第117話、新型戦闘機はいずこや


 1942年も12月。太平洋での戦いは、主に輸送船とそれを守る護衛部隊と潜水艦との戦いに終始した。


 南方を押さえ、内地に資源を運ぶ日本軍。対してニューギニア方面から東南アジアへ攻撃を仕掛けつつ、マリアナ諸島の拠点化に励む異世界帝国。


 港を破壊され、航空基地の修復より先に港湾施設の復旧を急ぐ異世界軍だが、その修理物資を運ぶ輸送船を、日本海軍の潜水艦部隊が襲撃し、目下小競り合いが発生していた。


 日本としては、本土空襲の拠点となり得るマリアナ諸島の再基地化は阻止したい。艦隊の再編成が終わり、中部太平洋――トラックを奪回するための作戦決行までの時間は、何としても稼ぎたいところであった。


 小笠原諸島海域を航行する小艦隊がある。第九艦隊所属の実験空母『翔竜』と、護衛の駆逐艦『天雲』『青雲』『雪雲』である。


 12月ではあるが、よく晴れた日だった。しかし空母の飛行甲板に吹く風は、寒々しくてたまらない。


 飛行服姿の須賀義二郎中尉は、ちょっとした時間潰しをしていた。そんな彼のそばには、九頭島航空隊、戦闘機中隊の隊長である宮内桜中尉がいた。


「――で、内地じゃ、新型作ってるんだろ? どうなんよ」


 宮内が雑談を振ってくる。須賀は、九頭島司令部に出入りしている都合上、航空機関係の話題が自然と集まってくるので、何かにつけて質問される。もちろん、機密は知らされていないので、外部にばらまかない限りは問題ない噂話も含まれる。


「まあ、戦闘機に関しては、これからってところじゃないですかね。現行の零戦が敵機より遅いって言うんで、速度を重視した機体になる方向で進んでいるようです」

「九九式を採用しろ、九九式を!」


 宮内は冗談っぽく言った。彼女は九九式艦上戦闘機乗りではあるが、それを主力にしろとまでは言わない。


「フィリピン海海戦で、敵がさらに速い戦闘機を出してきましたからね」

「あー、例の蜂みたいな新型か。零戦改が、結構喰われたってな」


 零戦改――内地では二一型改と言われている型で、魔技研の魔法防弾装備で防御力を強化した型だ。別段機体の形が変わったわけでも、エンジンが変わったわけでもないので、元の二一型の改造というふうになっている。


 敵の新型については、須賀も実物は見ていないが、第三艦隊のパイロットたちから流れてきた話では、時速650キロ以上出ていたらしい。零戦と100キロ以上も差をつけられていては、さすがの古参の戦闘機乗りたちも、格闘戦第一、運動性優先、などと言っていられない。


「敵が戦闘機をその新型に全面更新したら、こっちは太刀打ちできないっていうんで、内地では零戦の改良型より新型を優先しているとか」

「そりゃ、一日も早く新型を、ってなるわな」


 宮内は鼻をならす。


「敵の新型が出てきたら、脚が自慢の九九式艦戦でもやべぇぞ」


 九九式艦上戦闘機でも劣速だが、零戦に比べればまだ致命的な差ではない。戦闘機は常に最大速度で戦っているわけではないのだ。やりようによっては、零戦でもかなり苦戦はしそうだが戦える。


