第116話、鬼瓦との対談
魔技研の本拠地である九頭島司令部。神明大佐は、とある提督の来訪を受けていた。
第三艦隊司令長官、小沢治三郎中将だった。
「お互い忙しい身だ。単刀直入に行こう」
挨拶もそこそこに、小沢は先のフィリピン海海戦の話をした。
作戦はほぼ思惑通りに進行した。第一目標だった敵太平洋艦隊の空母群を初撃で粉砕し、以後の戦いでは制空権を握った。
第三艦隊は、航空魚雷や艦上攻撃機用誘導弾の在庫をほぼ全部使うほどの反復攻撃を実施し、戦果を上げたが、むろんすべて計画通りとはいかなかった。
「決戦ではある。機体と搭乗員の犠牲は覚悟していたつもりだったが、終わってみれば勝ったにもかかわらず、機材も人員も多くが失われた」
小沢は顔をしかめた。
「決戦とは言ったが、それで戦争が終わるわけではない。まだまだ、異世界人との戦いは続くだろう。第三艦隊では、空母航空隊の搭乗員を補充と訓練を開始したが、まだまだ人数が足りない」
「存じ上げております」
だから、九頭島の航空隊を寄越せ、というのではないか。神明は表情にこそ出さなかったが、警戒していた。フィリピン海海戦の前に集めた搭乗員も、陸上基地航空隊からの引き抜きは多かった。
特殊な実験部門であることを盾に、連合艦隊に引き抜かれていない九頭島航空隊は、海軍でも有数の練度あり部隊となってしまっていた。
……正確には、他の部隊の練度が相対的に下がった影響であって、飛び抜けて凄腕というわけでもないが。
小沢の鋭い目が光った。
「――毎度このような戦いを続けていれば、搭乗員がいくらいても足りない。先のフィリピン海海戦で、私は飛行機を鉄砲弾と思っていたが、そんな戦い方がいつまでもできるわけがないのだ」
「まさしく」
鉄砲玉? とんでもない。海軍は艦艇の保全は叫ぶ割に、人命を軽く見ている。永野軍令部総長も、言っていたが人は国の宝だ。
「艦艇については、魔技研の技術でサルベージ、そして再生ができます。ですが、搭乗員、フネの乗組員は、魔法でもどうにもなりません」
「そういうことだ。ここらで海軍の、人間の認識を変える必要がある」
小沢は腕を組んだ。艦艇よりも人命優先。機体を失っても、搭乗員は助けなければならない。
「で、おれは第九艦隊の戦闘詳報、その後の報告書を隅から隅まで読ませてもらった。それで魔技研の提供資料にも目を通した」
「あれを読まれたのですか?」
「久しぶりに、昔を思い出したよ」
小沢は若い頃は、ガンルームで赤本――海軍戦術の本を読みまくっていた。戦術研究が好きで、新しいものも取り入れられないか、絶えず探していた。
面白そうだからという理由で、エリートコースである砲術ではなく、水雷の道を進み、航空機の進化を知ると、あしげなく見学したりした。
「さらに、この幽霊艦隊の報告書を見た。もうそこに半分答えが出ていたわけだ。艦種と潜水艦を組み合わせた潜水可能な艦隊による奇襲戦法……これだ、と」
小沢が注目したのは、敵上陸船団を叩いた幽霊艦隊の戦術だった。
「まず敵の空母を排除する。これは基本だ。だがそのやり方は、遮蔽装備なる、敵から見えなくなって、敵の不意をつく襲撃!」
幽霊艦隊は、船団襲撃で、まず護衛の軽空母を全滅させた。航空機が飛べなければ、武装の弱い輸送船には、為す術はない。
「空母が健在ならば、敵はこちらの航空攻撃に対して、迎撃機を出してくる。制空権を奪取する、もしくは敵戦闘機を防いでいる間に、攻撃隊が仕掛けるわけだ。……が、もし敵の空母が全て無力化されていたなら、迎撃はなく、我が攻撃隊は全力で敵艦隊を叩ける!」
そう言うと、小沢は神明をじっと見た。
「幽霊艦隊は上陸船団を見事に叩いた。だがもし、相手は上陸船団ではなく、主力艦隊だったなら……神明大佐、貴様なら、この戦力でどう叩く?」
