第612話、T艦隊、パラマリボに突撃
フォートゼーランディア(パラマリボ)の潜水艦隊補給部隊は、カリブ海より撤収してきた潜水艦への補給活動に勤しんでいた。
やってくる潜水艦は浮上し、潜水母艦の横で停船すると、給油作業をはじめ、艦首斜め上から魚雷を滑り込ませるように補充する。
周囲を警戒する護衛艦であるが、友軍潜水艦がポツリポツリと通過していく。ソナーマンは耳をすませているものの、見張り員たちはもっぱら空に注意が向いていた。逆探知を警戒し、一部のレーダーピケット以外は使用は控えているので、目視への注意度合いは高かった。
そんな中、海中からT艦隊の潜水艦『伊701』『伊702』が、異世界帝国護衛部隊の警戒網をすり抜けた。
駆逐艦のソナーマンが聴音機でかろうじて、潜水艦を探知。浮上もせず入ってくるそれに一瞬は警戒するも、聞こえてくる航行音が味方のTR級潜水艦のそれとわかると、彼らは緊張を解いた。
友軍潜水艦はこれまでも何十と通過してきた。敵や未確認のものならともかく、味方にいちいち反応していては身がもたない。
だが、それは、彼らが警戒しなければならなかったであった。
『伊701』『伊702』は、マ式可変スクリューによって、自らが発するスクリュー音を別の潜水艦に偽装していた。
まんまと味方と思い込んだ異世界帝国ソナーマンを躱し、補給部隊の懐に飛び込んだ2隻の伊号潜は分かれると、所定の位置につき、マ式通信を発信。そして浮上を開始した。
敵のド真ん中にその姿を晒した『伊701』。
異世界人たちが、伊号とも呂号とも違うシルエットの潜水艦に疑問を抱いたその時、伊701装備の転移中継装置の誘導に従い、T艦隊が殴り込みを開始した。
最初に現れたのは、航空戦艦『浅間』と『八雲』だった。
基準排水量3万6500トンの戦艦は、艦首の主砲を素早く旋回させ、最初に叩くべき目標――ニューヨーク級戦艦へとその砲門を向けた。
「敵戦艦、直接照準よし!」
「各艦、撃ち方始め」
栗田 健男中将が短く命令を発する。
浅間型航空戦艦の主砲――40.6センチ三連光弾三連装砲二基六門を『浅間』はBB-35『テキサス』、『八雲』がBB-34『ニューヨーク』に向け、発射した。
距離およそ3000の至近距離である。
基準排水量2万8400トン、全長170メートル。35.6センチ連装砲を主砲とする旧式戦艦の、舷側で一番分厚い356ミリの装甲を一瞬の間に三発が直撃、穿って機関、そして弾薬庫で吹き飛ばした。
『テキサス』の艦橋がバネの玩具のように真上に跳ね飛び、艦体が爆発四散した。同じく吹き飛んだ艦首の一番砲塔が海面に跳ねて、水飛沫を上げさせる。
「敵戦艦1隻、爆発轟沈!」
見張り員の報告を聞くまでもなく、栗田や神明ら司令部要員は、それを目撃した。そして時を置かず、僚艦の『八雲』もまた、ニューヨーク級戦艦『ニューヨーク』を爆発、その艦首を上にさせながら沈没させた。
まず最大の砲撃戦力である敵戦艦2隻を1分以内に始末した。
「直掩、展開させます!」
「砲術長、次の目標へ主砲を指向! 狙うは空母『ワスプ』だ!」
艦橋要員や艦長が指示を出す中、『浅間』は砲撃圏内で、のんきに停船しているアメリカ製空母へ砲を向ける。
その間にも戦況は動いている。
伊701は、航空戦艦に続き、重巡洋艦『愛鷹』『大笠』を転移で呼び寄せていた。
装甲巡洋艦時代のフランス旧式艦を再生、大改装したそれは『愛鷹』が『エルネスト・ルナン』、『大笠』が『ジュール・ミシュレ』である。
艦首と艦尾に一基ずつある20.3センチ三連光弾三連装砲――つまり、対障壁貫通光弾砲を主砲に備える2隻は、敵の軽巡洋艦――アムシル級防空巡洋艦の土手っ腹に、三連続光弾を叩き込んだ。
新鋭のアムシル級は、多数の対空・対艦両用の光弾砲塔を装備していたが、その火力は駆逐艦以上、小型軽巡洋艦程度。重巡級主砲の連続着弾に耐えられる装甲はなかった。
仮に防御シールドを展開したとしても、愛鷹型重巡の光弾砲は、それを貫通する!
