第613話、パラマリボの海
フォートゼーランディア(パラマリボ)の異世界帝国船団と、補給中の潜水艦数隻は、T艦隊の襲撃によって壊滅した。
司令長官の栗田 健男中将は、海上の敵艦の残骸の奥に見える街並みを見やる。
一度、米軍が飛行場と港を爆撃したと聞いているが、市街にも戦闘の跡が生々しく残っている。
「洋風の小洒落た町並みだったんだろうなぁ」
平和な時にきていたら、観光も悪くなかった。異世界帝国が征服した土地には、ほぼ異世界人の兵隊しかいなくなる。今上陸しても、地元の住民は独りも残っていないだろう。
「あの戦争の跡は、米軍の空襲か、はたまた異世界人が占領した時のものか」
それに答える者はいない。
「長官、艦隊の被害報告が揃いました」
参謀長の神明少将が集計を持ってくれば、栗田は頷いた。
「聞かせてくれ」
「艦艇の被害は、駆逐艦『雨露』に、飛散した敵艦の残骸が当たり機銃座が1基破損したのみ。航空機は暴風戦闘爆撃機が3機撃墜され、2機が破損――以上です」
「艦艇の被弾はなかったのか?」
栗田は、わずかに驚いた。敵に反撃の隙を与えない、素早い奇襲ではあった。脅威度の高い戦艦から排除したが、複数いた駆逐艦や潜水母艦の武器などで攻撃される余裕はあったように思える。
「航空隊が間髪を入れず、護衛艦を攻撃しましたから。敵の反撃は、暴風が引き受ける形になったというところでしょうか」
神明は答えた。
補給部隊の外周を守っていた駆逐艦などが、内側に入り込んだT艦隊の方を向いた時、外から航空機が高速で突っ込んできた。咄嗟の対応に遅れ、ロケット弾や爆弾を食らうことになり、艦隊に手を出す前にやられてしまった、と。
護衛艦艇の反撃は、まず自分たちを襲う航空機に向けられ、そして数機に手傷を負わせたところが限界だったわけである。
「戦死者は、搭乗員か?」
「いえ、無人コア機でしたから、この戦いの負傷者は報告されていません」
「戦死ゼロ?」
「はい」
きっぱりと告げる神明。栗田は、まいったね、と自身の頭を撫でた。
「つまり、完璧に仕事をこなしたわけだ。我が艦隊は」
「そうなります」
ろくに艦隊での合同訓練もできていない寄せ集め感があるT艦隊だが、いざ実戦となれば、作戦は全て上手くいった。
「大したものだよ。君の作戦は」
「恐れ入ります。しかし個々の兵たちの技量が間違いなく発揮されてこその成功です」
「その成功も確信していたのだろう、君は」
栗田はニコニコしている。細かなことを並べられた時は複雑な作戦だ、という印象を持った栗田だったが、個々の割り当て分だけを考えてみると、複雑どころか非常にシンプルな指示しか出しておらず、個々の役割を果たせば、この結果に繋がるという道筋が見えてくるのだ。
神明が言った通り、T艦隊――というより、所属艦艇が自分の割り当てをきっちりこなせばよく、艦隊としての連携はむしろなかった。
例えば旗艦『浅間』は、戦艦1隻をまず仕留めて、次に距離の近い正規空母1隻を沈める。この二つが最低でもやることであり、その後余裕があれば軽空母、潜水母艦を叩く。
僚艦の『八雲』も同じ役割を与えられ、大巡『筑波』、重巡『愛鷹』『大笠』、軽巡『奥入瀬』は敵軽巡洋艦1隻の排除が最低条件。後は駆逐艦を掃討という指示しか出されていない。
T艦隊を敵に懐に飛び込ませた伊701に対しても、敵潜水艦に偽装して侵入、浮上して転移中継装置を使え、という指示と、後は自艦の防衛に務めよ、だけである。
艦隊所属艦艇の個々の練度は非常に高い。これは栗田も認めるところである。元々、少数の艦艇での通商破壊戦のために調整されてきた艦ばかりだ。だから、当然といえば当然かもしれない。
足りないのは艦隊で歩調を合わせて動くことだが、それを必要としない戦い方をすれば、何も不都合がないわけだ。艦隊としての練度は、追々上げていけばよい。
「さて、次はどうするね、神明」
「そうですね。……今回、敵の潜水艦隊の主力はここにいませんでした」
カリブ海から逃走した敵潜水艦隊の残敵掃討も、T艦隊の任務のうちである。比較的距離が近いオランダ領ギアナの拠点に敵潜水艦隊はやってくると思われたが――
「我々は転移を使っている分、先回りしてしまったかもしれません」
「すると待ち伏せか?」
「呂号潜水艦を1隻、近辺に潜ませて様子を見ます。もし敵潜水艦隊が、こちらに来るようなら、通報と追跡させます」
「その間、我々は動くというわけか」
「はい。敵潜水艦隊の移動先が、ブラジル方面である可能性を考慮し、フォルタレザ、レシフェを叩きます」
異世界帝国が軍港化したこれらは、敵潜水艦の修理、補給が可能だ。その立ち寄り先を攻撃すれば、敵はますますカリブ海から離れた拠点にまで移動しなくてはならなくなる。
「では、次はフォルタレザか」
位置的に近い、といっても通常航行では、かなりの距離があるブラジルの拠点が、次の目標と定める。
「彩雲偵察機が、すでに転移中継ブイをフォルタレザ近海に投下していますから、整備と補給が済み次第、いつでも攻撃できます」
「うむ、まあ、今日はいいだろう。……すでに作戦は、君の頭の中にあるのだろう?」
「はい、長官」
「では、皆に作戦内容を徹底させ、兵たちには適宜休息を取らせよう」
栗田はそう判断した。実行する兵には休みも必要であるし、何をするのか、作戦の内容についても把握する時間は必要だ。
フォートゼーランディアの補給部隊がやられたことが、他の異世界帝国軍に伝わるにしろ、すぐに次の拠点を攻撃するとは、敵も考えていないだろう。
位置的にカリブ海に近いから、あるいは報復として攻撃されたと思って、ブラジル東部沿岸までは来ないと判断するに違いない。
あるいは偵察機くらいは飛ばして警戒を強めるかもしれないが、転移で道中をすっ飛ばす以上、T艦隊にとってはさほど問題ではない。
見つかった時、すでに攻撃を開始していれば問題ないのだ。いざ脅威を感じるほどの敵がいたり、逆襲してくるなら転移で逃げて、別の場所を攻撃すればよい。
T艦隊は、フォートゼーランディアの海を離れる。
敵潜水艦隊が到着した場合に備えて、『呂403』――かつての第33号哨戒艇、樅型駆逐艦『萩』の改装潜水艦が、現地に留まる。
これとは別に『伊350』が、ここで撃沈した敵艦のマ式回収の作業を行う。敵に再利用されないように。回収作業が済めば、転移中継装置でT艦隊に合流する予定である。
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