第606話、そ号作戦、開始


 異世界帝国潜水艦隊を、日本海軍は追い立てていた。

 古賀大将の前衛艦隊が転移したことで、敵潜水艦による魚雷攻撃は無駄撃ちに終わった。代わって後衛部隊――第六航空戦隊、『瑞鷹』『海鷹』『黒鷹』『紅鷹』の航空隊が海域に駆けつけ、対潜攻撃を開始した。


 米軍から提供されたMk24機雷という名の音響魚雷を投下。これは速度が最大12ノットと、異世界帝国潜水艦を追尾するには不足だが、比較的浅い深度にいた潜水艦は、退避が間に合わず、直撃、爆沈した。


 しかしそれでも、大半は防御障壁で1発を防ぐことで難と逃れたり、Mk24を振り切ることに成功した。

 だがもちろん、日本軍の攻撃がこれで終わるはずがない。


 次に仕掛けたのは、敵潜水艦隊の針路を予測し、先回りした第五水雷戦隊分遣隊と、第十二水雷戦隊の各潜水型駆逐艦だった。

 特潜型駆逐艦丁で構成された第二十二、二十三駆逐隊の『皐月』『水無月』『文月』『長月』『如月』『弥生』『朝凪』の7隻、そして初桜型12隻が、艦首の誘導魚雷を発射。

 これらは、異世界帝国潜水艦のシールドを警戒し、時間差をつけて魚雷を連続して放たれた。防御を取り払って、確実に仕留める手で攻める。


 マ式誘導された魚雷は、TR級潜水艦から薄い防御シールドを引き剥がし、続けて迫る魚雷が直撃。それに耐えきれず、次々に異世界帝国潜水艦が海の藻屑となる。

 この襲撃で、前衛部隊はおよそ半数を喪失。ピスティス大将の主力部隊も、十数隻が破壊された。


 だが、数で勝る異世界帝国潜水艦隊は、襲撃してきた日本艦へ反撃しようと反転。ピンガーを打って、位置を割り出そうとする。


 音を発するということは、自分の位置をさらけ出す行為であるが、すでに誘導魚雷を撃ち込まれている以上、日本軍は異世界帝国潜水艦の位置を把握済み。もはや隠れるより、反撃せねばやられるという状況だった。

 向かってくる魚雷の音に紛れて、日本潜水艦――正確には潜水駆逐艦の位置がポツポツと掴めた時、その反応も唐突に消えた。


 これはまたソナー範囲外に出たのかと、異世界帝国のソナーマンたちは探知に躍起になる。

 戦場が静かになり、日本軍の動きに耳をすますが、まったく音が拾えず、やがて敵潜水艦は転移で逃げたと結論づけられることになる。


「くそっ、日本軍め!」


 ピスティス大将は、旗艦『ヴァスィア・ネラ』で咆えた。地球派遣された将官の中で、潜水艦運用は随一という自負があればこそ、こうまで翻弄されては腹の虫が治まらない。


「損害は?」

「35隻がやられました。大半がTR級です」


 参謀の報告に、ピスティスの苛立ちは止まらない。よりにもよって新鋭艦を中心にやられた。


 120隻中の35隻。残る艦のうち40隻は、地球製鹵獲潜水艦で、正直、一斉雷撃戦法の数合わせと、囮程度にしか使えない。

 量産型潜水艦のO級が25隻、新型のTR級は19隻。あとは旗艦の『ヴァスィア・ネラ』だ。


 ピスティスは決断を強いられている。

 当初の目的である日本艦隊の撃滅は、どこへ転移したかわからない以上、継続は困難だ。潜水艦は、船を攻撃するものであり、港など基地施設への攻撃力は弱い。つまりは、敵の輸送船や洋上艦を沈めなければ意味がないのだ。