・ ・ ・
小沢は、見た目の厳めしさや体格、一見寡黙な雰囲気も相まって、とっつきにくさがある。
これまでの水雷夜戦戦術や、航空母艦の集中運用など、彼の提言は海軍でも取り入れられていて、できる人間だという評価はあれど、自分が正しいとみれば上官にも平然と食ってかかるところがあった。
だが一方で、優れた意見や考えは取り入れていく柔軟さはあった。彼の航空母艦集中運用の意見も、そうした航空畑の人間の意見のよいところを咀嚼して、作り上げたものだった。
フィリピン海海戦の結果、このままではよくないという危機感もあったのだろう。魔技研の技術には関心は高かったが、ここらで本気でそれを学びにきていた。
神明とのディスカッションは、小沢の戦術研究好きな部分を大いに刺激となった。
水雷戦隊の夜襲戦術から、航空機の集中ときて、彼は、次の新しい戦術へと踏み出そうとしている。砲術、水雷、航空ときて、誘導兵器によるアウトレンジ。
小沢は飛行機を鉄砲弾と思ってフィリピン海海戦を戦ったと言った。それもあるのだろう。どうせ鉄砲玉なら、誘導弾をもっと積極的に使えばいいじゃないか、という発想にたどり着くのである。
その小沢により関心を抱かせたのは、魔技研を主導的に動かしている神明という男の戦術と兵器の開発が、結びついている点だった。
小沢は、今ある装備をいかに使うか、もっと有効に使う手はあるかを考えてきた。自分は技術者ではなく、軍人だから当たり前ではあるのだが、これに対して神明は『こういう戦いがやりたい』『こういうものあればいいのに』という考えから兵器や装備を作り出していく。
例えるなら、パズルを組み合わせて新しい形を作ろうとする小沢と、パズルそのものを作っている神明。
小沢は神明とのやりとりで、それを確信した。第九艦隊が犠牲をほとんど出さずに、赫々たる戦果を出してきたのは、それを可能とする兵器・装備群を間違いなく使いこなしたからだ。
そしてこれからの戦いを考えても、その知識と能力は、不可欠なものであるに違いない。
そう判断するや否や、小沢は予定を変更し、九頭島への滞在を引き伸ばした。時間がいくらあっても足りない。それだけ神明と魔技研から得られるもの、刺激が多すぎたのだ。
九頭島の施設を見学した。武本重工の装備や航空機、魔式エンジン。ドックでの艦艇の修理や魔力再生。海軍魔法学校などなど――
知識を吸収する一方、合間合間で神明と戦術論を交わし、新しい閃きを得た。中にはまだ思いつき程度のものもあったが、小沢にとって、神明はその思いつきでさえ、一笑に付すこともなく、実現できるのではと真面目に検討する態度を取った。
「――なあ、神明。お前、おれの第三艦隊に来い」
小沢は臆面もなく言った。コイツならば、おれが考える戦いについていけるし、それを実現させられる力がある。
これに対して、神明は、自分は軍令部の所属なので、とつまらないことを言った。愛想のない男であるが、魔技研での研究開発も重要である、とそこは譲らなかった。
「おれは海軍省に乗り込んで、本気でお前を引き抜くぞ」
と言ってみたが、神明は「そうですか」とだけ答えた。やれるものならやってみろ、と、海兵45期の後輩は言わんばかりだった。ただ、小沢は、神明が否定しなかったから、案外、魔技研の立場がなければ、その気はあるのかもしれないと解釈した。
小沢にとって刺激的な九頭島ツアーは終わった。これから色々と動かしていかねばなるまい。連合艦隊にも海軍省にも意見書をぶちこんで、現在の艦隊編成も変えていく必要がある。
航空はメインになるが、もっと複合的に戦力を統合させた新しい機動艦隊を。
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