第609話、抜錨、T計画艦隊


 大西洋への遠征は、序の口に過ぎなかった。

 T艦隊は、世界の海に転移連絡網を形成するのが任務である。南米に戦いの焦点が合わされていなければ、インド洋方面から向かうルートもあったし、あるいは北極海へ行くルートもあった。


 まずは南米、そこから大西洋に転じる。当面はその方向で、T計画は進められる。もちろん状況に応じて、インド洋方面や、一つのみ稼働している地中海の転移ブイからルート変更などもあり得た。

 臨機応変に、最終的に世界中の海に転移ブイを敷設できればそれでよいのだ。


 さて、出撃準備を進めるT艦隊だが、この艦隊を強烈にバックアップするためのT艦隊専用基地が用意されていた。

 場所は九頭島の目と鼻の先にある小さな島――鉄島である。九頭島の特三軍港とも言われるそこは、昨年までは、スカパフローで自沈したドイツ艦艇から降ろした15センチ砲の陣地と監視所があるだけの小島だった。


 だが今は、異世界氷を使って巨大な飛行場と基地施設、さらに倉庫区画が拡張されていた。


「ほう……」


 T艦隊司令長官、栗田 健男中将は、旗艦『浅間』の防空指揮所から、拡張された鉄島を双眼鏡で見やる。


「なるほどなぁ。あれは第二の『日高見』だな」


 海氷飛行場『日高見』。異世界氷を用いたそれは、英国でも考案された氷山空母のようでもある。空母ではなく、飛行場。陸上攻撃機など大型の機体も運用できるほどの広大なそれは、自走機能はないが、転移装置を用いて移動することはできる。

 艦隊参謀長の神明は、栗田の隣に立った。


「鉄島は、我が艦隊の補給や修理を担います。艦隊が消費する物資、弾薬その他は、内地からここに送られ、集積。それを我が艦隊に随伴する補給艦に転送します」


 T艦隊には現在、6隻の補給艦が所属している。


「5隻が水上艦、1隻が潜水艦だったな」


 栗田が、艦隊表を思い出しながら言えば、神明は首肯した。

 特設補給艦『千早』、『辺戸』『波戸』、防空補給艦『新洋丸』『天風丸』、補給潜水艦『伊350』である。


「特設補給艦の3隻は、小型空母に見える」

「そうですね。『千早』に関しては、実質、千歳型や『日進』のような水上機母艦の、水上機を空母機に変えたようなものですからね」


 見た目は完全に軽空母なのが『千早』である。全長187メートル、艦幅22.9メートル。元は第一次大戦で沈没したドイツの客船である仮装巡洋艦『カップ・トラファルガー』をサルベージ、回収したものだ。


 小型ながら艦橋が飛行甲板横にある空母型の『千早』は、格納庫1層に艦載機16から20機を搭載するが、船体の方は転移装置付きの倉庫となっており、純粋な空母ではなく、輸送や補給機能を持っている。


「いや、『辺戸』と『波戸』も空母に見えるぞ」


 栗田は指摘した。こちらの2隻は、『龍鳳』や瑞鳳型空母のような艦橋が飛行甲板の下にあるフラッシュデッキ型の空母にも見える。

 あくまで見えるだけである。商船に飛行甲板を設置した商船空母――イギリスが異世界帝国と戦う前、ドイツの潜水艦による通商破壊に対抗するために作っていたMACシップを、日本――魔技研でも作ったというだけである。


 なおその船体は、『辺戸』が天洋丸級貨客船『地洋丸』、『波戸』が豪華客船『リパブリック』号である。前者は座礁、沈没、後者はイタリア客船と衝突し沈没している。

 例によって改装されたこの2隻は、あくまで本職は補給艦だ。全通の飛行甲板はあるが、搭載機は約6機。艦隊防空ではなく、対潜警戒機を運用するので、見た目はともかく空母として数えてはいけない。


『辺戸』は全長175メートル、全幅19.2メートル、排水量1万4000トン。『波戸』は全長173メートル、全幅20.7メートルで、排水量は1万5900トンとなる。