一方、途中で伊701と分かれた伊702――オーストリア海軍防護巡洋艦『カイゼリン・エリザベート』を潜水艦として大改修したそれも、転移中継装置により、T艦隊の大型巡洋艦『筑波』、軽巡洋艦『奥入瀬』を呼び寄せていた。
これら2隻も、残るアムシル級巡洋艦に対して砲撃を開始する。
筑波型は、フランス海軍のクールベ級戦艦を、大型巡洋艦として改装した艦だ。ただし、異世界帝国が鹵獲し、のちに日本海軍が回収したものではなく、1922年に座礁、沈没したクールベ級『フランス』を幽霊艦隊経由で入手したものである。その主砲は日本海軍大巡主力砲の50口径30.5センチ連装砲である。
軽巡相手には明らかにオーバーキルだった。距離も数千メートルも離れていないとあれば、通常の砲撃でも当たった。
そして軽巡洋艦『奥入瀬』は、オランダ海軍のジャワ級軽巡洋艦『ジャワ』の改装艦である。モルッカ海夜戦で、単艦突撃した当時の連合艦隊旗艦『播磨』の救援に現れた幽霊艦隊所属として、『トロンプ』『天龍』と共に参戦した1隻である。
15センチ単装光弾砲を艦体各所に計10門装備するジャワ――『奥入瀬』は、息もつかせない猛撃を、最後のアムシル級に浴びせ、たちまち敵を蜂の巣にした。
さらにさらに、パラマリボ近くに彩雲改二が投下した転移中継ブイによって、T艦隊空母群、『雲龍』『翔竜』『雷鷹』が移動。飛行甲板に待機していた航空隊を、マ式
神明がかつてマリアナ諸島奇襲作戦で用いた策である。空母群をギリギリまで接近させ、一斉に艦載機を発進させることで、敵が航空機の接近に気づいて発進させるより早く、殴り込みをかける。
3隻の空母から発艦したのは暴風改戦闘爆撃機だ。レンドリースされたF4Uコルセアの日本海軍仕様の改造型である。
同じく米国より提供された5インチFFARを主翼に4発ずつの計8発、さらに胴体下に500ポンド爆弾を搭載した暴風改は、空母を飛び立つと、あっという間に戦場に到着。
突撃してきたT艦隊艦の対処に大慌ての敵駆逐艦や、潜水母艦に対して、その名の通り暴風のように襲いかかった。
内地では、誘導弾不足が叫ばれ、配備待ちの列ができている中、T艦隊は、たっぷり送られてきたアメリカ製の爆弾やロケット弾を率先して採用し、こうして不足なく戦場に持ち込んだ。
高速戦闘機であり、爆撃装備も可能なF4U――暴風は逆ガル翼を煌めかせ、猛禽のごとく敵水上艦艇に襲い掛かり、血祭りに上げていった。
そうこうしている間、空母『ワスプ』『レンジャー』は、『浅間』『八雲』の主砲によって、あっという間に撃沈されていた。
どちらもワシントン軍縮条約、あるいはロンドン軍縮条約の影響で、排水量の制限を受けたことで、ヨークタウン級に比べて完成度に問題のある空母である。
だが、戦艦主砲を前にしてはどちらも関係ない。格納庫の可燃物の誘爆と相まって、派手に爆沈する。
T艦隊の転移突撃によって、フォートゼーランディアに展開していた補給部隊、そして補給にきていた潜水艦は壊滅した。
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