 そして位置が露呈している潜水艦ほど脆いものはない。日本海軍は、ピスティスたち潜水艦隊に備えていた。

 戦力は残っていても、守勢に回った時点で、撤退すべきである。


「作戦は中止する。このまま撤退する!」


 苦渋の決断であった。

 第一潜水艦隊は、南米の自軍テリトリーまで後退する。

 しかし、日本軍が待ち構えていたことを考えると、カリブ海から脱出する際に通る小アンティル諸島もまた、敵が目を光らせていることは予想された。


「我々を罠にはめたのだとすれば、当然、アンティル諸島を通過するところで、待ち伏せているはずだ」


 ピスティスは海図台で確認する。コミス参謀長は眉間にしわを寄せた。


「グレナダ、セントビンセント、セントルシア、マルティニーク、ドミニカ、グアドループ……どのルートを通るのか」

「我々の動きを読み、待ち構えていた敵だ。どこを通っても、敵は見張っているだろう」


 であるならば――


「連中は、我々が南米に退避すると見ている。で、あれば――」


 ピスティスはカリブ海の北を指先で叩いた。


「抜けるのは小アンティル諸島ではなく、大アンティル諸島だ」

「お言葉ですが、そちらは米軍が網を張っているのではありませんか?」


 方角的にアメリカ本土に近いうえ、南米への輸送ルートも存在するから、必然的に米軍の対潜哨戒機が、四六時中飛んでいるに違いない。


「米軍と日本軍、どちらを相手にするのが楽か考えろ」


 ピシャリとピスティスは告げた。


「高速の対潜魚雷を持ち、潜水艦で海中戦を挑む敵は、米海軍にはいない」


 だが、ただ北に移動してカリブ海から大西洋に出るのでは、東で警戒網を敷いている日本軍が、例の転移で向かってくるかもしれない。敵の目を引きつける陽動が必要だ。

 そしてピスティスは、後衛部隊にその役を命じるのであった。



  ・  ・  ・



 カリブ海の東、小アンティル諸島に、日本軍第六艦隊は待ち伏せていた。

 発見が先であれば、こちらが先に攻撃できる――第六艦隊の三輪中将は、カリブ海から脱出しようとする異世界帝国潜水艦の新兵器を警戒しつつも、第十一、第十四潜水戦隊の敵討ちにかかった。


 異世界帝国潜水艦隊は、自分たちが狩られる存在だという認識があったようで、集団を解き、少数のグループごとに離脱にかかっていた。

 つまりグレナダより北、セントビンセント、セントルシア、マルティニーク、ドミニカ、グアドループの各島の間を、分散して抜けようとしたのである。日本軍が待ち伏せしていると考えて、ある程度の犠牲は覚悟の上で。


 第六艦隊は五個潜水戦隊を、それぞれの島の間に一個潜水戦隊ずつ配置しており、これら小グループに対して、それぞれ潜伏からの奇襲攻撃を敢行した。

 敵艦に攻撃の兆候があれば、即離脱。防御障壁のない日本軍の伊号潜は用心深く、やってくる敵潜に誘導魚雷をぶち当て、撃沈していった。


 第六艦隊旗艦『塩見』の三輪 茂義中将は、敵が思ったより弱いことに拍子抜けする。

 潜水艦の数を揃えての集団攻撃で力を発揮した敵が、追われているからと分散したことも意外に思っていた。


 なりふり構わず逃げるというのはそういうものではあるが、異世界帝国潜水艦には、まだ未解析の新兵器がある。それを用いて反撃もできるだろうに、わざわざ分散してその機会を逸してしまうのは、どうにも腑に落ちなかった。

 そしてその違和感は加速する。


「ここまで撃沈した敵潜水艦に、新型は1隻も確認されておりません」


 報告を取りまとめた仁科 宏造参謀長が告げ、三輪は顔をしかめた。


「新型がいない。すべて鹵獲潜水艦だというのか……」


 すでに新型潜水艦が全滅しているとは、考えにくい。では、その新型はどこにいるのか?

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