第245話、海中からの刺客


 正木初子大尉は、魔核を操り、戦艦『大和』を動かしていた。

 飛来する敵弾は、防御障壁でカット。爆発と海面を割る水柱が上がる。直後、『大和』は障壁を解除。装填された46センチ三連装砲が火を噴く。


 着弾。初子の能力で弾道を修正された1.4トンの砲弾が、敵航空戦艦『プロトボロス』に収束するが、こちらも防御障壁によって弾かれる。


 長期戦になる。これまでは容易に敵戦艦の守りを砕いてきた『大和』だが、同格の攻撃、防御を持つ相手は、さすがに一筋縄ではいかない。


「さすが敵の大型戦艦、しぶといな」


 艦長の大野大佐も双眼鏡を覗き込む。

 かつては世界最大の砲を装備することで、他の戦艦を鎧袖一触にするつもりで建造された大和型であるが、異世界の敵は、それに匹敵する大型戦艦を用意してきた。


『……っ!』


 魔核を制御していた初子は、突然割り込んできたそれに一瞬注意を取られた。

 妹である妙子が念話を送る時は、もう少しソフトな接触だけれど――しかし初子はそれ以上は余計なことを考えなかった。

 それどころではなかったのだ。


『艦長!』

「どうした?」


 大野艦長が、突然声を出した初子に驚き、専用シートに振り返った。


『水中より、敵戦艦が放った魚雷を確認しました! 本艦に向けて接近中です!』

「なに、魚雷だと……?」


 戦艦が魚雷――第一次世界大戦からしばらく、戦艦にも魚雷が積まれていたのは事実だが、現代の戦艦はもはや魚雷を積まないのが基本となっている。


 計画段階で、この大和型も80センチもの大型魚雷を積む計画案があったという話はあった。だが実際には装備されていないし、異世界帝国の戦艦もこれまで魚雷など搭載していなかった。


『魚雷、およそ20。すべて誘導式のようです』

「誘導式の魚雷……っ!」


 大野の顔が強ばった。この大和型ならば魚雷の数本くらいで沈むことはない。不沈艦などこの世に存在しないが、それに近いのがこの戦艦だという自負はある。しかし20本の魚雷を一斉に食らえば、さすがに『大和』と言えど無事で済む保証はない。


 さらにそれが誘導魚雷ともなれば、舵を切ったところで回避できないだろう。防御障壁で防ぐことはできるが、それで障壁が破られれば、敵戦艦の砲弾が致命傷になりかねない。


 かといって障壁を解除したところで、多数の魚雷を受けて、下手すれば沈没。よくても浸水による傾斜増大とその対処で、砲戦能力の維持が困難になる恐れがあった。


『現状、回避は不可能です。一式障壁弾を用いた高角砲による迎撃を推奨致します!』

「うむ……それしかあるまい。高角砲による迎撃! 弾種、一式障壁弾!」


 大野は命令を発した。


『大和』の艦中央部、無数の対空砲座群に混じって搭載されている50口径12.7センチ連装高角砲は十二基二十四門。うち片舷に向けられるのは六基十二門だ。それらは一斉に旋回、砲を魚雷針路上に向ける。


『敵魚雷群、捕捉しました! 高角砲、撃てます!」

「撃てぇ!」


『大和』の12.7センチ連装高角砲が、小口径の砲弾を放った。その一斉射は、高速で海面に突っ込むと、直後、光の壁が海を突き破って出てきた。

 パッと開いた壁に次々と魚雷が命中した。立て続けに障壁にぶつかり、水柱がその都度巻き起こる。


「……やったか?」

『再捕捉、残り3!』

「迎撃せよ!」


 次弾装填された高角砲が発砲。直後、障壁を展開し、『プロトボロス』から飛来した砲弾が激突する。大野は一瞬、三本くらいなら障壁に任せてもよかったかもしれないと思った。


