第611話、パラマリボの補給部隊


 彩雲二一型は、哨戒空母の艦載機用に開発された機体だ。

 マ式収納庫装備による偵察のついでに、遭遇した敵艦や敵基地に攻撃を仕掛けることができる艦攻兼偵察機である。

 そして今回、転移を爆撃にも使用することができる転移爆撃装置を搭載した彩雲二一型――彩雲改二が、T艦隊に配備されていた。


 まだ正規の型を与えられていないため、型の上では彩雲改のままだが、転移爆撃装置付きを区別するため、二一型改、彩雲改二と呼ばれている。

 これら彩雲改二は、マ式収納庫ではなく転移爆撃装置によって、爆弾や誘導弾、魚雷などを使用する。


 また使用するのは武器だけでなく、転移札のつけられた物資や船、今回のような転移中継ブイなど、重量制限に関係なく、目的の場所まで運び、落とす機能があった。

 純粋な通商破壊など、索敵からの敵船攻撃は、これまで通りの彩雲改で充分だが、T計画遂行のための航空機としてなら、彩雲改二が断然求められた。


 これまでのように火山重爆撃機――白鯨号をいちいち手配して飛んでもらう必要はないのである。

 そんな彩雲改二は、広大な大西洋を飛び、その長大なる航続能力で距離を稼ぐと、所定の海域で、転移中継ブイを召喚、海上に投下した。


 追加増槽をつけてのおよそ5000キロの航続距離の長さは、往復を考えなければ、大西洋の広い範囲をカバーできる。行くだけなら、増槽なしでも、南米東端から南アフリカ大陸西部に到達できてしまう。


 ただブイを投下するだけなら、T艦隊ほどの規模は必要ないとされるのは、その辺りにある。

 だが、T艦隊は戦闘部隊であるから、転移中継ブイをばらまくだけが役目ではなかった。


 米陸軍航空隊によって、一度は叩かれたオランダ領ギアナのフォートゼーランディア(パラマリボ)。そこに偵察にきた彩雲改二は、洋上に敵艦隊を発見した。


『潜水母艦と思われる輸送船10隻、空母5隻を含む護衛艦艇、およそ20隻! 現在、潜水艦に対し、補給作業中』


 第一報が、T艦隊に入り、司令部に緊張が走った。

 異世界帝国が、潜水艦隊のお迎えに補給部隊を送り込む可能性を考えて偵察機を送った。想定どおり、そ号作戦を逃れた敵潜水艦がいるようだが、まさか空母5隻の機動部隊がついているとは、想定の外だったのだ。せいぜい護衛空母かと思われたが――と言っている間に、続報が入る。


