第608話、長官、到着
九頭島の特三軍港。ここに日本海軍の新設艦隊が投錨していた。
T計画――世界の海を転移連絡網で繋ぐ。それにより世界中の海へ距離と時間を短縮し、あっという間に移動が可能になる壮大な計画である。
魔技研にいた頃に、神明が思い描いた補給線開拓計画が、いよいよ実行されようとしていた。
通称、T艦隊、その旗艦は航空戦艦『浅間』である。
フランス海軍の新鋭戦艦『リシュリュー』を異世界帝国から鹵獲、大改修を加えて完成させたものだ。
基準排水量3万6500トン、全長247.8メートル。マ式機関16万馬力、速力32ノットを発揮。水中航行能力に加え、転移中継装置を搭載。
主砲は、50口径40.6センチ三連光弾三連装砲。元がフランス海軍特有の四連装の38センチ砲だったが、石動型大型巡洋艦同様、障壁貫通の光弾砲に換装された。アルパガス――『諏方』の主砲と同じものである。
艦首側に二基のみの主砲配置だが、その配置のおかげで、光弾砲用の動力も収めることができた。
そして、この戦艦を航空戦艦たらしめるのは、艦尾に航空機用格納庫と作業甲板が設置されていること。
リシュリュー級の艦首偏重な主砲配置ゆえ、艦尾の副砲やカタパルト、水上機のスペースを格納庫とし、艦載機の運用能力を強化した。
その艦載機は、マ式フロートで水上機としても艦上機としても使える紫電改二で、格納庫に11機が搭載可能となっている。
『リシュリュー』が『浅間』、僚艦『ジャン・バール』は『八雲』と命名された。命名規則について、日本海軍では初の航空戦艦であり、戦艦につける名前が少なくなってきていたこともあって、かつての巡洋戦艦と同じく山の名前が充てられた。
艦隊旗艦である『浅間』に、司令長官がやってくる。
「ようやく予備役かと思ったら、またぞろ最前線だよ」
着任した栗田 健男中将は、本気なのか皮肉なのかわからない調子でそう言った。
歴戦の指揮官である。
海軍兵学校38期卒業。ほぼ艦隊勤務で生きてきた男であり、駆逐艦長、駆逐隊司令、水雷戦隊司令官、戦隊司令官を複数務め、ついには第二艦隊の司令長官も務めた。
なお、海軍大学校甲種学生にはなっていない。海大甲種を受験するも不合格となり、その点から見ても、艦隊司令長官になれたのは極めて珍しかったりする。
しかし、その戦歴は、大きな戦いではほぼ毎回参加しており、戦隊司令時代には転移ゲート破壊任務に狩り出されたり、第二艦隊司令長官時代は、大海戦を潜り抜け、乗艦を失うことなく生還を果たしている。
そして此度、T計画艦隊の司令長官に任命された。
「歴戦の栗田長官と作戦を共にできるのは、とても頼もしく思います」
神明らT艦隊の参謀たちを顔を合わせ、そう参謀長である神明に言われると、栗田は返した。
「歴戦などと煽てられても、何もでんよ。それを言ったら参謀長、君の方がおれより歴戦だと思うよ」
セレター軍港奇襲、陽動襲撃のマリアナ諸島奇襲と、同夜間砲撃。栗田も参加したアスンシオン島への挺身攻撃にも、神明は戦っている。
「今回は、今次大戦で我が海軍が足を踏み入れていない海を行くわけだ。つくづく危ない場所に行けと言われるものだと文句を言いたくもなるが、おれ以上の君も行かされるとなるとね、何も言えなくなるんだ」
「……」
「勘違いしないでくれよ。おれは君のことを信用している。聞けば、このT計画、君の発案が元になっているそうじゃないか。何とも壮大な計画だが、その実行にあたってきちんと前線に出てくるところは、好感を抱いている」
何せね、と気の抜けた調子で栗田は続ける。
