第246話、九頭島ハ健在ナリ


『敵戦艦、大破の模様! 船足、止まります!』


 見張員の報告が、戦艦『大和』艦橋に響いた。


 異世界帝国の航空戦艦の艦首が、大爆発を起こして周囲に引き千切られた金属片を飛ばした。さらに艦隊中央、X字型の飛行甲板がある辺りも大火災とどす黒い煙が勢いよく吹き出していて、勢いは艦全体に広がっていた。

 断末魔の光景だ。第八艦隊を壊滅に追いやった敵大型戦艦が、今まさに沈もうとしている。


「一体何が起きたのだ……?」


 大和艦長の大野竹二大佐は、半ば呆然と呟いた。

 こちらから砲撃を中止してしばし、突然、敵戦艦『プロトボロス』が揺れ、次には爆発した。大野は正木初子に振り返る。突然砲撃を止めたのも彼女だから、何か知っていると思ったのだ。


「正木大尉、何が起きたかわかるか?」

『神明大佐の戦艦『扶桑』が、敵戦艦の至近に浮上して、超近接射撃を見舞ったのです』


 初子が答えると、大野は目を丸くした。


「『扶桑』だと? あの『扶桑』か?」


 日本戦艦の中でも、金剛型に続く旧式戦艦である。完成当初は世界最大の戦艦として竣工したものの、色々と問題点のある艦だった。異世界帝国との戦いでも撃沈され、日本海軍に奪回、改修されていたのだが――


 まさか35.6センチ砲戦艦で、格上の43センチ乃至45センチ砲搭載の大型戦艦を仕留めてしまうとは、ちょっと考えられないことだった。

 だが同時に、『神明大佐の』と聞いた時点で、そういうこともあるかと納得している大野でもあった。


 大野からして、神明は海軍兵学校の後輩ではあるが、鈴谷艦長時代に九頭島にいて、魔技研の装備と戦術、神明が上げてきた戦果と手腕は勉強させてもらった。


「こちらからでは『扶桑』の姿は敵艦で見えなかったが……そんなに至近距離だったのか?」

『はい。おそらく数メートルと離れていなかったかと』

「信じられん……」


 ほとんど接舷戦闘ではないか。大昔の海賊でもあるまいに、よくもそこまで踏み込めたものだ。

 いや、あれが潜水型水上艦だからこそ出来ることか。マ式機関によって水中でも、従来の潜水艦以上の高速力を発揮できるからこそ、進路予想からの大胆な待ち伏せができたのだろう。


「しかし、それだけの至近距離では、撃った『扶桑』はどうなった?」


 爆発に巻き込まれて、『扶桑』も無事では済まなかったのではないか。大野の問いに初子は答えた。


『発砲直後に防御障壁を張って、急速潜行したようです。『扶桑』の無事は確認済みです』


 実は、初子は砲撃戦の最中、ちょくちょく『扶桑』の神明と念話でのやりとりを行っていた。


 九頭島の秘密ドックを出航した『扶桑』はただちに潜行し、『プロトボロス』の針路を見ながら至近から仕掛けられるポジションへの移動を行っていた。


 そんな中、『プロトボロス』が魚雷を連続して放ったのを観測、それを『大和』の初子へと念話で知らせた。だから彼女は、魚雷の捕捉前に、攻撃の存在を知り、大野に報告できたのだ。

 神明の通報がなければ、魚雷の対処はギリギリになっていたかもしれない。


「海中より大型艦、浮上ッ! あれは――」


 見張員が叫んだ。あの特徴的だった艦橋は、姉妹艦である『山城』のようにすっきりした印象はあるものの、『扶桑』に違いない。


「扶桑型! 扶桑型です!」


 見張員が『扶桑』でなく型までつけたのは、艦橋が『山城』に似通っている形に改装されていたのと、その大きな見分けポイントであった艦橋後ろの三番砲塔がなかったからだろう。


 以前までの素人でも見分けられる姉妹艦のポイントとして、『扶桑』は三番砲塔が前向き、『山城』が後ろ向きになっていた。

 そもそも『扶桑』がアンバランスな外観の艦橋になったのも、その三番砲塔が前向きだったせいでもある。

 しかしこの改装扶桑は、主砲が五基に減っていた。おそらく砲を撤去したスペースを機関の増強に回したのではないだろうか、と大野は思った。


「正木大尉、状況確認だ。本艦に損傷はあるかね? 戦闘続行は可能か?」

『本艦に損傷は認められず。艦長の適切な指揮の賜物です」

「ん、そうか……」


 若い娘に戦場で褒められるという経験は、大抵の艦長にはないことだろう。悪い気はしない大野であるが、実際、敵大型戦艦と砲撃戦を演じて、的確に防御障壁の使いどころを命じていたために、直撃だけでなく至近弾のダメージも『大和』は受けなかったのである。


『戦闘に支障はありません。九頭島司令部に戦況を確認しますか?』

「頼む。まだ敵がいるならば、この『大和』で蹴散らしてやれねばならない」


 それが、セイロン島から転移で戻った『大和』、大野が、第一機動艦隊の小沢中将から命じられた任務である。


 連合艦隊司令部から戻った小沢が血相を変えて、ただちに『大和』を九頭島へ飛ばすと言った時は、さすがの大野も吃驚してしまった。

 それだけ九頭島の海軍工廠が重要だということだ。現在の日本海軍の戦力増強が叶ったのも、九頭島の存在があればこそだ。今でこそ外地でも、魔力改装や修理が可能になりつつあるとはいえ、重要度は変わらない。


『艦長、九頭島司令部と情報共有しました。襲撃した敵艦は全滅。ただし、まだ潜水型の敵が潜んでいる可能性があるので、警戒を続けられたし。以上です』



  ・  ・  ・



 九頭島防衛戦は終了した。

 航空戦艦『プロトボロス』を旗艦とするエアル遊撃部隊は全滅。指揮官、グラストン・エアル中将も戦死した。


 敵旗艦は、戦艦『扶桑』が沈め、敵重巡洋艦は、第八水雷戦隊と、正木妙子の魔力誘導を受けた大型巡洋艦『早池峰』の対艦誘導弾により撃沈した。


 潜水巡洋艦や駆逐艦も、航空隊や沿岸砲台、駆けつけた八水戦などの活躍で全滅させた。

 戦闘自体は、日本軍側が防衛を成功させ、勝利と言える。


 一方で、九頭島では、表ドックで改修中の艦とドックが軒並みやられた。秘密ドックは健在で、浮きドックのほうもいくつか残ったものの、その修理、改修作業の支障が出るのは間違いなかった。


 飛行場も復旧はできるが損害を受け、防衛砲台も島に配置された三割を喪失した。

 ほか一部施設に損害を受けたものの、訓練飛行隊や海軍魔法学校生徒など、今後の海軍の重要戦力となるほうへの被害は最小限で済んだ。これは不幸中の幸いだった。


 九頭島、健在。敵襲撃部隊の全滅は、ただちに連合艦隊司令部や軍令部、報告を待ちわびる第一機動艦隊に届き、山本五十六長官や小沢中将らを安心させた。


 なお二人が、一番ホッとしたのは、神明が無事だったことだったという。

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