 ――でも、パイロットの練度の話を持ち出されると、機体性能時点で劣勢では、勝ち目が薄いのですがそれは。


「三菱の開発チームは新型戦闘機に注力するそうなので、来年中にはできるかもって話です」

「……それでもまだ先になりそうだな」


 宮内は唇を尖らせた。


「今主力の零戦は、改造もしていないんだろう? そんなんで大丈夫なのか?」

「とりあえず、フィリピン海海戦には間に合わなかったですけど、今は開戦の頃には形になっていたっていう三二型の配備が進んでいるそうですよ」

「あー、それ聞いた。零戦初の大規模改装型ってやつ。でもあれ、550キロも出ないんじゃなかったか? 結局、敵の新型には全然追いつけないだろう」

「まあ、そうなんですけどね……」


 須賀は苦笑した。改良型をリリースしたのに、すでに負けているという。


「ただ坂上博士が、ちょこちょこっと、春風エンジン積んだ零戦の改造型を作って、内地に送りつけてやったらしいですよ」


 軍属の技術者である坂上吾郎博士。能力者ではないが、魔法装備の造詣の深い人物だ。武本重工と組んで作った九頭島の航空機にも通じている。


「あれ? あのおっさん、零戦に春風積んでも意味ないとか言ってなかったっけ?」


 源田実中佐が九頭島に来た時に、そんなことを言っていたのは、須賀も覚えている。


「格闘戦重視の機体に、高速化を促したって、運動性やらバランス崩れて、ろくなもんじゃないぞ、って言っていましたね」


 それなら九九式艦上戦闘機を使え、だったか。


「ふーん、それにしても、九頭島に零戦があったんだなぁ。うちの航空隊には、配備されていなかったはずだけど」

「あぁ、あれは俺が乗っていた零戦です」


 トラック沖海戦で、蒼龍航空隊だった須賀が、空母『ザイドリッツ』に着艦した時に乗っていた零戦だ。あれが、そのまま返却されることなく、母港に戻る空母と共に九頭島へ送られたという顛末である。


「何だ、お前のかよ! それで、その改造零戦はどうなった?」

「資料によれば、最高時速590キロ。魔法防弾装備込みで、運動性はほぼ同等。高速時の舵の利きは相変わらずみたいですけど、7.7ミリを外して、翼にブローニング12.7ミリを2門追加して、20ミリも改良型を載せたらしいですね」

「20ミリ機銃の改良って、エリコン?」

「そうですね。零戦配備の初期の頃から不評でしたから。弾は真っ直ぐ飛ばないし、弾数も少ないって」


 当たれば強力だったのだが。


「重くなってね?」

「逆に軽くなってます。軽量魔法効果らしいですけど」


 速度が上がったのに、重量は変わらないから、動きが鈍くなることもない。いいこと尽くめである。


「あのおっさんも食えないよな。割といい戦闘機作ってるじゃん」

「魔法で軽くしているからであって、それを抜いたら、とんだ駄作だそうですよ」


 だから軽量化魔法処置をしないと、あのまま作っても持ち味を殺した凡作にしかならない。なので、嘘は言っていない。また、作るにしても武本工業の魔法部の部品が必要となる仕様である。


 ただ須賀は知らなかった。内地に送られた零戦改造型は、横須賀航空隊にて試験され、『ただちにこの零戦を増産して前線に配備すべし!』と絶賛され、海軍航空本部はじめ各所に報告していたことを。


「須賀中尉! 機体に戻ってください! 整備と補給終わりましたぁ!」

「了解ー!」


 整備兵が呼びにきたので、須賀は頷くと、宮内を見た。


「じゃ、行ってきます」

「おう、行ってこい」


 戦闘機乗り仲間に見送られて、須賀は『翔竜』の飛行甲板を歩く。エレベーターがせりあがり、機体が甲板に姿を表す。


 鋭角的な機首。本来あるはずのプロペラがないためにスマートさが増している。見慣れた形ではないので、若干違和感はある。機体後部に主翼があり、エンジンは最後尾。垂直尾翼は一枚、エンジンの真上にある。


 試製マ式艦上戦闘攻撃機――正式採用の暁には『青電せいでん』と付けられるらしい。


 海軍機の名称が今年終盤から変更となった影響で、数字以外に名前がつくことになったのだ。


 なお『電』がつくのは陸上戦闘機、つまり局地戦闘機なので、艦上戦闘機としてはおかしいのだが、これの元になっているのが、マ式高高度迎撃機こと二式局戦『白電びゃくでん』だからだろう。


 須賀は、コクピットに掛かっている梯子で青電に乗り込む。機首には小型の前翼がついているが、『乗るな』である。


 そしてこのコクピットが、例によって複座である。後ろの偵察員席には、相棒である正木妙子が乗っている。


 須賀は操縦席に飛び乗った。初子さんお手製の座布団付きなのだ。なお持ち込んだのは妹である妙子の模様。


 さて、飛ばすぞ――!

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