『空母は、米軍空母ワスプ型、レンジャー型。フラッシュデッキ型の小型空母1、グラウクス型軽空母2の計5隻!』

「正規空母2隻……」


 T艦隊旗艦『浅間』の艦隊司令部で、田之上首席参謀が呟いた。


「小型空母3隻を含めての5隻か」


 5隻全てが正規空母でなかったことに、ホッとする田之上。中型ないし大型空母の隻数が増えると、その分、艦載機も増える。少なければそれだけ相手しやすい。

 藤島航空参謀が口を開いた。


「潜水艦隊の補給部隊の護衛ですなァ。連中は、米軍の航空隊の襲撃に備えて、戦闘機を多く積んでいると思われます――」


 その間にさらに報告が入る。


『護衛のうち2隻をニューヨーク型戦艦と認む。他、軽巡洋艦4、護衛駆逐艦13』

「戦艦……」


 栗田が呟くように言った。


「それもニューヨーク級ということは、かなりの旧式か」


 アメリカ海軍初の超弩級戦艦。35.6センチ連装砲五基一〇門搭載のロートル艦である。


「補給線団の護衛として引っ張り出されてきた、というところでしょうか」


 米海軍の旧式戦艦お約束の、最高速度21ノットの低速艦であり、おそらく敵カリブ海艦隊の援軍戦力にも加えられなかったレベルの艦だ。

 戦艦がいけば余裕ではあるが、巡洋艦以下が挑むには、35.6センチ砲の一発が怖い敵ではある。


「参謀長、この戦力をどう叩くのが最善か?」


 栗田は問うた。それはつまり、今後の作戦事情を考え、如何に損害なく、敵を殲滅する手順はあるか、という意味であろう。

 損害に構わず突撃という手は、T艦隊の初陣では許されない。……損害を出さなければよい、ということだ。


「潜水艦を潜入させ、転移突撃で艦隊肉薄、強襲を仕掛けるのが最善と思われます」


 神明は淀みなく言い切った。一瞬面食らう栗田だが、すぐに静かに口を開いた。


「詳しく聞こうか」



  ・  ・  ・



 パラマリボフォートゼーランディアの町から数キロ北の海上にムンドゥス帝国の輸送船団とその護衛部隊――南米艦隊第三群が展開していた。


 潜水艦補給を担当する潜水母艦10隻。そして護衛につくニューヨーク級戦艦『ニューヨーク』『テキサス』、空母『ワスプ』『レンジャー』『ロングアイランド』は、開戦以後の戦いで、撃沈された米艦艇の再生艦だ。

 他にムンドゥス帝国のアムシル級防空巡洋艦4隻、護衛の駆逐艦13隻、グラウクス級軽空母2隻で編成されている。


 これらはカリブ海から戻ってきた潜水艦隊の潜水艦に対して、補給を行っていた。通商破壊隊に対する補給、魚雷の補充などが行われていたが、主力である第一潜水艦隊の到着は、遠回りしている分、遅れていた。

 補給部隊司令官であるグラペー少将としては、米軍の偵察機が飛んできて発見される前に事を済ませておきたいというのが本音であった。


 艦隊の存在が知られれば、米軍の攻撃隊が飛んでくるかもしれないし、カリブ海の日本艦隊が殴り込みに来るかもしれない。

 早期発見し離脱を図りたいが、低速のニューヨーク級戦艦を抱えている今、捕捉されれば逃げ切れない場合もあった。


 グラペーは、こっそりとため息をつく。自然と回数が増えていて、部下に見られると大変気まずくなる。指揮官とは常に模範であるべきであり、怠惰な姿を見せるものではないのだ。


「接近中のTR型へ。艦番を明らかにし、早急に浮上されたし。これ以上、潜水で接近すると、浮上スペースがなくなる――」


 管制担当が、補給部隊に接近しつつある友軍潜水艦に呼びかけている声が、グラペーの耳に届いた。

 他にも担当者がいるが、その声が少々緊張を帯びていたので、艦橋クルーの注意を引く。


「繰り返す、接近中のTR型。艦番を明らかにし浮上せよ」

「水中だから聞こえていないんじゃないか」

「音暗号で呼びかけるか――」


 管制担当同士でやりとりし、対処手順を確認する。グラペーは、艦長を見た。


「トラブルか?」

「そのようですな。友軍の――音紋からTR30ないし33号のようですが、応答がないようで」

「故障か?」

「日本やアメリカとトンパチした後のフネばかりですからね。損傷して、排水機能に問題があるかも――」

『右舷見張りより艦橋。左舷方向に潜水艦、浮上の模様!』

「――浮上したか」


 艦長が艦橋左舷側へと移動する。グラペーは司令官席に腰掛けたまま様子を見る。


「……ありゃ? TRクラスじゃないぞ? どこのフネだ?」

「どうした、艦長?」

「いえ、地球製の鹵獲潜水艦だとは思うのですが、なにぶん型が多くて覚えきれないですからね」


 地球の様々な国から鹵獲した艦艇をムンドゥス帝国は使用している。故に潜水艦と見ても、細かな判別が難しい。


「まさか、日本軍じゃあるまいな?」

「いいえ、日本のイ号ともロ号とも違うようですが――」


 艦長が再び双眼鏡を覗き込んだ時、それが起きた。

 突然、浮上潜水艦の左右に巨大な艦――戦艦がそれぞれ1隻ずつ出現したのだ。


「!?」


 あまりのことに、艦長含め、その場の全員が固まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る