「君、できないことは言わないらしいじゃないか。一方で、おれ以上に無茶をやらされ、いややっている君は、ここまで全て有言実行してきた。その点でも、ただ頭がいいだけで棒を振っている連中とは違うわけだ。……何が言いたいのかというと」
そこで栗田は唇の端を吊り上げた。
「君の計画だ。段取りについては、君を中心に参謀たちでやってくれ。おれは大学校を出ていないからね」
・ ・ ・
「T艦隊の目的は、所定の海域に転移ブイを配置する――これが何がなくてもやらねばならないことになります」
艦隊参謀長である神明は、栗田長官や参謀たちを見回して告げた。
「もっとも、それだけならば特殊な空母とその艦載機、後は護衛が数隻いれば、大体のことは事足りてしまいます。では、何故、T艦隊には戦艦があり巡洋艦があるのか――」
それは転移連絡網を構築と同時に、異世界帝国に対して通商破壊戦と後方拠点に攻撃を仕掛けて、敵をかく乱するためである。
「異世界帝国は、後方ほど守りが手薄な傾向があります。我々は、転移中継ブイをばらまきながら、そうした敵の隙を衝きます」
すると何が起こるか? 敵は日本海軍の奇襲攻撃に備えなければいけなくなる。
具体的には、拠点の防衛や輸送船の護衛の強化、討伐艦の派遣が考えられる。
そこで栗田が口を開いた。
「我々は、密かに転移ブイを設置して回らねばならないのでは?」
「はい、ブイの存在自体は遮蔽と合わせて、敵に気づかれないようにする必要があります」
神明は答えた。
「しかし、我らの存在自体は、必要な時さえ見つからなければ、後は目立ってもよいと考えます」
敵が向かってくれば、その戦力を見て、強力ならば転移で撤退。弱ければ逆に仕掛けて、敵戦力の減少を図る。
「異世界帝国が参戦する前、かつての同盟国であるドイツが、イギリス相手に仕掛けた通商破壊戦です。彼らは潜水艦のみならず、仮装巡洋艦やポケット戦艦、果てはビスマルク級やシャルンホルスト級といった戦艦まで通商破壊に用いました」
潜水艦隊――多数のUボートがあげた戦果に比べれば、戦艦や仮装巡洋艦ら水上艦艇のあげた戦果は少ない。
が、その存在は、イギリスに戦艦や巡洋艦、空母を艦隊から切り離して、討伐部隊として大西洋に引きつけた。守るべき場所が多かったイギリスは、必然的に貴重な戦力を分散させねばならなくなったのである。
「異世界帝国も大西洋を中心に広大な海域を支配しています。しかしその主な大艦隊は、我ら連合艦隊が悉く撃滅しました。敵は艦隊の再編と補充を進めていると思われますが、その状態で、有力な日本艦隊が暴れ回れば、彼らもそれなりの戦力を差し向けざるを得ません」
広大な占領地に送る補給物資。それを積んだ輸送船がやられるということは、占領地への必要物資の供給が途絶えることを意味する。敵も無視はできない。
「T艦隊は、対艦戦闘に主眼が置かれた兵装ですから、これら討伐部隊を返り討ちにして、敵戦力を削ります。ただし危険と見れば、転移で中継ブイまで戻って回避。本来の任務である転移ブイの設置はこなします」
「いいねぇ。実にいい」
栗田は笑みを浮かべた。
「損害を避けるためには転進、回避も作戦のうち。いい作戦だよこれは。この手の挺身部隊の怖いところは、足がやられた時に逃げられず追い詰められることだからね」
イギリスとドイツが戦っていた頃、かの戦艦『ビスマルク』を通商破壊に投じたドイツだったが、イギリスは本国含む有力艦隊を引き抜いて、徹底的な追撃を行い、これを撃沈した。
敵中で孤立することの恐ろしさは、過去の事例が戦訓として示しているのだ。栗田はそれを承知の上で、T艦隊を率いていかねばならない。
だからこそ、彼はこの作戦にいいねと言ったのだった。
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