第118話、青電、空を往く


 試製マ式艦上戦闘攻撃機『青電』は、実験空母『翔竜』の飛行甲板の前の方へゆっくりと移動する。


 ジェットでもない、レシプロでもない独特のエンジン音がする。そろそろこの唸るような音にも慣れてきた。

 コクピットレイアウトは、零戦などより一式水上戦闘攻撃機に近いのは、製造元が武本工業だからだろう。


『こちら「翔竜」管制。青電一番、前方の誘導員は見えるな? そこまで前進しろ』

「こちら青電一、了解」


 無線の調子はよい。半年前まで使っていた無線機は、雑音だらけでろくなものではなかった。これが当たり前。もう無線機がないとやっていけない。


「うへぇ、結構、前だな。俺たちを甲板から落とすつもりか?」

『魔技研からは、無風でも30メートル以内に滑走できると聞いている』

「そういう離陸装置がついているけどさ。……これで30メートル以内? 目と鼻の先だな」


 カタパルトなしだと、空母から落っこちる距離に見える。マ式エンジンと軽量化の組み合わせは、短距離離陸を可能としているのは知っているし、九頭島の航空基地でもやっている。


 とはいえ、そもそもこの実験空母、飛行甲板は、幅はあるが長さが短い。この『翔竜』は第一次世界大戦時のドイツ戦艦を、空母に改装したもので、基準排水量1万6042トン、182メートルと長さでは軽空母並みなのだ。


『青電一番、発艦準備よろしいか?』

「妙子」


 須賀は後座――偵察員席の妙子を一瞥する。


「問題なし」


 すぐに返事がきたので、須賀は無線機に呼びかける。


「こちら青電一、準備よし」

『了解。青電一番、発艦せよ』

「発艦!」


 無線が使えるようになって、一航艦にいた頃とやり方が全然違う。などという雑念は捨てて、スロットルを開き、マ式エンジンの甲高い音に鼓膜を揺らせつつ、青電はあっという間に『翔竜』の飛行甲板を離れた。


 飛行甲板の先に近いから、どうにも空母から発艦したという実感が薄い。艦橋の脇を抜けて、見送りの整備員たちの前を堂々と通過する……。せっかく久しぶりの空母なのに、寂しいったらありゃしない。


 ゆっくりと上昇機動。前翼のせいか、この機体はすぐに上を向きたがるから、急上昇するのでなければ、控えめで充分である。


 ――相変わらず、パワーは凄いな……!


 スロットルを開く。レシプロ機とは比べものにならないほど、グングン機体が上昇していく。これを味わってしまうと、レシプロ機で高高度へ飛ぼうなんて、考えたくなくなる。


 ――とはいえ、空母艦載機で、高高度に迎撃で上がる機会ってそうないんだろうな。


 以前、坂上博士が、重爆撃機から誘導弾を使われるようになったら、空母機動部隊にも高高度迎撃手段は必要になる、とは言っていたが……。


 ――そういや、フィリピン海海戦で、敵の重爆撃機が艦載機を運んできたっけ……。


 須賀は思い出す。まさか重爆撃機が、航空機を搭載して高高度から落としてくるなど、思いもしなかった。

 おかげで連合艦隊の、敵艦隊への追撃ムードが消えて、フィリピン海海戦は幕を閉じたのだ。


「……ん?」

「どうした、妙子?」


 偵察員席の妙子が反応したのを、須賀は感じ取る。特に能力ではないが、同じ機体に乗る相棒としての共感みたいなものである。


「何か、来る……?」

「何かって何――」

『青電一番、こちら「翔竜」管制』


 母艦から通信が来た。


『小笠原防空司令部より通報。高度およそ1万にて、未確認の大型航空機の編隊を確認。推定、異世界帝国の重爆撃機』

「!」


 須賀は息を呑んだ。ここは小笠原諸島近海だ。つまり本土なのだ。そこで敵と思われる重爆撃機が集団で飛んでいるなど、普通に考えても異常事態だ。


「本土が狙われているってことか?」

「まさか!」


 妙子も驚く。母艦からの無線は続く。


『およそ、20から30機の編隊は、現在北上中。このままのコースだと帝都に接近の可能性大。青電一番、誘導するので、目標を目視、確認せよ』

「青電一、了解! ……冗談だろ」


 最後は独りごちながら、操縦桿を捻る。飛んだ飛行試験になってしまった。


「義二郎さん、敵の重爆撃機が東京を狙っている?」

「このままのコースを変えなきゃな」


 果たして、こいつらはどこから飛んできたのか。重爆撃機だというなら、おそらくマリアナ諸島が怪しい。だがあそこは、今年9月に第九艦隊が叩いてまだ修復途中という話だった。

 ただ飛行場を叩いただけではない。サイパンもグアムも港湾施設も破壊したので、その修繕には時間が掛かると思われたが……。


 ――飛んできたってことは、そういうことなんだろう。


 青電は、空母「翔竜」からの管制に従い、高度1万を超えて上昇。マ式エンジンは快調そのもので、高高度を飛んでいるとも思えないほどよく動いた。低高度を飛んでいるとほとんど変わらないというのは、エンジンそのものがレシプロと違うのだと感じさせる。


「目標を確認!」


 いつもの如く、妙子が、機械より早く魔力で目標を捕捉した。


「形状からして、異世界帝国の重爆撃機だよ。……ほんと、クジラみたい」

「空を泳いでますってか?」


 須賀はまだ目標を捉えていない。戦闘機乗りとして目はいいのだが、魔力索敵はそれよりも勝る。


「妙子、お前クジラは見たことあるか?」

「うーん、本物はないね。図鑑でしか見たことない」

「図鑑?」

「神明さんちにお邪魔した時に見せてもらった」

「大佐の家で?」


 思いがけないワードが出てきた。家にお呼ばれするような仲なのかと、ちょっと嫉妬じみた感情を抱く。


「……と、何か見えてきた」


 ごま粒みたいな点がいくつか、ようやく視野に収まってきた。青電はさらに距離を詰める。


 ――なるほどクジラか。


 識別表のそれとよく似た形状。まさしく空飛ぶクジラのような大型機である。


「翔竜管制! こちら青電一番! 目標を目視確認! 異世界帝国の大型爆撃機と認む!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る