 そして残る3隻のうちの2隻、『新洋丸』『天風丸』は防空補給艦である。

 こちらは仮装巡洋艦よりも武装が目立つ、商船の皮を被った戦闘艦に見えた。

 補給受け渡しを転移装置でまかなうためクレーンなどが最小限。一方で40口径12.7センチ連装高角砲を四基八門を備え、艦隊防空ならびに護衛艦としても運用できる船だ。

 こちらも元は第一次大戦で、ドイツ潜水艦に撃沈された日本の貨客船『平野丸』『宮崎丸』の再生艦である。


 全長144メートル、幅17.22メートルは、秋月型防空駆逐艦よりもドッシリした大きさであり、かつ排水量も9000トン近い。

 魔技研で再生させる際、封鎖突破船として戦闘力のある輸送艦を作った結果、元の艦が14ノットだった速力も、巡航で24ノットと隼鷹型空母と同等の高速巡航速度を持ち、最高速力30ノットが発揮可能となっている。


 そして最後の補給艦は、潜水艦の『伊350』。その正体は第一次世界大戦時のドイツの商用潜水艇『ブレーメン』である。


 非武装の輸送潜水艦というべきそれは、日本が建造している丁型潜水艦――伊361型輸送潜水艦がモデルにした潜水商船『ドイッチュラント』、その姉妹艦だった。1916年に出航したが目的地に辿り着くことなく沈んだそれを、魔技研が捜索し回収、転移式輸送装置を備えた潜水艦として、T艦隊に配備された。


 これら6隻は、転移装置により、鉄島の転移運用可能な物資倉庫の中の品を、大西洋だろうがインド洋だろうが、航行している艦へと移動させたり、逆に送り返したりできる。

 これによりT艦隊は、母港に戻らずとも洋上での補給を受けることができる。……もちろん、艦隊各艦は転移中継装置があるので、補給が必要なら鉄島へ瞬時に移動は可能だ。


 ただ母港から前線に戻る際、場所によっては余計な手間や元の位置に戻るまでのロスが発生する可能性もある。

 故に現地で済ませられるなら、それで済ませるべきとして、補給艦が艦隊に随伴するのである。


 そして、これら転移装置を使う補給艦のために、物資集積を担う基地の存在が不可欠となる。

 T艦隊用に用意された物資、弾薬を集め、艦隊が必要とするもの、不足しているものを管理、供給するのが鉄島基地である。

 そのため、現在の鉄島の倉庫区画には、九頭島工廠や内地から運ばれた物資、弾薬が集積されていた。


 なお、補給拠点であると同時に、T艦隊を支援する第三航空艦隊の飛行場でもある。

 新設された第三航空艦隊は、現在のところはT計画を遂行するための専任部隊という扱いであり、転移中継装置を経由した前線への出撃を行う。艦隊防空、敵基地・艦隊襲撃、偵察活動などなど。

 栗田と神明が、所属艦に関して話していると時間がきた。


「長官、間もなく艦隊の出航時間になります」


 首席参謀の田之上 義雄大佐が呼びに現れた。栗田は頷くと、艦橋に下りる。


「どの道、転移でカリブ海まで飛ぶんだ。艦隊丸ごと移動する必要もないんじゃないか、神明参謀長?」

「艦隊運動の訓練がほとんどできていませんから。わずかな時間でも、調整くらいにはなるでしょう」


 小隊ごとの活動になる場合も多いだろうが、空母や輸送艦とその護衛の位置確認など、やろうと思えばできることはいくらでもある。


「そう簡単なものではないが、一度もやらないよりは、やったほうがいいわな」


 熟練の海上指揮官である栗田は言った。


 かくて、1944年6月27日、九頭島軍港より、T艦隊が出航した。

 航空戦艦2、空母3、巡洋艦5、駆逐艦7、潜水艦6、特設補給艦3、防空補給艦2で構成されたそれらは、鉄島から隊列を組み、そこから航行陣形を取ると、転移中継装置を作動させて、大西洋とカリブ海の間、小アンティル諸島へ飛んだ。

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