第607話、T計画実行艦隊


 そ号作戦は、順調に推移した。

 異世界帝国の潜水艦、およそ80隻を撃沈。対して、日本側の参加艦の沈没はゼロと、パーフェクトゲームを続けている。

 敵に攻撃させず、攻撃されても即転移で離脱に徹するため、異世界帝国側は魚雷を撃てども、目標と捉えることはなかった。


 しかし、日本の関わらないところで、敵は打撃を与えてきた。


「南米行きの輸送船団がハイチ沖でやられた」


 草鹿 龍之介連合艦隊参謀長は、神明にそう告げた。


「護衛は米海軍が担当していたんだが、その護衛駆逐艦も、反撃の間もなくやられてしまったらしい。……例の水中高速弾じゃないかと思っている」

「あの生きた魚雷ですか」

「生きた?」

「魔技研が報告をまとめているので、直に連合艦隊司令部にも提出されると思いますが、例の新型、どうも生き物のようで」


 形は魚雷のように見えるが、水中ではしっかり体をくねらせて泳ぐ。が、その移動スピードが尋常なく速い。この地球にも水中を高速で泳ぐ魚はいるが、それ以上だ。


「異世界の生物なんでしょうが、それに爆薬を詰め込んで放つようです。ほぼ正面の敵に対して突っ込むように調整されていて、あまり広くはないですが、微妙に方向を調整して誘導弾のように目標に向かっていきます」


 そして体当たりし、爆発する仕掛けだ。草鹿は顔を歪める。


「生き物を爆弾にしているのか、異世界人は……」


 生きる魚雷。何とも恐ろしいことを考えるものだ。


「正直、その目標選定や誘導について、まだ詳細はわかっていませんが、高速で突っ込んでくる分には、防御障壁に引っかかって阻止が可能です」

「高速で突っ込んでくる分には……」

「低速だと、障壁は抜けられますからね」


 それは、どの兵器に対しても言えることだが。


「今は他に対策がないか実験しているところです。大きな音でかく乱できないか、などで……」


 生き物である限りは。


「異世界産の生物であるなら、こちら側で作って利用などは不可能だな」


 草鹿は頷いた。


「報告が届いたら読ませてもらう。……それで話を戻すと、米軍の船団と護衛を壊滅させたのは、新型を含む数十隻の集団だったようだ」

「……」

「元々、通商破壊で動いていた別動隊の線も捨てきれないが、おそらく、こちらのそ号作戦を逃れた敵の有力部隊だと思われる」


 現地で戦う日本の第六艦隊からは、待ち伏せにかかったのが地球製の鹵獲艦ばかりだという報告がある。

 敵の指揮官は、水中では鈍速のそれらを、日本軍に対する囮として使ったのだ――というのが連合艦隊司令部の見方だった。


「米軍の哨戒機や航空機が、船団をやった敵に対潜攻撃を仕掛けたが、水中で振り切られてしまったそうだ。まず間違いないだろう」


 その敵有力な潜水艦隊は、まんまと大西洋に出て、行方をくらませたという。


「カリブ海の敵潜水艦を一網打尽にする――そ号作戦の都合上、大西洋に出た敵については特に追尾しないということになっていた」

「そこは、敵が南米の基地へ戻るところを攻撃する、という計画でしたし」


 神明は事務的に言った。


「南米に移動しているなら、我々T艦隊が始末をつけます」


 T計画を遂行するために編成されたT計画実行艦隊。連合艦隊の主力に配備前の艦や試作艦を寄せ集めした戦闘艦隊である。


「使えそうか?」


 草鹿が尋ねる。なにぶん編成されて日が浅く、艦隊揃っての航行もしていない。


「個々の練度は実戦レベル……と言いたいところですが、何事もやってみないことには何とも言えません」


 実に控えめな言い方をする神明である。

 細かな艦に変更がある可能性はあるが、現状の編成は以下の通りとなる。



●T作戦艦隊:司令長官:栗田 健男中将  参謀長:神明 龍造少将


航空戦艦 :「浅間」「八雲」

空母   :「雲龍」「翔竜」「雷鷹」

大型巡洋艦:「筑波」

重巡洋艦 :「愛鷹」「大笠」

軽巡洋艦 :「奥入瀬」「十津」

駆逐艦  :「朝露」「夜露」「雨露」「露霜」「細雪」「氷雪」「早雪」

潜水艦  :「伊701」「伊702」「伊350」

     :「呂401」「呂402」「呂403」

特設補給艦:「千早」「辺戸」「波戸」

防空補給艦:「新洋丸」「天風丸」


 他:第三航空艦隊



 改めて艦隊編成表を見やり、草鹿は細目になって見る。


「名前だけなら知っていても、おそらく私が知っている艦ではないのだろうな、これは」

「『雲龍』と『翔竜』くらいですね、前々からあったのは」


 それ以外は、鹵獲もしくは、回収した再生改修艦ばかりである。それも連合艦隊に配備前のものも含まれる。


「……この航空戦艦というのは、フランスの――」

「はい、リシュリュー級の改修艦です。戦艦ではありますが、後部を格納庫と飛行甲板を載せた結果、命名が巡洋戦艦方式の山の名前に」


 装甲巡洋艦の先代『浅間』『八雲』が別の名前に変わったことで、空きが出たのでそれを流用したらしい。


「多国籍な艦隊なのだろうな。どんな感じなのだ?」

「航空戦艦、大巡、重巡はフランス、軽巡はオランダ、駆逐艦はドイツとフランスになります」

「潜水艦は――ああ、700ナンバーは」

「マ号潜ですね。改装されたマ-1号潜に、正規の番号がつきました」


 それまでは実験艦としてのマ-1号潜だったが、改装後の能力の高さに、戦闘艦へ昇格したのである。それに合わせて伊701の艦名が与えられたのだった。


「このT艦隊は、世界に転移中継網の構築と、後方かく乱、通商破壊、拠点への奇襲襲撃を遂行します」


 艦隊には専属の転移艦はないが、転移中継装置持ちの艦艇は多く、実質転移艦である。

 故に、艦隊は小グループごとの活動も多くなると想定されており、艦隊全てが揃っての、お行儀よい航行はおそらくほとんどないと思われた。


「本当は対艦戦闘向けの艦隊で、基地攻撃はそれほど得意ではないのですが、初陣が敵潜水艦隊とその拠点への攻撃になりますから、まあ――上手くやってみせますよ」


 カリブ海での最新の報告では、敵潜水艦隊の主力と思われる新鋭部隊は、米軍の警戒を振り切った。船団を襲撃し、武器も使ったから、おそらく南米かヨーロッパへ移動すると思われる。

 今後も、米軍の通商破壊を試みるつもりなら、十中八九、南米に違いない。

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