第115話、足らぬ足らぬは、人が足らぬ
日本軍の快進撃により、南方作戦は成功のうちに幕を下ろした。異世界帝国の大規模増援を、フィリピン海海戦で叩いたことも完全制圧の一因となった。
仏印方面も盛り返して、タイを異世界帝国より奪回。その残党はビルマ方面へと撤退したことで、長く続いたインドシナ半島の攻防は、一旦終了となった。
さて、フィリピン海海戦以降、大規模海戦は発生していないとはいえ、日本軍にとって、決して油断できる状況ではなかった。
蘭印を制圧し、石油の供給源を確保した一方、敵地であるオーストラリア、ニューギニアに近く、防衛網の強化は急務と言えた。
現状、ニューギニアに展開する異世界帝国陸軍航空隊の重爆撃機が、西インドネシアに襲来し、同地に展開する陸軍航空隊と戦ってはいるものの、高高度迎撃機が不足しており、苦戦を強いられていた。
一方、連合艦隊は内地に帰還し、艦の修理や補給、人員補充に訓練と、次の戦いに向けて備えていた。
連合艦隊司令部では、その『次』がどこになるのか検討しつつ、フィリピン海海戦の研究が熱心に行われていて、新装備に対応した戦術や編成についても話し合われていた。
連合艦隊司令長官、山本五十六大将は、霞ヶ関の海軍省と軍令部参りの折り、永野軍令部総長から、人が足りないという小言じみた話を聞かされた。
「――君たち連合艦隊から話があった、撃沈した異世界帝国艦のサルベージについてなんだがね」
永野は言った。以前、
「こちらでも同様のことを考えていた。それで魔技研の回収部隊が動いているんだが……」
「何か問題が……?」
「大漁だよ。まさに大戦果だった。まだすべてではないが、報告によれば、概ね連合艦隊の現在の戦力の、倍近くの艦艇を確保できる見込みだ」
「倍近く、ですか?」
山本は思った以上の規模に目を見開いた。
キャビデ軍港の敵東洋艦隊、シンガポール沖、本土近海での迎撃、そして、フィリピン海海戦――これらの戦いで撃沈した敵艦艇は相当数となる。
永野は眉間にしわを寄せた。
「本来なら、これらを集めるのも大変で、仮に集めても戦力化には数年規模の大行事だ。しかし、魔技研の再生技術と、沈めた敵艦にある魔核のおかげで、半年もあれば、ほぼ戦力化は可能、と神明君から報告が来ている」
「頼もしいことです」
数年ぶんの作業を半年程度で完了するとは、やはり魔法というのは恐ろしいものだと、山本は思った。彼は魔法の専門家ではないから、再生処理がどれほどの労力を伴うかを知らない。だから専門家である魔技研が半年と言ったら、そうなのだろう程度の感想だった。
永野は言わなかったが、魔技研の魔力再生は、九頭島ドックだけでなく、例の亡霊艦隊の秘密ドックなど、複数カ所で進行することで、半年という言葉が出たものである。
「かつての八八艦隊計画を上回る規模の戦力を、連合艦隊は手に入れることができる」
「おおっ」
戦艦と空母は、巡洋艦、駆逐艦に至るまで、現在の倍の規模になる。もちろん、回収した艦艇の損傷度合い、魔核の欠により再生できない艦もあるだろう。だがそれでも、先のフィリピン海海戦での敵太平洋艦隊を凌駕する戦力になるのは、間違いない。
「だが、それを扱う人がいない」
永野はきっぱりと告げた。
ただでさえ、トラック沖海戦での多くの海軍軍人が命を落とした。フィリピン海海戦でも、トラック沖海戦ほどではないが死傷者は出ており、再建した空母航空隊も、またも多くのパイロットが戦死した。
艦艇が倍増しても、動かせない。戦艦が20隻あったとしても、実際に動かせるのは13、4隻くらい。空母があってもパイロット不足で、出撃できるのは半分以下……なんてことにあり得るのだ。
「予備役をどんどん呼び戻しても、訓練は必要だ。人員を増やしているが、それが一ぱしの軍人になるまでに時間が掛かる」
永野の言葉に、山本は頷いた。魔技研の驚異的な艦艇再生術があれば、艦艇は間に合う。だが乗員が間に合わない。
「それで、神明君から、こういうものが提出された」
永野は、ある書類を山本に見せた。
「無人艦艇運用案……! 無人艦!」
山本が息を呑むと、永野は口もとを緩めた。
「まあ、乱暴に言えば、艦艇を無線操作するようなものだね」
実際のところは、そんな簡単なものではないが。
驚きはあったが、日本海軍には、標的艦となった『摂津』という元戦艦があって、それをより進化させたものと解釈すれば、そこまで荒唐無稽というわけではなかった。
ワシントン海軍軍縮条約の結果、特務艦となり、標的艦となった戦艦『摂津』は、のちに無線による無人操縦装置を搭載したことで、ペアとなっている駆逐艦『矢風』からコントロールすることができるようになっていた。
これにより航空隊の爆撃訓練などに活用された『摂津』だったが、あくまで訓練で用いるレベルの単純なものであり、無線操縦で実戦ができるものではない。
山本は資料に目を通す。魔技研提出の無人艦艇運用の肝は、やはりというべきか魔核の利用が鍵となる。
究極的には、優れた能力者に、複数隻を遠隔操作させたいとあった。だが現実には、魔核操作の能力者と複数の機器の操作要員を乗せた、極少数での運用を目指すと書かれてある。
「完全に無人というわけではないのですね」
「行進させるだけなら、できるらしいけどね」
先に挙げた『摂津』も、爆撃標的になる場合は無人だが、それ以外は、最低限の乗組員がいて、艦を動かしていた。
「数十人は必要といえど、それでも乗員数を大幅に減らすことができる。これなら、戦列に加わった再生艦艇をすべて出撃させて、戦うことも可能にはなる」
大型艦艇だと軽く千人を超えて、駆逐艦――たとえば陽炎型でも二百人を超える乗組員がいる。
それが数十名に減らしても運用できるのならば、必要人員の大幅な節約にもなる。……もちろん、人数が少なくなることで、被害が出た時の消火や復旧、応急処置などの防御面で、別の対策が必要にはなってくるが……。
「ちなみに、これは案だけですか? 試験の予定などは?」
山本は問うた。問題点はあれど、今はこの方法が、早期戦力化にもっとも近いものと感じたのだ。永野は答える。
「すでに、神明君が『大和』でやっている。本土近海迎撃戦、そしてフィリピン海海戦で駆けつけた時、すでに百名以下の人員で動かしていた」
「おお、それは凄い」
山本は感心していた。魔技研に『大和』を提供すると聞いた時はどうなのかと思っていたが、神明は以前、山本に話した通り、連合艦隊にフィードバックすべく、きちんと各種実験と運用を行っていた。
この無人運用構想における少人数運用についても、大和型で成功ならば、それよりも乗組員が少ない戦艦や巡洋艦では、ほぼ全てに採用が期待できた。これも見越しての大和型だったならば、慧眼としかいいようがない。
「では、艦艇のほうはある程度公算が立ったわけですな。そうなると問題は――」
「航空機の搭乗員、かな」
永野は腕を組んで目を閉じた。空母はあれど、パイロット不足は深刻である。
「より撃墜されにくい航空機の開発も必要だが……それを扱う搭乗員がなぁ」
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