第610話、長距離偵察隊、発艦


 カリブ海の東、小アンティル諸島、グレナダ近海に転移を果たしたT艦隊は、大西洋へ乗り出した。


 艦隊所属の空母『雲龍』『翔竜』『雷鷹』より、彩雲偵察機による長距離偵察が、速やかに実行される。


 飛行甲板に並べられる偵察機。3隻の空母で全長が長いのは中型空母の『雲龍』である。

 マル急計画によって建造された『雲龍』は、基準排水量1万7100トン。全長227メートルと空母『飛龍』の流れが色濃い艦だ。

 インド洋での一連の戦いで中破し、修理と同時に、魔技研の新装備を追加する大改装が施され、短期復帰と引き換えにT艦隊に配備された。

 基本となる艦載機は57機であったが、エレベーター周りの改装で61機に増加している。


 空母『翔竜』は、スカパフローで自沈したドイツのカイザー級戦艦を空母として改装されたもので、魔技研再生空母の中でも、実験艦として使われていた。

 今では空母の基本であるマ式カタパルトレールを装備した初の空母であり、空母としては小型だが、発着艦用拡張甲板により飛行甲板での作業効率も優れていた。

 また魔法防弾装備の装甲飛行甲板により、防御力も高い。インド洋での戦いで被弾するも小破で済んだのは、その防御性能があったからである。


 その修理を兼ねて、魔技研の新装備を追加する改装が施された。

 潜水機能の追加、『鳳翔』で採用された転移甲板と格納庫。転移中継装置を搭載したことで、艦隊の転移、艦載機運用の幅が広がった。


 防御面でも強化が加えられ、新型の防御障壁を装備。こちらは二重障壁と呼ばれ、障壁に障壁を重ねて防御性能を向上させた型となる。

 また二枚のうち片方は範囲指定が可能になっており、たとえば艦載機の発艦時も、艦首方向だけ障壁を解除することで、防御しつつ出撃させることができるようになった。幽霊戦闘機からの奇襲に対する、日本海軍の一つの答えである。


 艦載機は40機と変わっていないが、転移格納庫に仕様によって、空母以外に輸送任務や兵員輸送も可能だったりする。


 最後に空母『雷鷹』は、客船カイザー・ヴィルヘルム・デア・グローセを改装したものである。

 同船は、ドイツの船舶で初めて、大西洋最速横断を果たして船に与えられるブルーリボン賞を受賞した高速客船だった。何かと『初』に縁がある船だったが、第一次世界大戦でドイツ軍に徴用されて仮装巡洋艦となった。が、1914年8月26日に、イギリス海軍の巡洋艦と交戦して沈没した。


 魔技研は、それを回収し、軽空母へと改装。排水量1万4349トン、全長201メートル、全幅20.1メートルの船体を改造。機関、3万3000馬力、22.5ノットから、6万馬力、29.7ノットに強化した。艦載機は30機を搭載。規模としては龍鳳などに近いが、脚は速めである。


 これら3隻の空母から、順次、彩雲偵察機が発艦を開始した。

 旗艦、航空戦艦『浅間』にて、航空参謀の藤島 正少佐は、海図台にて説明する。顔つきが強面で、がっちりした体躯の持ち主。開戦時は艦攻隊の指揮官だった。


「異世界帝国の連中は、南米北部はベネズエラ、コロンビアを中心にその戦力を展開していました。で、ここ以外なると、かつてのABC三国、すなわちアルゼンチン、ブラジル、チリと言ったところになりましょう」

「それで、我々が追いかけている潜水艦艦隊は?」


 栗田 健男中将が確認すれば、藤島は首肯した。


「カリブ海で暴れ回った敵潜水艦は、アメさんや我が軍の情報によれば、現在、ブラジル方面へ後退中であります」


 そ号作戦により、敵潜水艦隊は、その戦力のおよそ半数以上を喪失したと見積もられている。

 第六艦隊が小アンティル諸島で網を張り、逃げてきた敵潜を待ち伏せ、撃滅したが、これらは地球製の鹵獲艦ばかり。新鋭艦で構成される敵主力には逃げられた。


 なお、その主力は、南米行きの米輸送船弾を、行き掛けの駄賃とばかりに沈めた。小アンティルではなく、米軍のお膝元である大アンティル諸島を通過し、大西洋に抜けられたのだ。

 だが、そのまま欧州へ行くことなく、南へ針路を取ったのが確認されている。つまり、敵主力潜水艦隊は南米戦線で暴れ回る気満々ということだった。


「我が空母より発進した彩雲は――」


 藤島は力強く告げた。


「オランダ領ギアナ、ブラジルのフォルタレザ、レシフェへの長距離偵察に向かっております」

「ブラジルのこの沿岸都市は、彩雲を以てしても、いささか遠いのではないか? 往復できんのでは?」


 栗田が指摘すると、藤島はニヤリとした。


「ご心配は無用です。帰りは不足する前に転移で艦隊に戻ります」

「なるほど」


 そうだったな、と栗田は自身の顎に手を当てた。航続距離の長さに定評がある彩雲は、増槽込みなら5300キロは飛行が可能である。さらに転移離脱装置を標準装備しているから、母艦に帰り着けない事態となっても、墜落前に帰還することができるのだ。


「しかし、オランダ領ギアナとブラジルの二カ所は、かなり距離があるな」


 南米大陸北部ベネズエラの東にあるガイアナ(イギリス領ギアナ)、その隣がオランダ領ギアナ――スリナムとなる。そしてその南にはブラジル国境が接している。


「はい。それ故、オランダ領ギアナ――港のあるパラマリボフォートゼーランディアが、異世界帝国海軍の前線補給拠点として機能していました」


 敵の潜水艦隊の南米方面の拠点である。ここと、ガイアナのジョージタウン、そしてバミューダ諸島の三カ所を前線拠点として、カリブ海の通商破壊を仕掛けてきていた。


 バミューダ島の秘密拠点は、日本海軍が破壊。ガイアナのジョージタウン港は、ベネズエラに上陸した米軍が、航空隊を展開してこれを攻撃した。

 特にカリブ海の通商路を保護する意味でも、徹底的にアメリカ軍はジョージタウンの敵拠点と港施設を破壊した。


「一応、アメリカさんはフォートゼーランディアにも一度空襲を仕掛けて、港としての機能を破壊したことになっておりますが、ジョージタウンほどの攻撃頻度ではないため、敵が潜水艦隊の迎えのために、潜水母艦などの補給部隊をブラジルから進発させている可能性があるものかと……」

「ここで補給できれば、ブラジル東部沿岸まで時間をかけて往復する必要はないからな」


 栗田が納得する。オランダ領ギアナとブラジルは国境に接しているとはいえ、フォルタレザ、レシフェは南米大陸の東の突き出し近くの位置するため、海を行く場合、かなり遠いのである。


「もしここに、敵のお迎えがいれば、当然、叩かねばならないわけだな、参謀長?」

「はい。そ号作戦の掃討を逃れた敵の残敵処理と、敵潜水艦隊の補給拠点になりそうな施設の破壊も、任務のうちですから」


 神明は頷くと、藤島に確認する。


「転移中継ブイの設置の方は抜かりないか?」

「もちろんです、参謀長。長距離偵察にも転移投下装置を載せてあるヤツを出してあります。……あ、それと『千早』からも中継ブイ運びの彩雲を出してあります」


 抜かりなし、と不敵な笑みを浮かべる藤島である。

 その言葉通り、T計画遂行も忘れていない。特設補給艦『千早』、その空母じみた艦容のフネからも、偵察兼、ブイ投下のための彩雲改二が大西洋に向けて発進していた。

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