろん、『蒼龍』の誰も、そんな空母が日本海軍に存在しているなんて聞いたことがなかった。
軍事機密の類いなのだろうか? しかしそのような秘密空母の噂話すら聞いたこともないから、第一航空艦隊の上層部でも知っている人がいるか怪しいものだ。
何より――
「君、階級に『殿』を付けるなんて、海軍の人間なのか?」
「あ、これは失礼しました、少尉! ……実は、自分は、最近まで陸軍にいたのですが、どうにも癖が抜けきれなくて――」
だろうな、と須賀は思った。陸軍では、階級にも『殿』を付ける。海軍と陸軍の人間は、大体仲がよくないので、言い回し一つで目くじらを立てられやすい。
「自分は職務中、失態をしでかしまして、陸軍を追い出されました」
「ほう?」
「そうしたら、海軍から声をかけられまして……。飛行機の整備ができる人間を遊ばせている余裕は我が国にはないので、海軍に来い、と言われ、ここに放り込まれたのであります」
「そうなのか?」
まだ疑念が完全に晴れたわけではないが、どこか、この空母に漂う空気感が、自分の知っている海軍と違うものを感じていた。
あの零戦でもない単発戦闘機のこともある。違和感が拭えない。
「ちなみに、他の空母もドイツの……?」
「ええ、今回、こっちに来ている空母は、そうなります」
須賀が、この艦隊に誘導された時、空母は4隻が見えた。須賀が降りた空母が『ザイドリッツ』、整備兵が言うには、他は『デアフリンガー』『ヒルデンブルク』『モルトケ』というらしい。
「これが全部、ドイツの巡洋戦艦からの改装だって……?」
ドイツが列強レベルの海軍を持っていたのは、第一次世界大戦が終わるまでと聞いている。今のドイツの海軍は、再建途上で、こんな巨艦を日本に輸出するわけがない。まったくわけがわからなかった。
「わかりますよ、少尉。実際、ここにいる自分ですらわからないのですから」
整備兵は自嘲した。
「大きな空母を4隻も連れてますけど、航空機が少なくて、どの空母もガラガラ……。正式採用されていない航空機とか、よくわからない新兵器とかちょこちょことありますし」
――君、ちょっとお喋り過ぎないか?
須賀は思ったが、情報が欲しかったから、そのまま喋らせた。
「海軍の正規の部隊かも怪しいんですね。何せ、ここにいる連中ときたら、私みたいな失敗して追い出された者とか、ちょっと軍人っぽくないような者が多いみたいですから。……あ、あと女子がいます」
「女子?」
「はい、女子です」
整備兵がそう言った時――
「おおーい、ここにいたか! 『蒼龍』の戦闘機乗りー!」
女――男勝りの口調の女の大声が響いた。周囲の風や機械音に負けない声の方を見れば、海軍の飛行服姿の搭乗員が3人。
――女だ……!
軍艦に、女子がいる。整備兵の言っていたのはこれか――須賀は驚きはしたが、何とか気持ちを落ち着けることができた。
・ ・ ・
「あたしは、宮内。九頭島航空隊、戦闘第一中隊の中隊長だ。階級は中尉だ」
「蒼龍戦闘機隊、須賀義二郎少尉です」
「おう」
ずいぶんと男勝りな女性士官だと思った。
背は須賀より若干低いが、日焼けした肌に、気の強そうな顔立ち。飛行服姿のまま現れたことといい、雑音混じりの無線機から聞こえた声に似ていることといい、あの戦闘機に乗っていたパイロットで間違いないだろう。
しかし、海軍軍人に女性など見たことも聞いたこともないから、どんな顔をすればいいのかわからなかった。相手が自分より上の階級だったから、染みついている敬礼をしたら、宮内と名乗った女性中尉は、やや雑だが答礼した。……実に戦闘機乗りっぽい。
「こっちは、江藤。それと森山」
後ろに控えるパイロットを宮内が、名前だけ紹介した。背が高いのが江藤。童顔なのが森山。
「なんだぁ? 女が飛行機に乗っちゃおかしいかぁ?」
突然、宮内が須賀を見上げてガンを飛ばしてきた。
「いえ、そのようなことは思っていません!」
女軍人は珍しいのでは、と思ったが、パイロットは――までは思っていなかった。よくよく考えれば初めてなのだが。
「女で悪いか!?」
「隊長、いけませんって」
江藤が後ろから、宮内の肩をつかんで引っ張った。森山も頷いた。
「そうですよ、桜ちゃん隊長。うちら、珍しいのは本当なんですし」
「桜ちゃん隊長、言うな!」
声を荒らげる宮内。須賀は首を捻る。
「――あれ、部隊符丁は桜一番って言っていたような」
「あ、はい、少尉。私たちに割り当てられた部隊名が花で『桜』隊なんですが」
江藤が、どうしようもないものを見る目を宮内に向けた。
「うちの隊長、名前が桜なので……」
宮内桜。桜隊、その一番機。桜一番――
「う、うるせい。わ、笑うなよ」
宮内が真っ赤になって、そっぽを向く。
笑いません――しかし、この男勝りな中尉にも可愛いところがあるとは思った。
「まあ、そんなことはどうでもいいんだ」
――……いいのか?
「あー、須賀。助けてやった礼ってやつをさせてやる」
階級差による理不尽要求か、と須賀は思った。軍隊において階級差は絶対。上官が『こう』と言ったら『こう』なのだ。たとえ、理不尽にぶん殴られようとも。
下士官、そして兵となると顕著だが、士官の中でも皆無というわけではない。
「その……お前の乗ってた零戦、見せてもらっていいか? 九頭島には、零戦が配備されていないからよ」
「……はい、もちろんです。どうぞ」
理不尽要求ではなかった。須賀は安堵しつつ、反動から自分からも切り出す。
「自分も、中尉たちの戦闘機をぜひ、見たいです」
「お? あたしらの機体を見たいか? よしよし、いいだろう。先に見せてやる。こっちへ来な!」
宮内は上機嫌で、須賀を招いた。表情がころころ変わる中尉である。そういうさっぱりと、わかりやすいところも戦闘機乗りっぽかった。
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