『防御障壁、出力50パーセント!』


 初子の報告に、大野は頭を振る。いや、魚雷は一式障壁弾でよかった。現状『大和』の生命線である防御障壁の耐久も、敵戦艦の砲弾で削られている。そう余裕があるわけではない。


「……?」


 ふと、辺りが静かなのに気づいた。艦橋にいた乗組員たちはそれぞれの任務に当たっている。しかし、この静寂は何なのか。


 大野が違和感の正体を探る中、魔核の淡い光を浴びている初子が身動きせずにいるのが目に止まった。

 そこで気づく。『大和』が主砲の発砲を中断していることに。


 敵の砲弾を障壁が受け止めた直後、障壁を解除して46センチ砲を放つ。それを繰り返していたのに、それがパタリとやんだのだ。


「大尉、どうしたか?」


 大野が確認すれば、初子は一点を見つめたまま、呟いた。


「来ます」



  ・  ・  ・



『ヤマト、魚雷を迎撃した模様!』


 航空戦艦『プロトボロス』の司令塔で、エアル中将は唸る。


「魚雷を阻止する武装があるのか……。おのれ、ヤマト! もっと接近しろ! 突撃して距離を詰めろ!」


 怒鳴るように指示を出した時、大きな波の音が聞こえた気がした。いや、実際に『プロトボロス』の司令塔の窓と艦首が大波を被った。エアルはその違和感に左舷側へと視線を向けた。


 すべてがスローモーションのように見えた。すぐ側に見えたのは海ではなく、軍艦らしきもの。



  ・  ・  ・



「障壁、展開!」


 神明大佐は声を発した。海中から、『プロトボロス』の真横に浮上した戦艦『扶桑』。主砲を右舷へと指向させる中、改装で装備された防御障壁が発生した。


 ズガガァンと衝突音がして『扶桑』は僅かに揺れ、対して舷側がこすれるほど至近だった『プロトボロス』は力強い衝撃によって跳ね飛ばされた。


 7万5000トンの巨艦が、わずか数メートルとはいえ弾かれ、傾いた。そして艦は横へ傾いた際、バランスを取るべく元に戻ろうと自然と反対側へと戻る。


「主砲、一斉発射!」


 改装『扶桑』の35.6センチ連装砲五基一〇門が、艦からたった一〇メートルほど先の『プロトボロス』に突き刺さった。


「障壁、再度展開! 急速潜行っ!」


 ゼロ距離射撃と言ってもよい超至近距離。たかだか35.6センチ砲弾で、対45.7センチ砲対抗装甲を貫くのは不可能――とは、まともな砲戦距離での話。このような手を伸ばせば届く距離など、当然安全距離ではない。


 さらに『プロトボロス』に不幸だったのは、傾斜から復元しようと戻った時に砲弾を叩き込まれたことだ。

 つまり、当たったのは、もっとも分厚い舷側防御ではなく、舷側より薄い水平甲板だったのだ。


 艦首、二番ベータ砲塔近く、飛行甲板のある中央と後部甲板手前を、10発の一式徹甲弾が貫通した。艦体に入り込んだ砲弾がその封入された力を開放した時、巨艦が震え、巨大な火柱が噴き上がった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・扶桑型戦艦改二型:『扶桑』

基準排水量:3万4900トン

全長:212メートル

全幅:33.8メートル

出力:マ式機関12万8000馬力

速力:29.3ノット

兵装:45口径35.6センチ連装砲×5 12.7センチ連装光弾両用砲×8

   八連装対艦誘導弾発射管(煙突)×1 対空誘導噴進弾発射機×2

   20ミリ連装機銃×24 対潜短魚雷投下機×2

航空兵装:――

姉妹艦:『山城』

その他:日本海軍の超弩級戦艦『扶桑』を、回収、再生と大改装を施したもの。潜水型戦艦となり、機関をマ式に更新。艦橋後ろの3番砲塔を撤去し、主砲は六基十二門から五基十門に減らされている。操艦人員削減のため、かなりの自動化が図られており、副砲と高角砲は、統合した光弾両用砲に置き換わっている。

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